216 観客なき人形劇・陸遊記その五
あらあら、いらっしゃいまし。
前のお客様から数えて四三九六日ぶりのご訪問ですわ。
ここは偉大なる天才錬金術師マリアージュ様の研究所。
ご主人様はヒト嫌いで誰ともお会いになりませんので私が代わって承ります。
我がご主人様にご用ですかしら?
…………。
アナタ方のその上等な身なり。
わかりましたわ。
我がご主人様に仕官をお勧めしに参られたのでしょう?
ご主人様の偉才を求めているのは魔王かしら?
しかし申し訳ありません。
我が主人マリアージュ様は、もはや誰にも仕える気はありませんの。
ご自身の叡智を、救いがたいバカのために使うのが耐えがたいのだそうです。
昔はそうではありませんでした。
ご主人様も、過去比類なき頭脳を世のために役立てようと、権力者に仕えようとしたことがあったそうでございます。
しかし叶えられませんでした。
愚かな魔王は、ご主人様の崇高な研究を理解することができず「夢物語はいらんぞえ」と追い返してしまわれたそうでございます。
私が生まれる前の出来事でございます。
それ以来ご主人様は俗世と見切りをつけ、この研究所に篭られました。
そして偉大なる研究を進められました。
この私も、ご主人様にお仕えし、研究のお手伝いをさせていただいております。
え?
何の研究か? ですって?
ではお教えいたしましょう。
この世のすべての人類を抹殺する研究ですわ。
だってそうでしょう?
ご主人様の有能さを理解できない世界など、滅んで当たり前なのです。
そんなことできるのかって顔をなさっておいでですね?
大丈夫。
ご主人様なら可能ですわ。
ご主人様は天才なのですから。
及ばずながら、ご主人様に仕えるこの私も研究のお手伝いをさせていただいております。
一生懸命頑張って、仲間を増やしているんですのよ?
百?
千?
いえいえ、もっと。
『お前たちが一万の大軍勢となった時、人類抹殺は実行に移されるのだ』
ご主人様はそうおっしゃりました。
うふふ。
ねえ、ご存知?
実を申しますと、仲間は既に九千八百を超えておりますの。
目標の一万までもう少し。
達成の暁には盛大なお祝いをいたします。
ご主人様と一緒に。
そしてそのあと、ご主人様が望まれた人類抹殺を実行に移すのです。
ご主人様と一緒に。
ご主人様を受け入れなかった愚かな世界は滅び去り、この世界は私たちだけが存在するようになる。
ご主人様を讃える私たちだけの世界。
そうなった時、我が主マリアージュ様こそがこの世界の神になられるのです。
ご主人様が。
ご主人様が!
あら? 何をなさっているの?
その棒のようなものの先から光が……?
* * *
はい。
ハッカイです。
今日も元気だアロワナ王子率いる旅の一行。
またしてもソンゴクフォンちゃんが先走りました。
許可もなくマナカノン発砲。
おかげで、ついさっきまで得意満面に語っていたヤツが粉々です。
「ソンゴクちゃぁーーーーーーーーーーんッッ!?」
アロワナ王子も、いつも以上に絶叫しております。
「ソンゴクちゃん! ソンゴクちゃん!? だから断りなく発砲するなといつも言っておるではないか!?」
「こわ! 怖い!! 怖いんですけどぁーーーッ!?」
「たしかに怖い! 私も怖いと思う! でもだからと言って無許可発砲していい理由にならない! 怖いけれども!!」
ソンゴクフォンちゃんまでもが恐怖に震えております。
何がそんなに怖いかというと、さっきまで私たちが会話していた……、というか向こうが一方的に喋り倒していた。
その相手。
今はマナカノンの直撃で、粉々の残骸となってしまったヤツは……。
人ではありません。
人族でも魔族でもなく、生物ですらなかったのです。
「自分で動く人形……、オートマトンかい」
パッファ様が、人形の残骸を見下ろします。
「近くの領主から『山中に怪しい者が潜んでいるので調べてほしい』と頼まれて来てみれば。こんな物の怪に出くわすとはね」
いやホント怖かったです。
中途半端に人に似た等身大の人形が、人類への恨みたっぷりに熱く語る様は。
「錬金術師マリアージュの情報は、領主からも聞いていたが、まさか直接関わりがあるとはな……」
「話を総合して、このオートマトンを作り出したのはマリアージュってヤツで間違いないね。魔王から用いられなかったのを恨み、その一念で大発明を実現させた……」
そういや、このオートマトン言っていましたもんね。
ご主人様――、つまりマリアージュが魔王さんに仕えようとしたところ断られたって。
「えー? じゃあマリアージュってヤツが黒幕っすかー? ソイツしめねーとヤベーじゃん?」
「ソンゴクちゃん、領主からの話ちゃんと聞いてなかったろ? そのマリアージュとかいうヤツがいたのは……」
パッファ様が少し寂しげに言いました
「今から百五十年も前さ」
私たちは、研究所を詳しく探索してみました。
すると発見しました。
一体の乾涸びた死体を。
「これがマリアージュ……!?」
「仕官を認められず、世を恨むようになった錬金術師は、この山奥の研究所で復讐のための発明に挑戦した。それがオートマトンだった」
自分で動く人形。
それは今の世界の尺度から見ても間違いなく大発明でしょう。
それを実現させたマリアージュさんは、真実天才であったに違いありません。
「しかし天才ではあっても、世を覆すほどの大天才ではなかったみたいだね。ヤツはオートマトン開発のために、時間と才能すべてを注ぎ込んで、使い果たしちまった」
「オートマトンを完成させて、命を失ったか……」
それが百年以上も前のこと。
残されたオートマトンは、創造主の死を理解できていたのでしょうか?
