200 守護者訪問
「わーい! 上級精霊さまですー!」
「じょうとうな精霊様ですー!」
唐突に訪問してきた上級精霊アラクネを、ウチに住む大地の精霊たちが歓待した。
『あらあら、精霊が実体化しているなんて珍しいわね。うふふ可愛い』
アラクネの方も、子犬のように群がってくる大地の精霊たちにほんわかしている。
「……はッ!? よくみたらコイツ、クモです!?」
「クモは巣を張って家をよごすですー!」
「がいちゅーです! ひねりつぶすですー!!」
大地の精霊たちは、屋敷を整理整頓する仕事を持っているので、それはもう精力的に蜘蛛の形をしたアラクネをボコボコにし始めた。
正確には下半身が蜘蛛で、上半身が女の人。
『ぎゃああああッ! 痛い痛い痛い! 何なのやめてーッ!?』
なすすべなく精霊にボコられていく上級精霊。
「……はッ!? ちょっと待つです!?」
「クモは、他のがいちゅーを捕まえて食べてくれるです!?」
「えきちゅーです! たてまつるですー!!」
精霊たちはすぐに意見を変更して、アラクネを崇拝し始めた。
『一体何なのよ……?』
こっちのセリフだよ。
「上級精霊っていうぐらいだから精霊から尊敬されたりしないの? 扱われ方すっごい雑じゃん?」
『上級精霊自体がかなりテキトーな括りだから。神と呼べるほどでもない神聖な属性は、全部上級精霊ってことにしとけ、ってぐらいの気分だからね』
上級精霊みずから説明してくれる。
『だから上級精霊には、出自からして多種多様なのよ。元は人類だったものが死後神格化したり、逆に神だったものが堕ちたり、この子たちみたいな普通の精霊が、何かのきっかけでランクアップする例もあるわ』
そうしたものをゴタ混ぜにした上級精霊は、かなりグレーゾーンらしい。
先ほどアラクネは、先生やヴィールにマジビビりしていたが、種類によっては世界二大災厄に対抗しうる上級精霊もいるんだそうな。
「神のヤツらほど実体化に厳格な縛りがないから、割と気楽に地上にも現れるしな」
ヴィールがボソリと耳打ちしてきた。
帰って寝るとか言っていたけど、結局また戻ってきてくれたのか?
「目をつけられると神以上に厄介な相手かもしれんぞ、ある意味」
『そんなことより、ついにここなのね! あの光輝く生地が生産されているのは!! さあ案内して! このハウスの生地生産場所に案内してー!!』
この蜘蛛女さんノリノリである。
「ドラゴンブレスで消し炭にしてやってもいいけど。コイツらの場合、物体化が解かれるだけで霊性は少しもダメージ負わないしな。要するに何度でも復活してくる」
まあ、いいんじゃない?
強いて隠すものでもないし、見学希望者は受け入れてあげれば。
そういうわけでアラクネを案内してみた。
* * *
そして御対面。
金剛絹の作り主、金剛カイコ。
彼らは今日もお蚕部屋で、せっせと糸を作りだしていた。
そこへ来訪するアラクネ様。
蜘蛛とカイコは運命的な出会いを果たした。
『しゃー! ふしゃーッ!!』
『がるるるるるるるるるるるるるるるる!!』
なんか互いに威嚇しあっている。
「金剛カイコが鳴いている……!?」
っていうか鳴くんだカイコ?
いや、種の限界を超えて進化した感はあるけれど。
『にゃーッ! ぎにゃーッ!! ふしゃしゃーーーッ!!』
『ぎゃおおおおおおおおおおおおおお!!』
っていうか何故威嚇しあう!?
興味を持ってこの場を訪れたんじゃないの!?
『眼を合わせた瞬間気づいたのよ! こんなヤツらが作る糸に負けるわけにはいかないわ! すべての糸の守護者として!!』
変な意味でのシンパシーを感じやがった。
頂点は二種類もいらない的な?
『ねえ! そこのアナタ!』
「え? はい?」
この俺のことですか?
