228 豆魚の交わり
そんなこんな言ってるうちに冬が来た。
プラティは、海母神アンフィトルテに示された妊娠法をマスターしようと、毎日仕事の合間に一日千回感謝のラマーズ法を積み重ねていた。
この世界になんでラマーズ法が伝わってんだ? と脳みそが捻じ曲がりそうだが、きっと神様は次元をも超越するんだろう。
向こうの世界の存在である俺自身が次元の壁を越えて移動してきたぐらいだから、情報だけならなおさら普通に行き来するさ。
問題は、ちゃんとプラティに与えられた『海母神の祝福』が機能して異世界人である俺の子を宿してくれるかどうかだが。
ここは、プラティの母力に期待するしかない。
俺は日頃と変わらず農場を維持し発展させることに力を尽くしていた。
もう季節は冬に入っていたが、去年と違って充分に準備のできていた我が農場は、どんな寒さだって平気へっちゃら。
オークたちが採掘してきた石炭で、各部屋に完備された石炭ストーブがカンカンに熱を発している。
さらに冬に備えて山ダンジョンに入り、鳥モンスターからたくさん羽を毟って作り上げた羽毛布団もあったかい。
食料の備蓄も充分で安心して冬を越せるぜ!
と思っていた矢先の出来事だった。
俺は相談を受けた。
* * *
「マスターご相談があります」
そう言ってきたのは、天使ホルコスフォン。
我が農場最強候補の一角に名を連ね、担当の仕事は納豆作り。
そんな彼女が俺に相談してくることと言えば一つ。
「納豆のことです」
やっぱり。
もはや彼女の世界の九割は納豆でできていて、他に気に掛けるものなど何もない。
彼女の納豆作りの腕も上達してきて今では小粒大粒ひきわりとバリエーションまで増やし、我が農場の納豆事情を盤石にしている。
それを他の住人たちが喜んでいるかというと、即答しがたいが。
「で、納豆について何が聞きたいんだい?」
とは言え、俺自身の納豆知識も、本かネットで調べた程度しかない素人知識。
もはやほとんどホルコスフォンに伝授し終えた。
そこから独学で研究を重ねた彼女の方が、今や俺より知識豊富であるように思えるのだが?
「最大十四万八千通りの戦闘パターンを予測できる我が戦術プログラムが結論を弾き出しました。私の納豆に足りないものがあると」
「ほう」
「それを加えることができれば納豆はますます完璧となり、皆さまにより喜んでもらえることは必定。逆に言えば、私の納豆はまだ未完成だと断定せざるを得ません」
そんな大袈裟な言い方……。
ホルコスフォンの納豆はよくできていると思うよ? もはや完成の域に達していると思う。
ゴブ吉始め一部の層にはもはや朝食になくてはならないものと認識されているし……。
それにほら、ヴィールだって模擬戦で負けた際に約束として食べてるでしょう?
ほぼ毎回食べてるでしょう?
毎回食べ過ぎてヴィールの納豆食べてる時の表情が消えたのが最近気になるけれど。
「納豆をさらに完成させることができれば、ヴィールの表情も戻ってくると思われます。これはもはや急務なのです」
なるほど。
では本題に入るとしよう。ホルコスフォンは、現段階の納豆に何が足りないと思われる?
「調味料です」
ほう。
「この農場での食事を拝見しますに、食物はそのまま経口摂取するのではなく様々な液体もしくは粉末状の物質を投入することで味の調整を行っております。我々の納豆もそうした工夫が必要でないかと」
我々の、って……。
「まあ、その通り以外の何者でもないが……」
そもそも納豆をそのままで行くということ自体、前いた世界でもあり得なかったからなあ。
必ず何らかの調味料は、納豆にかけて食べた。
「そういうことなら俺も何らかの考えは出すことはできると思う」
「本当ですか! さすが我がマスターです!」
納豆に関する時だけ感情の起伏が現れるホルコスフォン。
でも今まで調味料を加えずに、そのまま行ってたこと自体考え難いことだが。
そりゃヴィールも最終的に無表情になるわ。
「でも納豆って意外とどんな調味料も合うから、逆に『コレ!』って本決まりがないんだよな」
ドストレートに醤油を掛けてもいいし。
ネギや卵も有名なところだ。
ちょっと変わったところで砂糖をかけてもよいと聞く。
油もいいそうだな。ごま油とかオリーブオイル、どちらもオークボたちが絞って生産しているから試してみるとよい。
これだけの案をホルコスフォンに提示してみたところ……。
「ダメです」
ダメらしかった。
何故?
「それらはもう既に試したからです」
既に試せるものは一通り試してから来たんだね。
勤勉なことよ。
「マスターの仰られる通り、優良な味のハーモニーを奏でる食材たちですが、最後の一点まで突き抜ける感触は得られませんでした。試食につき合わせたヴィールも無表情のままでしたし……」
キミはどれだけヴィールを無表情にしたら気が済むのか?
大丈夫なの? ちゃんとヴィールに笑顔や泣き顔は還ってくるの?
「不甲斐ないことながら、こうなってはマスターの叡智にお縋りする他ないと参上いたしました。マスター、どうか真理をお授けください……!」
彼女は納豆が絡むと本当に言葉遣いが仰々しくなるな。
しかしここまで寄せられた期待を無下にするわけにはいかぬ。
「うーむ……」
腕を組んで考え込む。
色々試してしっくりくる答えが出なかったということは、やはり基本中の基本に立ち返ってみるべきだろう。
やはり納豆のタレ。
パックの納豆に必ずついているアレ。
生産者が当たり前のように付属させるぐらいなんだから、あれ以上に納豆に合う調味料はないと考えてよいのだろう。
ではどうする?
作るか?
異世界で納豆に続き、異世界で納豆のタレ作り。
挑戦する価値はある。
でも納豆のタレって、どう作ればいいんだ?
色を思い出すに、醤油ベースであることは間違いないよな?
でも前の世界で味わったものを思い出すに、明らかに醤油だけでない深みのある味が混じっていた。
恐らく海系の味。
めんつゆと同様に出汁が混じっているのだろうと推測できる。
出汁と言えば、昆布or鰹節?
さすがにフォンまで選択肢に入れておかなくてもいいだろう。
昆布か鰹節をたっぷり煮立たせてとった出汁を、醤油に加えるとする。
その場合、やはり真っ先に選ぶべきは昆布だろうな。
だって海から昆布を取ってくればいいだけだから。
鰹節の場合、原料がカツオということはわかっていても、それを発酵させたり乾かしたりとかで手間暇かけないと問題の鰹節まで行けなさそう。
難しいことを避けて、簡単な方から片付けていく。
それは立派な問題解決方法だ。簡単な方を解決していくうちに、難しい方も自然と簡単になっていくこともよくある。
しかし今回はあえて難しい方も選択してみようじゃないか。
「決めたぞホルコスフォン……!」
「何事でありましょうか?」
納豆のタレだけではない。
鰹節を生産できるようになれば、料理のレパートリーも広がるはずだ。
この冬の目標は……。
「鰹節を作る!」






