204 マイナス
わたくし、スレープと申します。
バッカス様の巫女を務めさせていただいております。
バッカスの巫女とは何ぞや? と疑問に持たれるかもしれませんので、まずはそこからご説明させていただきましょう。
バッカスの巫女とは、偉大なる半神、酒を司るバッカス様にお仕えする巫女のことです。
え?
説明になってない?
ではもう少し詳しく語っていきましょう。
バッカス様は、神と人族のハーフとして何千年も在り続ける御方です。その方が長い長い時間を何に費やしているのかというと、何よりお酒。
美味しいお酒を探し求めたり、美味しいお酒をみずから開発したりすることです。
ですがあの偉大な御方は、自分お一人が満足するだけでは飽き足らず、もっと多くの人々にお酒の素晴らしさを広めんとしています。種族も問わず。
だから多くのお酒を作り、旅する先々で配り歩き、お酒の布教活動を行ったりもしています。
しかしそうした大掛かりな活動は、一人の手ではとても回り切りません。
そこで酒教祖バッカス様をお手伝いする信者。
私たちの出番となるのです。
バッカスの巫女。
それはバッカス様に従い酒を作り、各所に散らばって売り歩く布教の尖兵。
この地上には、数千人単位のバッカスの巫女が散在していると言います。
あまり広範囲に分布しすぎて身内ですら正確な数は把握できていません。
このわたくしスレープもバッカスの巫女の一人ですが、生まれは旧人間国、中央から遠く離れた寒村でした。
兄弟が多く、不作続きで食うに困った両親は、口減らしとして私をバッカス教団へ入信させました。
バッカスの巫女には、そうした生い立ちの者が多いのです。
法術魔法の副作用で土地が枯れ、そのくせ税の取り立ては厳しくなるばかり。
生活苦から養いきれなくなった幼子は、それこそ掃いて捨てるほどいたのです。
そんな貧困家族にとって、バッカス教団は打ってつけの口減らし先というわけでした。
教団に女ばかりが集まり、バッカスの巫女などと呼び習わされるほどなのも、労働力として引き取り手が多い男性よりも、女性の方が入信率が高いからでしょう。
作ったお酒を配り歩く際に代金を請求するのも、わたくしたちの生計を立てるために許されていますし。
わたくしたちが親や村から捨てられながらもなんとか今日まで生きてこれたのは、バッカス様のお陰なのです。
* * *
そんなバッカス様から、ある時お触れが届きました。
世界中のバッカスの巫女全員に向けられた通達のようです。
――私と共に楽園へ行く者たち募集!
――そこに行けば、どんな願いも叶うという!
――美味しいごはん、整った寝床!
――最高の環境で私と酒造りしたいという巫女よ集え!
――募集者ばっかっす! ということを期待するばっかっす!
これらの呼びかけに対してまずもった感想が……。
……胡散くさい。
……でした。
あまりにも胡散臭い。
しかし我らが崇拝するバッカス様直々の呼びかけです。
さすがに疑うわけにはいきませんし、一方で人族魔族間の戦争終結から、わたくしたちの酒売り稼業にもどんな影響が出るかもわからぬ不安のある身。
ここは思い切って、バッカス様の募集に乗ってみることにいたしました。
* * *
指定の場所へ向かってみると、同じように呼びかけに応えた巫女たちが十四、五人ほど集まっていました。
「希望者ばっかっす!」
バッカス様は、応募人数に満足なさっているようでした。
そしてここから、わたくしたちの連続ビックリは始まりました。
何と言ってもいの一番からビックリしました。
何しろわたくしたちを迎えに来たのがドラゴンだったからです。
「「「「「うぎゃはあああーーーーーーーーーーーーッッ!?」」」」」
わたくしを含めたすべての巫女が絶叫しました。
泡を噴いて卒倒する者すらいました。
ドラゴンといえば、この世でもっとも恐ろしい存在の一つ。
たかが人族ごときが視界に入れば必ず死ぬとも言われています。
そのドラゴンが!
わたくしたちを掴んで!
