01 キダンの生活
というわけで始まりました。
俺こと異世界召喚者キダンの異世界ライフが幕を開けた。
ともかくは、王様から購入した土地に向かってみた。
そここそ俺がこれから暮らしていく、俺だけの王国となるのだから。
* * *
「ここから先が、アナタに与えられる土地になります」
いくつ目かの村を過ぎた辺りで、案内人が俺にそう告げた。
ここから先って?
見渡す限りの荒野っぽいけど?
「今さっき通り過ぎた村が、我が国最果てになります。ここより先は人跡未踏の地。野原と山が広がるばかりで人っ子一人住んでいますまい」
何の感情もこもらぬ声で案内役は言う。
「アナタは、この化外の地より好きなところを自分の土地と言って、住まうがよろしいでしょう。それこそ、アナタが金貨十枚で国王陛下から買われた権利です」
金貨九枚ですけどね。
残った一枚の金貨は、新しい土地で暮らしていくための準備に有効活用させてもらった。
「……でも人跡未踏、化外の地ってことは、正確にはあの王様が治めている領地じゃないってことじゃ? そんなの勝手に売り払っていいんですか?」
「そんなこと私の知ったことじゃありませんよ。あの王様が言い出したことなんですから」
と案内役。
酷く投げ遣りだった。
「まあいいじゃないですか。たしかにこの先の土地は、我が国の領土ではありませんが、だからこそ国とは無関係に暮らしていきます。仮に住んだ土地で何かを栽培して収穫しても、王国に税として収める必要もないんですからね」
「たしかに」
「収穫できればの話ですけど」
そんなことできるわけないだろうけどな、と案内役さんの冷ややかな瞳が物語っていた。
どうやら俺への認識は、体よく厄介払いできた無能異世界人、といったところだろう。
仕来りとして払わなければいけない金貨十枚も体よく巻き上げられ、その身は誰も住んでいない異境に廃棄成功。
「私は、ここで失礼させていただきます。これ以降、我々人族はアナタに一切関与しませんので、自由になさってください。生きるも死ぬもね」
そう言って案内役の人は踵を返し、元来た道を戻って行った。
さようなら、お元気で。
まあ、あの王様や国の人々はヤバい雰囲気がしたので金輪際関わることがないのは幸いか。
余計なしがらみをもたず、自由で安らかな異世界生活を楽しむとしよう。
目の前に広がる広大な荒野。
地平の向こう、いくつにも連なる山影も見える。
案内役さんの話では、この人跡未踏の地のどこでも好きなところを自分の土地にしていいということだが、中世ヨーロッパ程度の文化程度と見受けられるこの世界。
きっと人が治めている土地より、そうでない土地の方が圧倒的に多いのだろう。
ならば、あの国の人たちとまた関わって面倒なことにならないよう、徹底的に離れたところに住み着くとしますか。
この荒野をズンズン進んで、もう進むことができないってところまで行き着いたら、そこを俺の土地と定めて暮らしていくことにしよう。
では出発。
* * *
着いた。
さすがにもうこれ以上進むことは出来なそうだ。
だって目の前に海があるから。
「正真正銘地の果てか……!」
あの案内役さんと別れて、人跡未踏の地に突入してから、既に一ヶ月が経過していた。
ここまで徹底的に歩いたなら、もう再び王様のところへ帰ることもできない。
途中山とか森とか抜けて、帰り道を正確に思い出せる自信がない。
「とにかく! ここで俺の新生活が始まるわけか……!」
そう思うと気分は清々しい。
で、今日から俺の王国となる、この土地だが……。
「何もねえ……」
本当に何もない土地だった。
更地。
家もなければ人っ子一人住んでいない。文明の形跡が見受けられない。ただひたすらなる荒野。
人の住んでいない荒野を一ヶ月かけてたどり着いた地の果てなんだから、まあ当然と言うべきだが。
まあいいじゃないか。
こうして何もない土地を切り拓き、家を建てて畑を耕し、自分の楽園を築き上げていくという異世界生活!
人によっては異世界ならば大冒険。困難に立ち向かい仲間と団結し、強い敵を倒して英雄になろう! という展開に憧れるかもしれないが、俺はそっち方面にあまり気が進まない。
冒険とかはいいのだ。
前の世界では俺もゲームなどやっていたが、RPGではボスを倒してシナリオを進めていくよりも、レベル上げの方を率先して楽しんだ。
キャラのレベルが上がり、新しい呪文を覚えて、攻撃力も増えてそれまで倒せなかった敵を一撃で葬ることができるようになった、という積み上げに快感を覚える。
領地経営型シミュレーションも好きで、与えられた領地の収入や防衛力、民の満足度などをカンストさせて黄金楽土を築き上げるのが大好きだった。
侵略などもっての外。
だって悪いことだし。
学校でもそう習っただろ?
そんな俺が異世界にやって来て何をするかといったら、それこそ俺だけの楽園を作り上げることだ。
俺自身を誰にも負けないチート野郎に鍛え上げるのもいいが、修行とかは汗臭くて地味だし、何より強くなったらその成果をたしかめるために誰かと戦わなければならない。
それはさすがに、挑まれる側にとっては迷惑だろう。
俺はどこまでも平和に異世界を満喫したいのだ。
そういうわけで国王を口車に乗せて、見事この未開の地をゲットだぜ! となったわけだが……。
「未開な分、開拓のし甲斐はあるよね……」
と思うことにした。
今からこの荒れた地を目に焼き付けておくことにしよう。
ここが楽園となった時、始まりの風景を思い返して「ここまで来れたぞ!」とニヤニヤするために。
「そのためにも、早速作業にかかりますか」
俺は、ここまで運んできた荷を下ろして足元に広げる。
それは、この地にやってくる前に王都で買い揃えた、いわば開拓用具一式だった。
鍬と鎌などの農業用具。カナヅチと釘などの大工道具。針や糸などの裁縫道具などなど。
最初に下賜された金貨十枚のうち、残しておいた一枚の金貨で揃えたものだ。
たった一枚でもこれだけの量を買い込める金貨という貨幣の価値に感心すべきか。それとも金貨一枚ではあまりいい品を揃えられなかった……、質より量を優先せざるを得なかった事実に目を向けるべきか。
実際、俺が買い込んできた農具や大工道具はあまり質のいいものではなく、最下層の貧民用といった具合だった。
これではとても効率のいい作業は望めないが、これもまた少しずつ発展させていけばいいのだ。
ここから始まるのだ。
俺の異世界開拓生活が。
* * *
もしここまでの俺の行動を見守る者がいたら「お前はアホか?」と思うかもしれない。
何もない荒野を開拓して楽園を築き上げていく。
それも楽しいことだろう。
しかし世の中楽しいだけでは済まないこともある。
開拓などという作業は、昔から多くの人々が命を懸けて臨み、多くの屍を積み重ねた上で達成する一大事業だ。
それを何の取り得もない男一人が挑んで簡単にできるものかと。
開拓舐めんな、と。
ご心配なく。
俺だって、実際に行う開拓作業の大変さは重々承知しているつもりだ。
だから今こそ発揮しようではないか。
俺は、王国の神官からは『スキルなし』だと判定された。
スキルのない俺に備わった。
ギフト。
神からの贈り物を。
神から与えられたものでなく、神から贈られたものを。