202 流浪の半神
俺です。
変なヤツが来た。
上級精霊アラクネが訪問してから間が経っていないというのに連客ですよ。
しかも今回現れたのはオークボやポチたちに発見されることなく、気づいたその時には農場の中心、俺の屋敷の玄関先に。
最深部まで立ち入られた形だ。
大失態。
オークボたちの警備やポチの鼻を掻い潜ってやって来た、あからさまにただ者でないこの男は何者か?
パッと見、人族に見える青年は、年齢三十歳前後といった風。
片肌脱ぎの、古代ギリシャの哲学者みたいな服装をしていて、ゆったりとした布地が体つきを曖昧にするほどに揺らめいている。
その衣服の端がボロボロに擦り切れていて、全体的な印象は『流浪の修行僧』みたいな感じだった。
剥き出しの片肌にはしっかり筋肉が付いているのがわかり、よく動きそうだが、我が農場の警戒網を潜り抜けられたのは身軽さのせいではあるまい。
この男の存在自身に、何かただならぬ異質さを感じる。
人ではある。
しかしそうではない、人を越えた何かが一部交じり込んでいる。
そんな感じだ。
「……私の名は、デュオニソス」
男が、自分から名乗りだした。
「父から貰った名はそうだが、その後みずから名乗った芸名、バッカスと呼ばれることばっかっす!!」
あまりに威風堂々と言うので、ネタであると気づくのに時間がかかった。
「ああ、どうも。……それで、そのバッカスさんが何用で?」
「呼ばれることばっかっす!!」
「それはもういい!!」
しつこいと余計滑った感が出てしまうぞ!?
だからバッカスさんとやらは一体何者ですか!?
訪問の目的は何ですか!?
説明してくれないとわからないことばっかっす!!
『半神バッカスとは、またまた珍しい者が出てきましたの』
「あ、先生?」
ノーライフキングの先生がまたしても俺の隣に現れた。
なんか不可解な事態が生じるたびに駆けつけてくれて、ありがとうございます!
『聖者殿、こやつはバッカスという人と神との間に生まれた者ですじゃ。そういう者を一般的に半神と申します』
半神……?
『今となっては大変珍しい存在です。その昔、ワシがまだ命ある存在であった頃よりさらに昔。半神はたくさんおりました。神々が、自分たちの生み出した人類に懸想して地上に降り、分別なく交わったからです』
その当時、もっとも分別がなかったのは天の神ゼウスだったという。
あるべき帰結として人と神、双方の血を受け継いだ子どもが生まれ、その子どもは半神と呼ばれるようになった。
半神は当然のように強い力を持ち、英雄偉人となって活躍するようになる。
その力はあまりにも強すぎて、世界のバランスを崩すまでになった。
『そこで神々は一計を案じ、以後気軽に地上へと降りることを許さぬようにと協定を結んだそうです。そして半神たちも、それぞれの親が支配する神域へと迎えられ、神の位を得ました』
だからこの世界に、半神はまったく残っていないという。
ただ一人を除いて。
『ここにおる半神バッカスは天神ゼウスと人族の間に生まれながら、天の使者を無視して地上に留まりました。以後、地上に残る唯一の半神なのです』
「よく知っている。不死の王、自分が存在するより前のことを、どうやってそこまで調べた?」
『何を仰る。以前会った時に、アナタ自身が聞かせ教えてくれたことではありませんか』
対峙する先生とバッカス。
え? 何?
もしかして面識あるのこの二人?
『バッカスはもう二千年以上、この世界を放浪し続けておりますじゃ。何せ半分は神ですゆえ、老いて死ぬこともないようです』
「そうか、前に会ったか。この私の興味は一つのことにしかないゆえ、それ以外は覚えてないことばっかっす!」
それもういい。
っていうか二千年!?
そんなに放浪して何をしているっていうんだよ!?
『バッカスが地上に留まる理由は一つ。あやつが心から愛し、それ以外には目もくれぬ。たった一つの興味の的』
それは……。
「酒」
さけ?
