218 地下帝国の王
我らドワーフの祖先は、魔族だったと言われている。
遥か昔の魔族同士の争いに敗れた一派が、落ち延びた挙句に洞窟の中に隠れ住んだ。
長く地中に隠れ住んだ結果、狭い地下道に合わせて手足は短くなり、背も低くなり、代わりに太くなった。
いくつも世代を経て、体格が完全に作り替えられた時、我々は祖先の魔族から枝分かれしたまったく別の種族となった。
それこそがドワーフ。
エルフどもと同様、魔族の亜種と呼ばれるワシらだが、地下に暮らすという利点を活用し、洞窟に穴を掘って広げ、鉄などの鉱物を掘り出すことを生業としている。
採取した鉄鉱石を原料に、様々な武器や道具を作り出す。
それがワシらの生業だ。
今では何で争い合ったのか、その発端すら忘れてしまった魔族とも和解して、随分前から一番の上顧客だ。
地下を掘って鉄を採掘し、打って鍛えて加工して、優れた道具にして売り捌く。
そうやって栄えてきたワシらドワーフの地下帝国。
申し遅れたが、ワシはそんなドワーフ地下帝国の主。
外の連中は王などと呼ぶが、ワシらはそんな肩肘張った呼び方は好まん。
もっと砕けた親しみのある肩書きとして、親方。
ドワーフの親方エドワード・スミス。
エドワード親方がワシの呼び名だ。
* * *
さて。
そんなワシの預かるドワーフ地下帝国に、珍奇な客が現れた。
毎度のことフラリとやってくるヤツじゃ。
「やあ親方。相変わらずこの国は潰れたスクエアボアみたいなヤツらばっかっす!」
「会った瞬間から無礼なヤツ!?」
半神バッカス。
流れる血の半分は神のものでありながら地上を放浪し続ける変わり者。
我がドワーフの地下帝国にも先代親方どころかその先代、そのさらに先代、そのさらに前の前の前の前の代の頃から、ふと思い出したように訪ねてくる騒がせ屋だ。
「ここ数年姿を見せておらなかったんで心安らいでおったのにな。何の用だ? 前に訪ねてきた時のような乱痴気騒ぎは起こさんでくれよ?」
「またまた、そんなつれない態度を見せて。本当は私がやってきて嬉しいんだろう?」
「そ、そんなことないぞ……!?」
この半神め……、こちらを見透かすように……!?
「へえ、そうなんだ? じゃあお土産は必要ないな?」
「ちょっと待ったーッ!!」
バッカスのヤツが懐からチラチラ出し入れする小瓶に、ワシの注意は惹きつけられる。
「それは酒だな!? お前の作った酒だな!? よかろう、有り難く受け取ってやろう!」
「しかし歓迎してくれない相手に渡すのも癪だからなあ? プレゼント相手はいくらでもいるし……!」
「わかったわかった……! ドワーフ帝国の全力をもって歓待しようではないか! おい誰か! 宴会の用意をーッ!?」
「そうそう、最初からそうやって素直になっておけばいいんだよ」
この半神め!
世界に酒をもたらした張本人とまで言われる酒神バッカス。
ヤツは自分を信奉する巫女どもに酒造の技を教え、世界全土に酒を流通させている。
その中でも元祖バッカス手製の酒は、弟子の巫女たちが作る酒とは段違いと言われて超高級品なのだ。
魔王や、既に滅びてしまったが人間国の王の口にも入ることすら滅多にないという。
「お前らドワーフは、他の種族にも増してお酒大好きだからなあ。私の作る酒の誘惑には抗えまい」
「クッ……! 返す言葉もないが、また前回みたいに国中を酔い潰すようなマネはやめてくれよ? 二日酔いで国家が停滞するなど外聞が悪すぎる」
「じゃあ今回は飲まずにおくか?」
「飲む!!」
「そうだろうそうだろう。だから私はドワーフどもが大好きだ。酒好きに悪い者はいない。いいヤツばっかっす!」
体よくお前のオモチャにされてるような気もするんだがな。
まあいい、こうなったら形振りかまわず土産の酒を堪能してくれるわ!
もったいぶらずに早く出せ!!
「そう慌てるな。前口上ぐらい言わせてもらわんと締まりがない。何故なら今回はな、いつもとは違う新作の酒だからだ」
「新作!?」
なんだその心ときめく響きは!?
まさか、ワシがこれまで味わったこともないような酒ということか!?
