215 気になる木
植林。
かつて人間国の横暴で枯れ果ててしまったエルフの森を復活させるため。
木の苗を植え、育てていくプロジェクトが計画される。
出資するのはウチの農場に住むエルフたちで、実行するのは魔王軍。
エルフたちは使い道のない大金を己が故郷のために出資でき、魔王軍はみずからの懐を痛めることなく雇用を確保できる。
互いに旨味があるという話で、トントン拍子に進んでいく。
俺にも何かできることはあるだろうか?
たとえば何か知恵を出してあげたり。
植林して森を蘇らせるといっても、実際にはとても大変な作業だ。
そもそも木が成長するにも大変な時間がかかる。まともにやれば数年どころか数十年のプロジェクトとなるだろう。
まともにやらなければ随分短縮できると思うけれども……。
その件は一時置いておいて。
まず最初に考えなければいけないのは、どんな木を植えていくか? ということだろう。
木、と一口に言っても色んな種類の木がある。
大きな木。小さな木。たくさん葉を繁らせて、秋冬には散らしてしまう木。逆に年中葉がある木。針のように細い葉を育む木。
美味しい実をみのらせ、美しい花を咲かせる木。
そのうちのどんな木を植えていくのか? という話。
今回の植林プロジェクトの趣旨は、魔法によって荒れ果てた森を元の姿に還そうということだから、そこに元々あった木を植えるのが最適なように思う。
しかも一種類ではない。
何種類も。
種族の違う木々が雑然と交じりあうことが自然の姿だろうから。
しかし……。
「いや! 植えるのならこの楓の木がいい! コイツから出てくる樹液の味は絶品だ!」
「それを言うならこちらの檜の方がよっぽどいいでしょう! しっかり丈夫で道具の材料には最適です!」
「美味しい実のなる方がいいです!」
「このリンゴ! リンゴの木の方が!!」
「竹植えるのがシブいと思いません!?」
……。
エルフたちが、ここダンジョン果樹園で揉めている……。
ここには、俺が様々利用するための樹木が何十種類と植えてあって、伐採して木材にしたり、果実を取ったり、花を愛でたりとしている。
森の民たるエルフも、他の農場住民より遥かに高い頻度でダンジョン果樹園に出入りしており、生い茂る木の種類も把握している。
それぞれに一つか二つ、推しメンならぬ推し木もあることだろう。
で。
その各自イチオシの木をかつての故郷に植林しようと喧々諤々の議論中。
「私は断然ビワの木を植えるべきだと思います! 食べられる実は成る、葉は薬になる、木材としても有効です!」
「うっせぇー! 元頭目の私の言うことを聞けー!!」
しかしエルフさんたち?
アナタたちあくまで自然の森を取り戻したいんですのよね?
なのに植える木は自分たちの好みで決めていいんですか?
……いいのか。
その辺自然と人工の線引きが難しそうだもんね。
でも俺はやっぱり、元々この世界で生きている木を自然のままに植えた方がいいと思うんですよ?
ここダンジョン果樹園にある木は、俺の能力で芽吹かせた、俺が元いた世界の木だ。
つまり異世界の木。
元々この世界にない植物が外来し、繁栄して、在来の生物の生き場を奪ってしまうのは望ましくない。
だからこそやっぱりエルフの森の植林は、元々この世界にある木々で行うのがいいと思うんだが……。
「やだー! 楓がいいー!!」
「ビワの方がいいって言ってるでしょうわからず屋ですね!!」
エルフたち完全に聞いてない。
俺の深遠な考えは、彼女たちには通じないのか?
「聖者様!」
「聖者様はどう思います!? 何の木を植えればいいと思います!?」
俺にまで案を求める始末。
……う~ん?
そうだなあ?
実際そうするかどうかは別として、『俺ならどんな木を植えたいか?』という仮定をするならば……。
「………………杉」
杉は、非常に便利な建材だ。
他の木と違ってまっすぐに伸びるし、加工もしやすい。
だからこそ、俺の前いた世界でも大規模に植林されて、杉しか生えていないような山もあったりする。
「…………」
しかし杉にはもう一つ無視することのできない大きな特徴がある。
春先には凄まじい量の花粉を撒き散らし……。
花粉を原因にして起こる、国民病と言っても過言ではないあの病……。
「……花粉症……」
想像してみる。
エルフたちの植林作業によって異世界に大繁栄する杉林。
そこから飛び散る花粉。
異世界を覆うスギ花粉。
「大変だぁー……」
今この世界が、スギ花粉の猛威に晒されるか否か、俺の判断に委ねられている。
その上で……。
「聖者様は何を植えたらいいと思います?」
「……杉」
いまいち他人事な気分が抜けきれないのは、俺自身あの病が発症していないからだ。
スギ花粉を吸いこんだところで俺自身くしゃみも出ないし目蓋もかゆくならなければ所詮他人事である。
杉が建材として特段優れているのは事実だし、ここは異世界の方々に希望と絶望を一緒にプレゼントする気分で杉という名のパンドラの箱を植林してもよござんすか?
……いや。
やっぱりやめておこう。
最初の考え通り、異世界の植物を意図的に広げるのはよくないことな気がする。
ここはこの世界に元ある木を苗まで育ててから植林することとしよう。
何か一つ徳を積んだ気がした。
* * *
まあ、そうは言いつつも……。
「我が君……」
「んぬ? オークボじゃないか。お前たちもこっちに来たのか?」
「杉の木を少々伐り出したいのですが、よろしいでしょうか?」
「いいよー」
ダンジョン果樹園内にも杉はバッチリ栽培してあって、これまで屋敷や大浴場を建設した際大いに役立った。
やっぱ杉は役立つね。
花粉症が怖いからって植えるの中止できませんわ。
俺自身、花粉症じゃないんだからかまわないのはなおさら!!
「……ぶわっくしょいッ!!」
……。
……あれ?
大きなくしゃみ?
「杉伐るぞー」
「たーおーれーるーぞー!」
オークボたちが立派に育った杉に斧を入れて切り倒す。
当然のように枝葉は揺れる。
「……ぶわーっくしょいッッ!?」
!?
……。
……いやいや。
まさか。
気のせいだろ?
そうに違いない。