220 酒・究極進化
懲りずに酒の話である。
今回は極め付け。
酒が酒となるために不可欠なのは発酵作用。
酒原料の中に含まれる糖分を細菌が分解してアルコールに変える作用だが、それが行きつくところまで行きついてしまったらどうなるか?
究極の発酵によって生み出される最終形態。
それが今度のテーマである。
* * *
「ダメだッッ!!」
真っ向からの拒否。
ウチの農場ですっかり酒担当にのし上がったバッカスは、俺の提案に取り付く島もない。
「それはダメだ! 越えてはいけないラインだ!! そこを越えてしまったら、酒は酒でなくなってしまう! 禁忌の行為だ!!」
「必要なことだ。受け入れてくれ」
「聖者よ……! やはりお前は恐ろしいヤツだ……! さすが異世界からの来訪者というか、こちらの常識がまったく通用しない……! ……だがッッ!!」
バッカスが縋るように言い諭してくる。
「それだけはやめてくれ! それだけは!! 私が丹精込めた酒を冒涜するようなマネはしないでくれ! このままでも充分美味しいではないか! 台無しになる危険を冒してまで何故先に進むというのだ!!」
「……それが、俺がこれまで実践してきたことだからだ」
そしてこれからも実践していく。
それが俺の進む道。
新しいものを生み出せる可能性があるならば。
俺はそれにチャレンジする。
「どうしても、作り出すというのだな?」
「うむ」
「お酢をッッ!!」
お酢。
それが今回のテーマです。
お酢って酒から作るんだよ知ってた?
「何? あんな真剣そうに議論してたのって、お酢を作るか作らないかの話だったの?」
「くだらないことに真剣になるな?」
プラティ、ヴィールが外野でヒソヒソ話しているが、わかるまい。
男たちはくだらないからこそ本気になれるのだ!!
さて。
酒が造られるのは、菌による発酵作用によるおかげだ。
炭水化物が分解されて糖になり、糖が分解されてアルコールになる。
そしてアルコールがさらに発酵分解されたらどうなるか?
酢酸になる。
それが、お酢。
お酢こそ、一連の発酵の先にある究極進化形態なのだ!!
一方でお酢は、塩砂糖と並ぶもっとも基本的な調味料。
遅ればせながら台所に並ぶ!!
実を言うと、それ以前にもプラティが魔法薬調合で作ってくれた『お酢っぽいもの』で代用して調理に使っていたんだけども。
本物を作れる目途が立ったんなら果敢に挑戦してみるべきだろう。
まあ酒から作るお酢でも、アルコールが完全に分解されてしまうから酒ではなくなるんだけどね。
「うわぁーん! やだよぉ!! 私の作った酒が酒でなくなるなんて嫌だよぉ!!」
それでバッカスさんが泣き叫んで嫌がっているわけだが。
酒が消えてしまうなんて酒の神にとってこれほど悲しむべきことはない、とばかり。
でも特に慰めることはせず、作ってみようじゃないか。
酢。
といってもお酢って、お酒をそのまま放置してもなっちゃうんでしょう?
って極論したら、そうかもしれない。
もちろん途中でカビを生やさないようにするとか注意は必要だろうが。
その辺エキスパートのプラティにも手伝ってもらうとして、慎重に進めていこう。
いや待て。
さらに並行して、もう一つ捻りの利いたことをしてみようではないか。
みりん。
を作ってみる。
酢とみりんの違いってわかる?
俺はよくわからない。
でもみりんの作り方は漫画で読んで記憶に残っているので挑戦してみようと思う。
材料を用意します。
焼酎。
もち米。
あともち米を発酵させるための菌。
以上。
焼酎がどうしても必要になるのでバッカスの活躍を待たねばいけなかった。
ありがとうバッカス。
キミのお陰で俺たちはもっと先に行ける。
発酵期間の短縮をプラティにお願いして、いざ作ろう本みりん。
* * *
出来た、みりん。
試しにちょっと舐めてみる。
甘い。
酢の親戚みたいなものなんだから酸っぱいかと思いきや、そうでもなかった。
もち米を糖化させるのが行程に組み込まれているから甘くもなるのか。
とにかくこれを色んな料理に使ってより良い味を追い求めていこう!