『アナタがこの虫どものオーナーなのよね!?』
「飼い主という意味ではそうかもしれませんが……。でもアナタも広い意味では虫ですよね?」
『この私の糸はどう? こんなイモムシどもの吐き出すものより何倍も美しいわよ!!』
ご自分の蜘蛛の尻部位から糸を出した。
『ほらほら、まるで水のような潤いと光沢でしょう!? アイツらの糸より凄いでしょう?』
「いやアナタ、アイツらの作る糸というか金剛絹を評価してたんじゃないんですか?」
『本人(?)を見た瞬間負けられないと感じたのよ! 生産量だって豊富よ! 祝福してバティちゃんのお尻からも糸出るようにできるし!!』
いい加減諦めてください。
それを一番望んでいないのはバティ自身なのです。
『…………』
そんなアラクネのやりたい放題を見ていたからだろうか。
金剛カイコたちが一斉に糸を吐き出した。
いや、糸を吐く作業なら元からやっていたのだけれど、ペースを無視して本気の勢いで吐き出す感じだ。
しかも、複数のカイコがそれぞれ吐き出す糸は、色とりどりで……。
『赤に青? 黄色と緑? 橙に水色黄緑と細かい色まで!?』
アラクネに対して『お前にこんな細かい色分けできるの?』とばかりに挑発的な気配が金剛カイコたちから送られた。
しかも彼らの挑発はそれだけにとどまらない。
金剛カイコの一匹が一本糸を吐いたのだが、その糸が口から離れないうちに、他の金剛カイコが糸のもう一端をもって……。
引っ張って。
引っ張って。
引っ張って……。
「伸びる!?」
ゴムみたいにどんどん伸びていく!?
やめろ! そこまで限界に引っ張ったら!
放すなよ! 絶対に放すなよ! 放すなったら……!
ぎゃああああああッ!?
バチンッ!?
無慈悲に放しやがった!
伸ばしまくった糸が伸縮性を発揮して元に戻り、糸を吐いたカイコの顔面にクリーンヒットして痛がるリアクションまで完璧じゃないか!!
というか要するに……。
これはゴムのように伸び縮みする絹糸を吐けるぞというデモンストレーション!?
『できるの?』
『これキミにできるの?』
……的な挑発がカイコたちからアラクネへと送られる。
守護者のプライドがギシギシ軋む音がする。
『あああああ! 私にだってできるわよ! 私の糸は蜘蛛の糸よ! つまり、獲物を捕らえる粘着力抜群の糸も吐けるのよ!!』
と、お尻から一筋糸を出して、俺に手渡してきた。
……。
うん、くっつく。
離れない離れない。
マジで離れない!?
ねえこれどうしたら剥がれるの!?
皮膚ごと引っぺがす!?
怖いこと言うな!?
『ふっふっふー、どう? アナタたちにこんな粘着性のある糸出せる? 無理でしょー? アナタたちのようなカイコ風情には?』
勝ち誇った表情のアラクネだが、それに対する金剛カイコたちのリアクションはやけに薄い。
というかクール。
彼らの言わんとしていることを表情から読み取ってみると、大方こんな感じだろう。
『それが何の役に立つの?』
『機織り、裁縫、服作りの何の役に立つの?』
と。
『にぎゃああああああッッ!!』
糸の守護者、キレた。
『ちょっと! アナタの農場に私の糸も納めてあげるから! それでバティちゃんに服を作らせなさい!!』
「えぇ~?」
『糸の性能は、衣服にまで昇華されてこそ真価を発揮するのよ! それによってどちらの糸が優れているかハッキリさせようじゃないの!!』
金剛カイコたちの吐く金剛絹だけでも持て余し気味なんですけど。
とにかく俺たちは、これまた伝説級の繊維を手に入れるに至った。
* * *
現在のところ、製糸して機織りして生地を作り上げる行程は、我が農場のゴブリンたちの担当になっている。
彼らが繊維を布に変えて初めてバティの手に渡るのだが、そんなゴブリンたちに新入手したアラクネの糸を渡して、好きなように工夫してみるように言ってみた。
「色々試してみた結果……」
ゴブ吉がサンプルを片手にやって来た。
「金剛絹を縦糸に、アラクネ糸を横糸にして混ぜ合わせると強度が上がり、さらに神聖性が格段に上がるようになりました。かなり高度の呪いまで、苦も無く弾き飛ばすでしょう」
「…………!」
またウチの装備水準が上がった。
今の時点でも強すぎて困っているぐらいなのに……。






