219 生命の水
それからさらに数ヶ月ほど経って……。
「出来たぞ! 蒸留酒ができたぞ!」
バッカスが騒ぎなさるので自然と人が集まる。
「ドワーフ特製の蒸留器は大成功だ! マナメタルのおかげで臭い移りもない!!」
そういや一時期農場から姿を消して「何処に行ったんだろう?」と思っていたら、そんなもの発注してたんだよね。
別に頼んでくれたら俺が作ったのに。
とにかく出来上がった焼酎を試飲してみると、たしかに美味しかった。
清酒よりもはるかに純化されてアルコール度数の上がった酒は舌を焼くかのようだが、元となった日本酒の風味もしっかり残している。
この感じで芋焼酎や麦焼酎や栗焼酎も味わいたいものだ。
他の農場の住人たちも焼酎を試飲するものの……。
「きっつ!? 味きっつ!?」
「お酒の濃度が高いということでしょうか?」
「舌が焼けるぞ!? 口から火を噴きそうだぞ!!」
「ヴィールはしょっちゅう火吐いてるでしょ? 焼酎だけに」
女性陣はさすがに高いアルコール度数は受け入れにくいようだ。
一方オーク、ゴブリンチームたちは。
「ささ、一献」
「お受けいたそう」
「盃を酌み交わすとは何とも気分のよいものですなあ」
「生まれた日は違えども、同じ日に死にたいものだ」
アルコール度数に比例してオークボたちの漢度も上がっている!?
まあ、しかし。
さすが酒の神。まったく未知の酒を一発でここまで美味しく仕上げてくるとは。
バッカスがウチの農場に来た途端、一気にお酒のレパートリーが広がったな。
やはり酒を司る神だけある。
なんでも酒の神様バッカスが直々に作った酒は、その他より当然出来がいいし美味しいらしい。
そんな、元来放浪の神でもあるバッカスが常駐して酒を作るとか。
益々この農場のプレミアム感が上がっている気がするんだが。
「しかし焼酎まで出来上がると、またさらに作りたいもの出てくるな」
「なんですって!?」
俺のつぶやきにバッカスが耳聡く反応した。
「まさか……! 焼酎の先にまだ新たなお酒が存在するというのか!? それは一体……!?」
そう。
焼酎……というか蒸留酒がなければ完成しない新たな酒の品目。
それは。
「梅酒!!」
焼酎に梅を漬け込み、何ヶ月もかけてエキスを抽出する。梅の風味が交じった酒の味は、また格別になるのだ!!
梅は既にダンジョン果樹園で栽培している。あと必要なのは一緒に入れる氷砂糖だが……。
作り方がわからん。
普通の砂糖でも代用できるかな?
試してみるか。
ポーエルに大容量ガラス瓶を作ってもらって、バッカスと相談しつつそれぞれの量を決めて、梅と砂糖と焼酎を入れる。
あとはこれを冷暗所で保存しておこう。
「いつ飲めるのだ!? 明日か!?」
「そんなに早くは出来ません」
酒のこととなると本当にテンションのタガが外れるんだから酒の神は。
少なくともこの透明な焼酎の色が梅っぽくなるまでは飲めんな。
三、四ヶ月ってところか。
時間を早められる方法もあるかもしれないが趣向品だし、ここはじっくり時間をかけてみるとしよう。
「……いや、まだ面白いことはできそうだ」
焼酎に漬けていいのは梅だけではなかったはずだ。
他にも果実を漬け込んで作る果実酒。
薬草を漬け込んで作る薬草酒。
ハブ酒も言ってみれば梅酒の同系のはず。
「ここはもっと色々焼酎に漬け込んで、たくさんの種類の果実酒を作ってみよう!」
「果実酒ばっかっす!」
こうして我が農場主催、果実酒コンペティションが行われることになった。
俺の酔狂はすぐさま農場中に知れ渡ることになり、みずから漬け置きたい果実を持ってくる者たちも多数いた。
* * *
比較的まともなものを持ってくるのはやはりエルフたちだった。
森の民だけあって美味しい果物、酒に漬けておくと美味しそうなものを熟知している。
「聖者様! リンゴなんていいと思いますよ!!」
「いやいや、今こそビワを!!」
「レモンです!」
「キウイ!」
「いまこそドラゴンフルーツを!」
ウチでそんな果物作ってたっけ?
