226 新四天王の活躍(下)
私は魔王軍四天王の一人、エーシュマ。
聖者様の農場に修行滞在中。
色々この土地の次元違いに、なけなしのプライドが吹き飛ぼうとしている。
そんな折、私は出会いを果たした。
いかにも小さくか弱そうな美少女。
「うぁー……、ヴィール様だぁー……!?」
何故か同伴しているベレナが言う。
コイツが知っているということは、少女もここの住人であることに間違いない!
なんか仲良くなれそうな気がしてきたぞ。
「エーシュマ様? アナタが何を考えているか、私にはサッパリわからないのですが……!?」
「なんだベレナ? そんな心配そうな顔をして?」
「まさかとは思いますけど。自分より下の存在を見出すことで、『自分は凄い』と言い聞かせて心の安定を図ろうとしていません? その対象としてヴィール様を? 今少女形態の……、少女形態の! ……ヴィール様を?」
見損なうなベレナ!
不才ながらもアスタレス様より『妄』の称号を受け継いだこのエーシュマ。そんな卑しい心根など持ち合わせていない!
「私はただ、この厳しいことだらけで傷だらけになった心を、あの子の可愛さで癒したいと思っただけだ」
「憲兵ーッ! 憲兵さんコイツです!! あ、ダメだコイツ四天王だ、憲兵さんじゃ逮捕できない!?」
ははは。
バカだなあベレナ、聖者様の農場に憲兵なんかいるわけないだろう。
アホなベレナは放っておいて、早速少女に声をかけてみよう。
「わっはっは、脆弱な虫けらどもめ。このヴィール様に潰されて死ぬがいい!」
おお、お外で何をしているかと思えば、虫さんと戯れているのか?
可愛いなあ。
「いや、ダンゴムシは立派な害虫でして……! ヴィール様珍しく、聖者様に言いつけられて畑仕事の手伝いしてる?」
煩いぞベレナ。
私があの子に声をかけづらいではないか。
「お嬢ちゃん? 仕事のお手伝いか? 偉いねえ?」
「ん? 何だお前は?」
少女は、警戒感たっぷりな表情でこちらを見返す。
知らない人の接近を受けた野良猫みたいな表情でまたそそる……!
「いや、お手伝いする偉い子を褒めたくなった通りすがりの四天王だ。偉いなあ撫でてもいいか?」
聞くと同時に頭を撫でる。
想像した通りの撫で心地のよさ!
「おお、よしよしよしよし……!」
「なあ、コイツ……!?」
少女が困ったような表情で、ベレナの方を向く。
ベレナは何故か顔中真っ青になっていたが、何でだろうな?
「いや、しかし本当に可愛いお嬢ちゃんだな。あまりにも可愛いから……」
ひょい。
抱き上げてしまった。
体重も軽くてラクラク持ち上がる。
ああ、本当に可愛いなあ。頬ずりしたくなる。スリスリ。
おやベレナ?
なんで脱兎のごとく逃げるんだ?
「いいだろう……! このグリンツェルドラゴンのヴィールをよくぞここまで侮辱した……! おれの真の姿を見てもまだ可愛いと言えるか試してやる」
うん……?
なんか……?
私の腕の中で少女の姿がみるみる変わって……。
* * *
「……ヴィール様怖い」
「だから言ったじゃないですか……!」
私は、ベレナと並んで黄昏ていた。
あれから小一時間ほど、ドラゴンの姿に戻ったヴィール様の手の平で転がされてハムスター気分を味わっていた。
「ドラゴンが少女に変身しているなんて想像もしてなかったよ……! ここの農場の住人は見かけで判断したらいけないと学んだ……!」
「それはここに来て一番に学ぶべきことですよ。エーシュマ様は農場に来てからの数日間、何を学んでいたんですか!?」
ははは……。
妹分が辛辣だなあ。
お前がもっと可愛かったら、お前を撫で回して癒されてヴィール様に目移りする必要なかったのに。
「ヴィール様は、私やアスタレス様を戦場に運んで、魔族人族まとめて脅しつけた張本人ですよ。ここの農場でも最強格の一人です。絶対に怒らせちゃいけない相手です!」
先に言えよ。
そんなヴィール様だが、まだ私たちの周辺に留まって吠えかけてきている。
さすがに少女形態に戻って。
「お前ら! もう二度と撫でてくるんじゃないぞ! 今度やったら本気で怒るからな!!」
あれだけしつこいともはや「もう一回撫でろ」というフリにすら思えてくる。
ベレナはどう思う?
