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208 失敗の地

 こうして新四天王のエーシュマがしばらくウチの農場で生活することになった。


 エーシュマは、アスタレスさんの元副官として、他同様に女性。


 さらに年齢も、バティベレナよりはアスタレスさんの方に近く、印象もアスタレスさんによく似ていた。

 お色気ムンムン悪の女幹部風といった感じだった。


 倒した相手に靴でも舐めさせそうな。

 もちろん靴の形はハイヒール。


「どうも、農場の主です」


 まずはご挨拶。

 対する相手は今もまだ困惑顔。


「ここが本当に、聖者の農場だというのか……!?」


 オークボの部下にコテンパンにされてボロボロの様相である。


「…………魔王様の支配下に入るつもりはないか?」


 スパーン!


 とハリセン(我が農場謹製)がエーシュマの頭をはたいた。

 バティとベレナがそれぞれに。

 彼女たちそれぞれの持つ二本のハリセンによる、ハリセンのクロスボンバーだ。


「いってえッ!? お前たちはバティとベレナ!? 何故ここに!?」

「お久しぶりです。『出世おめでとう』と素直に言えないのが残念ですよ」


 三人は、元々いずれもアスタレスさんの副官としてあったのだから、顔見知りなのは当然だ。


「どうしたんだお前たち!? 都落ちのあと、アスタレス様と共に舞い戻ってくるものとばかり思っていたのが全然戻ってこないので特に気にしていなかった!!」

「気にしろ」

「ウソでも『心配してた』って言ってください」


 こういうことを言い合う関係らしい。


「戦友と再会できたのは嬉しいが、今しばらく待っていてくれないか。私は今、大事な交渉の最中なのだ」


 バティとベレナを押しのけて、再び俺に向き合う彼女。


「ここにある宝物を献上すれば、魔国の敵になることを回避できるだけでなく、その庇護下に入ることもできるぞ。すべて差し出せとは言わん。半分。いや六割でどうだ?」


 スパンスパーン。

 再びエーシュマの頭を襲うハリセン。


「痛い痛いッ! さっきから何なのだ!? かつての同僚をポコポコ叩きおって!?」

「かつての同僚だからこっちも迷惑してるんですよ。私たちのここでの立場を潰さないでください」

「何ッ!?」

「私たち今、ここに住んでるんですよ」

「は!?」


 エーシュマの注意が、バティベレナに全集中。


「どういうことだ!? お前たち、行方不明の間一体何を!?」

「思い出してくださいよ。そもそもの発端、アスタレス様が四天王時代に没落するきっかけとなった任務はなんですか?」

「それは……、もちろんアスタレス様から伺っていた。魔族に無礼を働いた人魚国の姫を捕らえに行くのだろう?」


 今となっては懐かしい話だ。

 その間、エーシュマはアスタレスさんの直属軍を預かって留守役を務めていたという。


「その人魚姫様が結婚したという相手は誰か、聞いていませんでした」

「…………」


 エーシュマは、記憶の泥を掻き分けるかのような表情で目を瞑り、やがてカッと見開いた。


「……聖者?」

「ちなみに、あっちで人間国の王女に説教してる女の人が問題の人魚姫ですよ」


 と指さす先にはレタスレートちゃんに説教くらわせるプラティの姿があった。


「え? 人魚姫? え? 人間国の王女……!?」

「私たちが、その任務から戻ってきた時の経緯も聞いていますよね?」

「もちろん覚えているぞ! 忘れようのない大事件だったからな!! お前らとアスタレス様は、なんとドラゴンに握られて戦場に飛来して……!」

「そこでドラゴン様はあることを言いました。何と言ったのでしょーか?」


 俺も伝え聞いただけの話だが。

 ドラゴン……、とどのつまりウチのヴィールがこう言ったという。


『俺は聖者の下僕だから、聖者に迷惑を掛けたら滅ぼすぞ』


 云々。


「エーシュマ様ぁ~?」

「聖者と聞いて少しは連想しなかったんですかぁ~? 思い当たる節はなかったんですかぁ~?」


 元同僚という気安さゆえか、ここぞとばかりに絡んでくるなあの二人。


「い、言われてみればそうだけれど……! 聖者なんて割とありふれた称号だし。他にもたくさんいるんじゃないかって……! まさか同一人物だとは……!」


 その瞬間。

 エーシュマはハッとした表情で俺の方を見て、またバティベレナを見詰めた。


 バティとベレナはウンウンと頷いた。

 そしてまたエーシュマはこちらを向いた。


「じゃあ、この聖者もあの聖者!?」

「そうそう」

「ちなみにアスタレス様が四天王の座から追われて一時期身を潜めていたのもここです」


 エーシュマは眼球が飛び出そうなぐらいに目蓋を見開いた。


「聖者様はとてつもなく寛容な御方です。かつては敵だった私たちを快く迎え入れてくださいました」

