235 誤解の共鳴
ううん、大丈夫かなあ?
「近くに村がある!」と報告を受けた時、ご近所へ挨拶に伺うのは当然として、その役割は当然俺の役目だと思った。
しかしオークボが立候補し「ここの責任者は私です!」「どうか私にお任せください!」と押し切られてしまった。
そんなわけで俺は、丘の上の城で挨拶に向かったオークボの帰りをひたすら待ち続けている。
今や遅しと待ち続けている。
ちゃんと御挨拶できたかなあ……?
村人とケンカしてないかなあ……?
ハラハラしながら村へと下る山道を見守っていると、やがてその道の向こうから幾人かが登ってくるのが見えた。
オークボだった。
無事帰ってきた。
さらに出がけには見かけなかった人影もちらほら見受けられる。遠目から見て人族なのは間違いない。つまり村人たちであろう。
全員ほろ酔い加減で楽しげだったのが、挨拶の成否を語るまでもなく告げていた。
「我が君! 今戻りました!」
オークボがいつになく上機嫌で言った。
「こちらは麓の村の代表者さんです。我が君に引き合わせたく同行していただきました!」
長老と名乗る老人は、村の長も兼ねた代表者。
オークボの挨拶があまりにも礼儀正しかったので酒盛りにまで発展し、さっきまで飲み明かしていたという。
「これはこれは……! ウチのオークボが失礼いたしませんでしたか? ここのオークたちの主です!」
「いやいや、こんな田舎村の年寄りに丁寧にしていただいて……!」
長老さんは思った以上に上機嫌。
村の災厄と思っていたモンスターが無害とわかり、それどころかよき隣人であることがわかって安心感と開放感が半端なかったらしい。
「お土産にいただいた野菜も実に美味く、宴会の食材に使い切ってしまいましたですじゃ。村人全員、こんなに美味いもんを食べたのは初めてだと……!」
「いえいえ、そんな褒めちぎられても……!」
あとで補充をお送りしましょう。
挨拶の成功は、この雰囲気に触れるだけで明らかだった。
* * *
長老さんは、そのままオークボの城の見学に入った。
「ほおおお……!? こらまた見事な構えですのう。オークがここまで緻密な城作りをするとは知りませなんだ……!!」
「いやいや……!」
オークボが褒められてまんざらでもない感じになっている。
でも、このオークボたちがオークとして特殊な部類なんですよ!
「安心しましたですじゃ。最初にモンスターが住みついたと聞いて正直ワシら生きた心地がしませんなんだが、村一同胸を撫で下ろしましたですじゃ」
そんなやせ細る思いをさせていましたとは。
もっと早く気付いてやれなくて申し訳ない。
「でも、これで誤解は解けて大丈夫ですよね?」
「実は問題がありますじゃ」
あれッ!?
「丘にモンスターがおると知れた時、即座に領主様に報せを出しましてのう」
モンスターが現れた!
兵士を出して! モンスターを倒して追い払って! 助けて!
……という嘆願らしい。
「村一番の俊足を走らせましたですじゃ」
「じゃあ、もう報せは既に……!?」
「いや、その村一番の俊足は、同時に村一番の方向音痴でもありましてのう」
ダメじゃないですか。
「つい何日か前も、『道間違えたー』と言って一回村に戻ってきましてのう。本当にしょうのないヤツですじゃ」
それで一ヶ月かかっても救援を呼べなかったと?
村の存亡がかかった重大事に何しておるんです?
「でも、今回はそれが怪我の功名に働いたわけですね?」
足の速い方向音痴がモタモタしているうちに、誤解が解けたのだから、すべて丸く収まったわけだ。
「それがついさっき、『やっと領主様に到達できたー』と帰って来ましてな」
「アイツ!!」
「領主様は五日以内に兵をまとめて駆けつけてくれるそうなのですじゃ。本当に領主様は、ワシらのような小村にまで慈悲をかけてくれる、ホンマによい領主様なのですじゃああ~~~~!!」
領主様ってそんないい人なんですか? パターンによっては悪代官的なのもあるかと思ったんだが……!