「あれですか? 撫でられてテンション上がった猫が本気で引っ掻いてくるけど本当は撫でてほしい現象的なものですか?」
ドラゴンって気難しい。
でも、傷ついた私のプライドは一向に癒されないままだ。
……あ。
「なあなあベレナ」
「今度は何です?」
「アソコにいるいかにも普通そうな人なら、さすがに私より弱いと思うんだがどうだろう?」
「だから自分より下を発見して心の安定を図るの不健全だからやめろって……、ん? ……あれ聖者様じゃないですかッ!?」
……うん?
たしかにあれ聖者様だ。
初訪問の時に顔合わせしたのに、私ったらドジッ娘。
「しっかりしてくださいアホ四天王!! たしかに聖者様はパッと見うだつの上がらない、超普通な外見ですが、先生やヴィール様より強いんですよ!!」
ああ、やっぱり?
外見通りの人なんてこの農場にはいないんだなあ。
「具体的にですね……! 聖者様が腰に下げている剣をご覧ください」
「ん?」
「邪聖剣ドライシュバルツです」
失われた聖剣と言われるあの?
魔王様と各四天王が代々所持する聖剣。しかし全部で七振りあると伝承では言われており、残り二振りの行方がまったくわからないという。
「しかも完璧な形で現存するのが魔王様の怒聖剣アインロートだけだった今、同じ完全版の聖剣はなおさら貴重だなー。最近アスタレス様やグラシャラ様の聖剣復活したけどな」
「その聖剣復活も聖者様の御業ですよ?」
「はっはっはっは……」
もう乾いた笑いしか出てこない。
「そういや噂に聞いたんだが、もう一振りの失われた聖剣、鏖聖剣ズィーベングリューンも最近確認されたそうだぞ?」
「へー」
「どうでもいいか」
「そうですね」
私たちが観察していた聖者様だが、しばらく畑仕事に勤しむものの休憩し、共に働いていたオークやゴブリンたちと戯れ始める。
なんか一対一で対峙しあい、ガッツリ組み合った。
「何をしているんだ聖者様は?」
「あれは相撲ですね。決闘形式の競技で、人魚国の王子アロワナ様が大好きなんですよ」
「さらっと凄い名前出さないでくれる?」
聖者様は、その相撲とやらで競技相手のオークと組み合って、組み合って……。
……投げ飛ばした!?
「決まり手は下手投げですねー。聖者様は相手のバランス移動を制御するのが凄く上手ですから本当ポンポン投げますよ」
私……、ここに来てすぐ、あのオークに手も足も出ないくらいボコボコにやられたんですけど……!?
そのオークを投げちゃう聖者様。
「ちなみにエーシュマ様が初日ボロ負けしたオークはウォリアーオーク。今、聖者様と組み合ったのは『農場モンスター始まりの十傑』のお一人オークラさんで、レガトゥスオークですからね」
「これ以上、越えられない壁を突き付けてこないで!!」
「それを受け入れて慣れることが、この農場で生活する意義なんですよー」
* * *
こうして私は、栄えある魔王軍四天王の一人として、世界の広さを学び、己の小ささを学んだ。
泣きそうになった。
泣いた。
そして数週間の修業期間を経て、私は魔国へと戻ることになった。
この農場で学んだ多くのことを魔国防衛の最前線で実践するために。
ありがとう農場。
ありがとう農場に住む皆。
私は立派な四天王となることをキミたちに誓う!
「あれ? エーシュマ様もう帰っちゃうんですか?」
「ここから農場の非常識さに慣れて面白くなってくるのに……」
だから慣れる前に帰るんだよ!
バティベレナ! もう戻れないお前たちと一緒にするな!
「私は定期的に訪問するつもりだけど?」
同格のレヴィアーサはとっくに慣れてしまっていた!?
本当に恐ろしいなあコイツは!?