「酒が……! 私の作った酒がぁ……!!」
その一方でバッカスはまだ泣き崩れていた。
「仕方ない……。これを飲んでみなさい」
「うぬ?」
バッカスに差し出す、透明なグラスに注がれた液体。
「なんだこれは? 私は酒以外は飲まないぞ?」
「それもどうかと……?」
バッカスは散々警戒的な表情を示していたが、ついに根負けしたのかグラスを口に運ぶ。
そして……。
「酒だぁーーーーーーーッッ!?」
狂気と共にそう叫んだ。
「酒だ! これは酒だぞ! しかも滅茶苦茶美味い!! 出会ったことのない味だ! 一体これは……!?」
「これは焼酎をみりんで割ったものだ。『本直し』っていうらしいよ?」
焼酎から作ったみりんを焼酎に混ぜる。
『えッ? 大豆製品の味噌汁に大豆製品の豆腐を入れるんですか?』的な違和感もあるだろうが、今回の成果をバッカスが受け入れるために、もっともよい形だと自負。
「これはよいものを作ってくれた! 聖者のチャレンジはよいものばっかっす!」
そして受け入れてくれた。
「よく味わうと、このみりんとやらも酒分が残っているではないか! これはこれで美味しいぞ!」
そう言ってバッカスはみりんをストレートで痛飲していた。
ことほど左様に酒は酢に進化して、我が農場の食卓に彩を添えてくれた。
日本酒から作って米酢、ワインから作ればワインビネガー。
酒の種類だけ多くの種類のお酢が作れる。
調子に乗って色々作ってしまった。
別に一種類でもいいのに……!
こんなに大量に作って、どう消費すればいいのか?
そう言えばお酢を直に飲む健康法があるというので試してみるか?
オークボたちに飲ませてみた。
「うぇーい」
「お酢美味しー!」
「ボクたちずっと友だちだよねー?」
「ズッ友だよねー!」
お酢を飲んだオークボたちの漢度がダダ下がりに!?
アルコール度数が消滅したことに呼応して、漢度も下げ止まりになったってことか!?
もしくは酢を飲んだら体が柔らかくなるとも言うけど、頭の中が柔らかく!?
でもまあ、さすがにこれで全部消費できるわけもないので新たなアプローチも考えねば……。
せっかく新開発したんだから、隠し味とかじゃなく酢の味が前面に押し出されるような料理はないか?
あ。
あった。
オークボたちが釣ってきた魚を解凍して。
刺身にして。
酢を混ぜたご飯を体温が移らぬよう手早く握って……!
今こそ唸れ『至高の担い手』……!
「寿司食いねぇ!!」
握り寿司ができた。
異世界農場前ずし、ここに完成!
「旦那様がまた新しい料理作ったわよ?」
「え? マジですか!?」
「食う食う!!」
「お前ら待てー! 今度こそおれが最初に食うんだー!!」
そしていつものように農場の住人たちがワラワラ集まってきた。
生魚って受けが悪いからみんな食べてくれるかな? って不安にもなったが、この農場には人魚もいることだし意外と抵抗感がない。
醤油に付けてガツガツ食いなさる。
「うめええええ! これもうめええええ!!」
「焼かない魚が、こんなに舌で蕩けるなんて!」
「魚肉を乗せているごはんも、いつもとちょっと違いますぞ!」
「さすが聖者様! これが新しい工夫なのですな!!」
酢飯効果絶大。
次はちらし寿司に挑戦してみたり、手巻き寿司パーティにしゃれ込むのもいいかもと思った。
それらもお酢が出来たからこそ実現できたこと。
お酢の前身である酒に感謝。
その酒を作り出したバッカスに感謝であった。
「……ただ」
寿司を完成させるのに決定的なものが一つ欠けてるんだけどね。
わさび。
まだ作ってないので。
皆サビ抜きの寿司でこんなに喜んでくれているわけだが、もしここでサビ入れたら阿鼻叫喚になったりするのだろうか?
* * *
最後に。
握り寿司とおにぎりは、同一なるものか非なるものか?
試しにヘパイストス神を祭る神棚に、大トロ(っぽい異世界魚)のお寿司をお供えしてみた。
天井からスポットライトのように寿司へ光が降り注いだ。
『NO』
ヘパイストス神の判断は厳しかった。
でも握り寿司は光に吸い寄せられて天空へと昇っていった。
味そのものは気に入ってくれたようだ。