「一つ試しに飲んでみるといい。ニホンシュという酒だ」
「お、おう? 杯を! 誰か杯を持ってこい!!」
大急ぎ持ってこさせた杯で、バッカスの注ぐ酒を受け取ると……。
……なんだこれ?
「おい酒神。お前はワシを騙しておるのか? こんなのただの水じゃありゃせんか?」
杯に注がれたのは無色透明。
何処からどう見てもただの水でしかありえなかった。
「聖者のアドバイスを取り入れて、もろみを濾しとったセイシュだからな。物は試しで飲んでみるがいい」
「ああ?」
本当に騙されたと思って飲んでみた。
美味かった。
「水じゃない! 酒だ!!」
「だからそう言っておるだろう」
こんなに透明なのに、濃厚な酒の味がして口の中がスッキリするぞ!?
バッカスのヤツがいつも持ってくる葡萄酒とは違うが、間違いなく酒! しかも超美味い!
「今度はこっちのビールも試してみるがいい」
「何だこのシュワシュワーッ!? ホロリとした苦み!?」
ニホンシュというものだけでも仰天する美味さだというのに。
凄いぞバッカス! こんな美味しい新作をいっぺんに!
やっぱりお前神だったんだな!
「私の手柄ではない。この世界では誰も知らない。まったく違う世界の酒を知る者がいてな。彼の知恵を拝借したのだ」
「お、おう? そうなのか……?」
「そこでやっと今日お前を訪ねた用件なのだが。……どうかなドワーフの王。もっと色んな種類の酒を飲みたくないか?」
「王でなくて親方と呼べ。……いや、他にももっと別の種類の酒が!?」
そんな。
このニホンシュとビールだけでも夢のように美味しいのに。
さらなる新たな喜びに触れ合えると!?
「ショウチュウ、ウイスキー、ブランデーという酒なのだそうだ」
「三種類も!?」
「しかし、それらを作り出すには特別な道具が必要らしくてな。そこでお前に相談に来た。お前たちドワーフは道具作りが得意だろう? 聖者に頼めば作ってくれるだろうが、彼の手ばかり煩わせてばっかっすもダメだ」
「何を作ればいい!? 何でも作るぞ!! 美味い酒のためならばドワーフ族の誇りを懸けて拵えてやるわあああ!!」
「さすが酒好き種族」
そして本題に入り、バッカスから蒸留器とやらの詳しい解説を受けた。
「どうだ? 作れるか?」
「鉄鉱石を精製する行程に近い気がする。やってできないことはあるまい」
「さすがは金物を作らせたら右に出る者はいないドワーフ族!」
フン、お前なんぞにおだてられても何も感じんわ。
しかし注文のものが完成した暁には、それを使ってできた新作の酒、真っ先に飲ませてもらうからな!
「では、蒸留器の素材を進呈しよう」
「素材? そんなものウチに腐るほど所蔵してあるが」
何せここドワーフ地下帝国では毎日穴が掘られて、鉄の原料となる鉄鉱石が採掘されているからな。
「いいや、そこまでタカるわけにもいかんしな。材料費はこっち持ちということで」
「そういうものか」
「と言うわけで最良の原料を聖者から貰ってきた。コイツを使って蒸留器を作り出してほしい」
ゴトリと置かれたインゴット。
その金属の輝きを見てワシは我が目を疑った。
「こ。これは……、マナメタル?」
「うむ、世界最高の金属だからな。硬くて熱伝導性もいいだけでなく臭い移りもしない。まさに理想的なことばっかっす!」
「マナメタルうううううううッッ!?」
「うおッ?」
マナメタル!?
マナメタル!?
地上最高の金属と言われ、ワシら鍛冶師の間では垂涎の的の!
普通に地下を掘ったのでは絶対に産出せず、マナ濃度の高い洞窟ダンジョンでしか採掘できない!
ダンジョン奥深くに潜ることへの危険度も相まって非常に貴重、量も少ない。
ドワーフ地下帝国の親方であるワシですら、小指の先程度の小さな塊しか見たことがないのに。
今目の前にあるのは……、立派な大きさのインゴット……!
それが一、二、三、四、五……。
たくさん……!?
「あの……! これ、蒸留器を作るだけにしか使ったらダメですかね……? これだけのマナメタルがあれば……、伝説の名剣が二、三振りは作れる……!」
「泣くほど?」
いいやしかし、依頼主の意向を無視して自分の作りたいものしか作らないというのは鍛冶師の名折れ。
ここは依頼通り最高の蒸留器を作り上げようではないか!
……でも。
でももし少しでもマナメタルが余ったら、ナイフ程度でも作ったらダメですかね……!?