「そう、私は心から酒を愛する。酒を作り、酒を飲み、そして酒を世界中に広げることをしてばっかっす!」
『こうしてあやつは二千年間、世界中を歩き続けているのです。世界に生まれた新しい酒を見つけ出し、みずからも酒を作り、また世界に酒を伝道するために』
永遠に放浪し続ける酒の布教者。
それが半神バッカス。
……ここまで来たら、コイツが何しにウチの農場に来たかわかってきた。
「ある時、我がバッカスセンスが反応したのだ。遠く離れた最果ての地に、今まで飲んだこともない酒があると。その酒を求めて歩いて歩いて歩き続けてばっかっす……!」
荒野を渡り、山を登り、谷を越え、森に迷って。
長い時間をかけてとうとう我が農場にたどり着いたんだそうだ。
「私はゴールした! さあ、ここにある美味い酒を飲ませてはくれないか!?」
「嫌です」
俺は即答した。
* * *
「うあああああ……! 人の子が意地悪するのおおおおおお……!!」
拒絶したらバッカス思い切り泣き出した。
その泣きっぷりがまた堂に入っていて、形振りかまわなさが半端ではない。
「…………」
いや、俺としてはさ。
今日会ったばかりの見ず知らずの人にお願いされただけで物を上げるのもどうだろうって気がしたんだけど。
まさかここまで激しいリアクションを見せるとは……!
「必要なのは代償か!? ではこれを与えよう!!」
バッカスが何か差し出してきた。
なんすかこれ?
種?
「これは、ある樹木の種だ! これを育てれば、赤くて小さな実がいくつも集まった房ができ、それを搾って果汁を出し、上手く腐らせることで酒ができるのだ」
ブドウかな?
ワインか?
「これと引き換えに、そちらにある酒を飲ませてほしい! いい取引ではないか!?」
「…………」
バッカスの求めているものに心当たりはある。
一時期、人魚ガラ・ルファに指示してお酒作りの研究をさせたことがあった。
あの時出来上がったのは、大麦を原料にしたビール。
ガラ・ルファは見事に要望を果たして、シュワシュワ美味しい喉越し爽やかなビールを開発してくれた。
この世界では主にどういったお酒が流行っているのかしらないが、まあ異世界製の原料だし、まあ美味しいんじゃないかな? と思う。
少なくとも俺自身は、間違いなく美味しく飲んでいる。
「…………」
まあいいか。
「ウチで作ったお酒を飲みたい一心でここまで旅してきた人を無下に追い返しては薄情だ。こちらへどうぞ」
「へ? いいの? わーい、この人の子優しいー!」
バッカスはスキップしながら俺のあとをついてくる。
ノリ軽いな、この半神。
* * *
飲んでもらうなら徹底してよいものを……。
と思い、エルフ工房で作られたガラスジョッキを、パッファ特製冷蔵庫でキンキンに冷やし、同じくキンキンに冷やしたビールを注ぐ。
よく泡立つ。
酒の肴には、これまたビールに付き物の枝豆を用意させていただきました。
すぐそこにある海から取れた天然塩で塩茹でだよ。
「ハーッハッハッハ!!」
バッカスは、出されたビールジョッキを握ると、地面に垂直に近い角度で呷り、ゴクゴク凄まじい勢いで喉の奥に流し込む。
その無茶な飲みっぷりにも関わらず一滴も零すことなく、腹の中へ流し込んだ。
ジョッキの底がテーブルとぶつかる景気のいい音が鳴る。
ガツン。
「ワンモア(おかわり)!」
あまりの痛快な飲みっぷりに、俺も思わず拍手を送った。
「思った通り! いや思った以上の美味しさだった! 地の果てまで旅した甲斐があった! この酒を、半神バッカスの名の下に神の酒と認定したい!!」
それもうハデスさんがしました。
「しかし人の子よ、こちらの添え物に出された野菜はいかがなものか? 歯ごたえが悪く噛み切れないし、妙に苦いし……!」
しかしバッカス。
つまみの枝豆には不満そう。
まあ、ケチをつけたい気持ちはわかる。
バッカス、枝豆を莢ごと食っちゃってるんだから。
異世界の料理なのに説明が不足していましたね。
枝豆はですね、莢は食べないんです。
莢の中にある豆だけを食べるものなんです。
豆を莢から出して……。
横の裂け目から押し出すように……。
……そう。
そうです!!
「うまあああーーーーーーーーーッ!!」
どうやら枝豆も気に入ってくださったようだ。
「煮て柔らかくなった豆の歯ごたえに、ピリッと効いた塩味!! その味、口触りが酒の苦みを引き立てる!! まさに理想の組み合わせ!!」
枝豆食ってビール飲んで。
枝豆食ってビール飲んで。
空になった莢がバンバン積み上がっていく。
「よくぞ、よくぞここまで美味しいお酒を拵えてくれました。アナタと出会えたこと、私は本当に嬉しい。今日という日を記念いたします」
「はあ、それはいいんですが……!」
アナタ、さっきまでと印象違いません?
微妙な変化で気づきにくいが、やたら敬語を使いこなしているというか……?
そんな俺の疑問に先生が答えてくれた。
『バッカスは、酒を飲めば飲むほど頭の働きがハッキリし、明哲になるのです』
アル中じゃねーか。
 