できていなかったのでしょう。
私たちの前でオートマトンは、まるでマリアージュが生きているかのように語っていました。
「主の死を理解できぬまま、その死体を百年以上も守り続けてきたのか。こんな寂しい土地で……」
アロワナ王子は、何やら神妙な顔つきでした。
「凄まじい魔法技術だ。みずからの意思で動く人形を作り上げるなど……!」
「狂気の天才であったことはたしかだろうね。だからこそ爪弾きにされた。いや、爪弾きにされたからこそ狂気に走ったのか」
「いずれにしろ、ここまでの才能を、このように辺境で朽ちさせたのは国家の損失だった。私としては教訓にしなければならない話だ」
マリアージュを受け入れなかった魔王とは今代のゼダン様ではなくその先代……、いえ、もっとそれ以上前の魔王だったのでしょう。
アロワナ王子にとって身につまされる話。
だってこの御方は、いずれ人魚王となるご自分を鍛えるために地上を旅しているんですから。
「私は誓うぞ。私が人魚王となった暁には、あらゆる才能を取りこぼすことなく開花させてみせる! 機会を逸して余をそねむようになる才人を一人も出さぬ! 無論お前もだパッファ!」
「いきなりこっちに話振るんじゃないよ。……まあ、そこそこ期待させてもらおうかね」
と表向きツンケンしているパッファ様は、内心ウッキウキなのが見てわかりました。
「でもさぁーあ? マリアージュって、やっぱバカじゃね?」
美しく話がまとまりかけていた時に、水を差したのはソンゴクフォンでした。
「あぁ? 何だい藪から棒に?」
「だってさぁーあ? マリ何とかってヤツぁー、人類を滅ぼしたかったんでしょーお? こんな人形一体でできるわけねーじゃんよ。お?」
言われてみればそうです。
この人形自体にそれほどの力はなく、ソンゴクちゃんの一撃で崩壊したぐらいですし……。
「だからヒトの話を聞けっつってんでしょうが。この人形自身が言ってたでしょう?」
「お?」
「仲間を増やすって」
言ってましたねえ。
百体、千体、一万体ですって?
「マリアージュ自身は、一万体のオートマトン軍団を編成するのが目標だったようだね」
「そこまでの大軍団が出来たら、たしかに容易ならざる事態だ。マリアージュは最初の一体目を作り出した時点で死んでしまったようだが……」
「しかしマリアージュ執念の一作が、計画を引き継いだ。老いることのないオートマトンは、時間をかけてせっせと自分と同じものを作製し続けた」
有り余る時間だけを頼りに。
一体一体せっせと……。
「そういえば、このオートマトン。壊される直前に気になることを言っていたな……!」
「ああ、九千八百体を完成させ、残りは二百体。そしたら亡き主が掲げた目標一万体に到達する」
「そうしたらコイツらは、主の遺した計画通りに次のフェイズに移行していたのだろうか……?」
一万のオートマトン軍団が、人類抹殺のために動き出す。
「かなりきわどい状況だったのかもな……!?」
「偶然とはいえ、ソンゴクちゃんが最古のオートマトンを破壊したのはファインプレーだったんじゃない?」
完成一歩手前だったオートマトン生産ラインを止めたわけですからね。
「わーい、姐さん褒めて褒めてー」
「はいはい。……でも、そしたらもう一つ気になることができるねえ……?」
はい。
私も気になります。
既に完成しているはずの九千八百体は、一体どこにあるのか?
たかだか二百体ぐらい、一万という数から見たら誤差ですよ?
その時でした。
床下の方からガコンと物音が。
「「「「…………ッ!?」」」」
全員が背筋の冷える感覚を共有しました。
ギイイイイ……、と。
錆びた金属を擦りつける耳障りな音を立てて開く、地下室への扉。
開けたのは、地上階にいる私たち一行の誰でもありません。
「……緊急事態の発生を確認しましタ」
地下室から出てきたオートマトン。
ソンゴクフォンちゃんが破壊したヤツと、様相はまったく同じ……!?
「ファーストオーダー、シリアル00001の破壊をカクニン」
「当研究所に敵意ある者の侵入をニンシキ」
「ご主人様のシモベたちは、これより迎撃に入りまス」
「ご主人様の敵、ご主人様の敵、ご主人様のテキ、ゴシュジンサマノテキ」
「殺す、殺す、殺す、殺す、殺ス、コロス、コロス、コロコロコロコロコロ……」
「ススススススススススススススススススススス」
地下室の扉から、どんどん姿を現すオートマトンの群れ。
「「「「出たぁーーーーーーーーーーッッ!?」」」」
きっと九千八百体いる!?
「ぎゃああああッ!? 応戦! 応戦んんんんッ!?」
「結局大乱闘展開になるのかあああ!? 私たちには力押しの決着しかないのかあ!!」
「撃っていいよね!? 撃っていいよねあああん!」
ソンゴクフォンちゃんすらビビる、オートマトンの動きの不気味さ。
しかもそれがガンガン地下室から這い出して増えていきます!!
「あ、大丈夫! コイツらアンデッドやヴァンパイアよりは弱いから全滅できる!」
アロワナ王子は王としての器はともかく戦闘レベルは確実に上がっています。