まあいい。
たしかにどれも想像するだけで美味い果実酒になりそうだ。
また一方で人魚チームの案も魅力的だ。
「人魚の薬学魔法でも、薬草の成分を水に漬け出す手法があるのよ。滋養強壮にいい薬草を見繕ってみたわ」
プラティから貰った薬草を漬ける。薬草酒の完成が楽しみだ。
次に来たのはレタスレートちゃん。
「ソラマメ! ソラマメを漬けたお酒を飲みたいわ!!」
「キミ本当にソラマメ好きだね」
だがしかし。
ソラマメからお酒にエキス染み出てくるもんなの?
むしろ豆類は主食として芋や穀物と同じ側にいるものでは?
「いいからソラマメ! ソラマメをお酒に! ソラマメ酒飲みたい!!」
「ああもうわかったから!?」
こうして押し切られる形でソラマメ酒に挑戦した俺。
しかし発覚する。
このレタスレートちゃんの提案がまだまともであったことを。
次にやって来たのはヴィールだった。
「このケーキを入れたらおいしいお酒になるんじゃないか?」
「却下」
調理済み食品じゃねーか。
せめて素材の段階のものを持ってこい。
「ええッ!? 考えてみろよご主人様!! ケーキだぞ! とっても甘くてクリーミーでフワフワなんだぞ! それを酒に入れたらさぞかし甘くて美味しい酒に……!」
「なりません、却下」
ヴィールは渋々持ってきたケーキをその場で食べて満足した。
次に来たのは大地の精霊たち。
「バターです!」
「バターを入れてバター酒を作るですー!!」
うん、それはね。
ただ単にバターが溶けたお酒になるんじゃないかな?
一番上手く行ったとしても悲しいことになると思うから、そのバターは皆で大事に食べなさい。
次に来たのはサテュロスのパヌたち。
「私たちのミルクをお酒に入れたら!!」
出来るのは焼酎のミルク割りです。
それはそれで美味しいかもという気がなくもないけれど……。
極めつけが天使ホルコスフォン。
「この納豆をお酒に漬けて……」
「やめろぉ!!」
という感じで大半が散々たる案であったものの、比較的常識的なプラティやエルフたちの案を採用しつつ、色んな果実や薬草の酒を漬けてみる。
まとめて保管しておいて、飲み頃になったら楽しむとしよう。
* * *
と。
これで今回のお話は終わると思っていた。
しかし最後に超弩級のネタが叩きこまれてきた。
「……お、バティじゃないか」
そういや、さっきの果実酒アイデア提供大会では顔を出さなかったな。
自由参加だから別にいいんだけど。
「どうした? キミもいいアイデアを思いついたのか?」
だったら恐れず提言してくれ。
いいアイデアなら遅れて出たって大歓迎だぞ!
「いえ……、私ではなくてですね……!」
バティはどこか困り顔な表情だった。
「……この子たちが、聖者様のお役に立ちたいと……!」
そう言ってバティが差し出す手の上に乗っていたのは。
金剛カイコ。
何やら決意ある表情を俺に向けていた。
「え? キミたちが何を頑張るというの?」
俺には皆目わけがわからなかったが、金剛カイコたちの表情を真っ直ぐ見詰めると、彼らはこう言っているような気がした。
『ご主人様は、酒に入れる材料を求めてるんでしょう!』
『ボクたちたくさんエキス取れますよ!!』
「だめええええええええええッッ!!」
俺。
絶叫。
たしかに、ハブ酒なんかも漬け込み酒の一種に入るかもしれないって思ったけど!
動物性たんぱく質も選択肢に入るのかもしれないけれど。
キミらがそこまで体を張る必要はないよ!!
罪悪感で俺が泣くだろ!
あと、お酒を介して間接的にとはいえ!
昆虫食に踏み出す勇気はまだ俺には!!
『大丈夫ですよご主人さま!』
『無問題!』
『最初の一口さえ根性出せば、パクパク行けるはずですって!』
と言われているような気がした。
だから何でキミらはそんなに健気なの!?