でも今回はそれが裏目に出てますよね!?
どうしよう? 長老さんの話を総合すると、最長でも五日後には領主率いる兵隊が、ここに来るわけだよね?
しかも戦意アリアリで。
「一から経緯を説明すれば、向こうも了解してくださるのでは?」
オークボは気楽そうに言うが、それは甘いと思う。
城とは本質的に軍事施設。
戦争のために使う建物だ。
壁や門など堅固な施設に立てこもって、守りながら効率的に敵を殺すために築かれるもの、それが城。
施政に携わる者ほど、そうした意識を強く持っているはずだ。
たとえば領主とか。
その領主が戦うつもりで訪れてきたのに『敵意はないです、城は単なる趣味で建てたんです』という説明ですんなり引き下がってくれるだろうか?
それを単純に信じちゃうような人は、諸葛孔明なんかに簡単に翻弄されちゃうんではないか。
「では、どうしたら……!?」
「まさか本気で迎え撃つわけにもいかないしなあ……!」
一番平和的に解決できる方法は、建設した城を破却して、軍隊が来る前に立ち去ってしまうことだろう。
しかしオークボたちが趣味全開で楽しく建てた城。そんな無惨な終わらせ方は可哀相だ。
城を守りつつ、迫りくる領主を納得させて、村の平和も守る。
そんなすべての要件を満たした妙案が……!
「……仕方ないな」
閃いた。
「すべてを丸く収める唯一の冴えた方法を決行するぞ。オークボ、お前たちの城に一部手を加えるが、了承してくれよ」
「我が君!!」
「ここからの指揮は俺がとる! 皆キビキビ働けよ! 期限は五日までしかないんだからな!!」
こうして俺たちの、領主軍を迎え撃つ準備が始まった……!
* * *
そして五日後。
約束通りきっかり五日後に、領主が兵隊を率いてやってきた。
想像以上の軍勢で、何百人といる。
これで、人より強いオークを囲み殺す目論見なのか?
しかしそんなことはさせない。
迎撃の準備は我にあり!
「ではオークボ、開戦の口上を頼む……!」
「本当に私の仕切でよろしいので?」
オークボは心配げに聞き返してきたが、彼らはあくまでオークを倒すために出兵してきた。
オークが出迎えなければ意味がないだろう。
「そ、そういうことなら行ってまいります……!」
山道の関係者用安全路を降りていくオークボを俺は、城の頂上から見送った。
「しかし……、この選択で本当によかったのでしょうか?」
別のオークが心配気に尋ねた。
「交渉で引き下がらせることができないなら、いっそ戦ってしまおうとは、あまりに乱暴では……!?」
「大丈夫。タイマンはったらダチぜよ、と言うだろう?」
「言いません」
戦いこそがセックスを超える至上のコミュニケーションだ、とも言う。
言葉だけでは伝わらない、我々の無害の気持ちをあえて戦いで伝えるのだ!
互いにすべての力を出し尽くしてぶつかり合ったあと、俺たちはわかりあえると悟れるはずだ。
そのために俺はオークボたちの城を徹底的に改良し、防衛施設を改造した。
攻め手にかすり傷一つ負わせることなく撃退できるように。
それはつまり、迎撃態勢のアトラクション化。
この城をアトラクションの塊と化したのだ。
そのアトラクションで、言葉だけでなく行動で、俺たちに害意はないと彼らに知らしめる。
領主軍の面前に出たオークボが、口上を述べる。
「よくやってきた人の軍隊よ……! 私はオークボ、この城の主オークボ……!」
悪役の演技が堂に入ってるなあ。
「腕に覚えのある者は、我が城に挑戦するがいい。見事天守にまで到達し、攻略達成できれば至高の褒美を与えよう。今ここに開戦を宣言する。攻城戦だ。お前たちが城を攻め、我々が城に篭って防ぐ戦いだ」
その戦いの名は、俺が前いた世界の知識を元ネタに決めてあった。
風雲オークボ城。