空を飛んで!?
空中にいる間、ずっと生きた心地がしませんでした。
確実に寿命が縮んだと思います。
このまま天国へ昇っていくのかと思いきや、再び地上に降りたちました。
ここが目的地?
見渡す限り畑が広がる閑静な場所。
しかも畑に実っている作物が、人間国とは比べ物にならないほど青々と生命力に漲っています。
食べたらさぞかし美味しいんだろうなあと。
そこにも驚きましたが、そんなことは些事、とばかりにもっと驚くべきことがありました。
畑の世話をモンスターがしています。
オークにゴブリン。
魔王軍が兵士として使うという人型モンスターじゃないですか!?
魔族の命令で人族の村落を襲い、略奪の限りを尽くして男は皆殺し、女は全員犯すともっぱら噂の狂暴生物!?
「……あ、新しくこちらで暮らす人ですね? よろしくお願いします」
はい!?
「よ、よろしくお願いします?」
「いやぁ、皆さんが酒造りを担当してくださるそうで、助かりましたよ! ただでさえやることが多いんで! これからは同じ農場の仲間です!」
「は、はあ……?」
「助け合って農場を支えていきましょう!」
モンスターが物凄く友好的で好印象でした。
言葉遣いも礼儀正しくて。これじゃあ旧人間国に住む人族の方がよっぽど野蛮じゃないですか。
人族のおっさんなんか酔うとすぐその辺で立ちオシッコして最悪なのに。
こちらのモンスターさんたちは、そんなこと絶対にしそうにありません! 紳士です!
* * *
……まあ、そんな感じでわたくしたちの農場生活は始まりました。
わたくしたちのここでの仕事は、その前とほとんど変わりません。
ただひたすら酒を造るのみ。
しかし、労働環境はまったく違います。
天と地ほど違います。
この農場はまさに天国です。
旧人間国では一般的な、ただ木を並べて建てたようなあばら家とはまったく違う家。
王侯貴族の別荘かと思われるような綺麗な建物が、わたくしたち専用の宿舎として提供されました。
それらはあのオークさんたちが、あっという間に建ててしまったものです。
「一緒に生活するならこれぐらい当たり前ですから」
言うことがいちいち男前なオークさんです。
床がタタミ? とかいう材質で触り心地よく、そのままごろ寝できます。土剥き出しの人間国の掘っ立て小屋とは大違いです。
造りがしっかりしていて隙間風も入ってきませんし。
驚くべきはそこだけじゃありません。
毎日のごはん、美味しい。
トンカツとか、チンジャオロースとか、オムライスとか、お好み焼きとか。
食べたことのないものばっかりです!
しかもそれがいずれも美味しい!
一日の仕事が終わったあとに入る温泉というのもサイコーですし、上がったあとに飲むものがサテュロスのミルク!?
すべてのミルクの頂点に立つ最高級品じゃないですか!?
しかもそれをキンキンに冷やして!?
そして時おり通りかかるワンちゃんを好きなだけモフモフできる。
……贅沢すぎる。
王様だって、こんなぜいたくな暮らししていませんよ。
バッカス様の言ったことは本当でした。
ここは楽園です。
わたくしは決めました。
死ぬまでここにいます。
この命尽き果てるまで、この農場の人たちのためにお酒造りします!
きっとそれが、わたくしの生まれてきた意味なのです!
* * *
まあ、なので酒造りに勤しむのですが……。
早速問題が起きました。
ここでは酒の祖神バッカス様と農場のマスター聖者様とが共同して新種のお酒造りに挑戦しているのですが、あまりに挑戦する種類が多くて、最初にあった酒造り用の倉庫じゃ足りなくなってきました。
どうしようかと困っていた時、あのオークさんたちが現れて相談に乗ってくれました。
「そんなことなら私たちに任せてください」
オークさんはあっという間に倉庫を二棟、増築してくださいました。
なんて頼りになる御方たち……!
「頑張る皆さんの手助けができるなら嬉しいです」
やだこの男前なオークさん……!
惚れそう……!?