「その後アスタレス様が魔王妃となって戻れたのも聖者様のご支援あってのことですし。他色々なことで我々は聖者様のお世話になってるんですよ」

「我々というのは魔族全体という意味です!」


 畳みかけに来るバティとベレナ。


「元々、人間国を滅ぼせたのだって聖者様のお助けあってのことですし、我ら魔族が聖者様からお受けした恩義は計り知れません」

「魔王ゼダン様も、聖者様をして『無二の友』と呼んで敬意を払っていますし。そんな聖者様に敵対することはもはや……」

「「魔王様への反逆」」


 上手い感じにハモるな。

 しかしその宣言はいい感じにエーシュマに突き刺さったらしく、顔面蒼白。


「ご……!」

「ご?」

「ご無礼をばぁーーーーーッッ!!」


 結局エーシュマがダイビング土下座することによって事態は収束しましたとさ。


              *    *    *


「アスタレス様! なんでもっと早く仰っていただけなかったのですか!? すべてを把握しておられたのでしょう!?」

「迂闊に喋るわけにもいかんしなあ……」


 屋敷でゴティアくんを寝かしつけていたアスタレスさんが再合流。


「大体、周囲の情報を組み立てれば上手く推測できることはベレナたちからも指摘されただろう。魔王軍を頂点からまとめる四天王が、それくらいの知恵も回せないでは困るぞ」

「うう……!?」


 エーシュマはぐうの音も出ずにやり込められるばかりだった。


「ここはエーシュマに、四天王となるための研修をしっかり受けてもらった方がよさそうだな。……聖者様」

「はい?」


 嫌な予感。


「エーシュマのヤツを、しばらくこちらに住まわせてやりたいのですが。お詫びとして好きなだけこき使ってください」

「ええ……? まあ……、はい……」

「その合間に私から、四天王としての心得をしっかり叩きこんでやることにしよう。一隊をまとめる副官と、一軍を率いる四天王とでは心構えに数段の違いがあることを教えてやろう!」


 これもしや、エーシュマをこっちに置いたことでアスタレスさんが遊びに来る口実を設けたんでは?

 口実なくても三日と空けずに遊びに来ているのに。


「この地では既にバティとベレナが住み込んで、積もり積もった恩を返すために日夜働いている。お前もそれに加わり、今回の失態を働きで取り戻すのだ!!」

「ははッ!!」


 なんかそういうことになった。


「ええぇ~? エーシュマ様までここで働くんですか~?」

「せっかく気楽にやってるのに~?」


 嫌そうな態度をしない元同僚。


 とは言え、上司からの信頼度や実力から言っても明らかにエーシュマの方が格上っぽいし、同じ元副官でもバティやベレナにとってもやりにくい相手なのか?


「ここで働くと言っても、四天王の仕事はどうするんです? 就任したばかりでしょうに」

「だから研修なのです。ここで軽率な振る舞いを償い、四天王としての心構えを養ったら再び魔都に呼び戻そうと思っていますがいかがでしょう?」


 いいんじゃないですか。


 その横で、エーシュマとバティベレナが改めて挨拶しあっていた。


「バティ、ベレナ。望外にもまたお前たちと一緒に働くことになったのでよろしく頼む。で、具体的にどういう仕事をしているのだ? 私もお前たちと同じことをすればいいのだろう?」

「いや、そう単純な話ではなく……!」


 バティたちは、彼女らの農場での仕事を説明した。

 特にバティの担当は、他にはまず真似できない。


「服作り? そう言えばお前、魔王軍にいた頃も度々そんなことを言っていたような……?」

「意外と覚えていますね……!」

「しかしお前、魔王軍の軍人から専門的な訓練も受けずに、本当にちゃんとした服が作れるものなのか? 却って失敗作ばかりで迷惑かけたりしていないだろうな?」


 エーシュマの心配ももっともだろう。

 しかしそれは無用な心配だった。


「そうですね……、私がどんな服を作っているか? 一番率直でわかりやすい説明をするとですね」

「うむ?」

「アナタが今着ているのがそうです」

「何ぃッ!?」


 なんとエーシュマが今日着てきた服がバティ作の一品らしい。

 恐らくシャクスさんを通して魔国市場に流れていったものの一つだろう。


「何を言うのだ!? これは今、魔都で一番人気のブランド服だぞ! アスタレス様が特別な場所へ連れて行ってくださるというので、奮発して買った品なのに!!」

「だからそのブランドが私作なんですよ。あと四天王が奮発するなら出来合いのもの買わないでオーダーメイドで新調してください」


 エーシュマが魔国に戻る際に、四天王に相応しい式典用の礼服を作ってあげることになった。

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