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198 蜘蛛の女神

 バティです。

 なんか話が急に大きくなってきた。


 上級精霊。

 それは、この世界に君臨する超越存在の一種。


 世界中を循環するマナに溶け込んで、世界の均衡を保つのが役割の精霊。

 たとえば聖者様の農場で働いている大地の精霊は、本来姿が見えないモノがハデス神の加護によって実体化したもの。


 しかし、そんな精霊たちの同系上位の存在として知られているのが上級精霊。

 本質的にはマナの流れにたゆたう霊的存在という点で精霊たちと同じだが、その能力、格、知性などは遥か上位の存在だとされている。


 無論私たち、魔族や人族に対しても。


 上級精霊の力は、地上に生きる者たちを遥かに上回り、信仰の対象になっている者すらいる。


 私たち仕立て師が、上級精霊アラクネを信仰しているように。


『下級神』『準神』といった異称も持つ上級精霊は、言わば神と精霊の中間に位置する存在。しかも神側に限りなく近い。


 本来私たち魔族が気軽に触れていい相手ではなかった。

 まあ、それでもハデス神やポセイドス神といった正真正銘の神よりは近しいと言えなくもないけれど。


「では行くぞ!」

「「「「「おおぉーッ!!」」」」」

「魔王妃アスタレス様からの要請である! 奮励努力し、我らも命に代えてでも上級精霊アラクネの召喚を成功させるのだ!!」

「「「「「了解ッッ!!」」」」」


 命を賭けて!?

 そこまでの覚悟をもってでないと召喚できない御方ですか!?

 いいんですかそこまで無理させて!?


 たかが仕立て師の勝負ですのに!?


「くぉおおおおおーーーッ!!」

「がはぁッ!?」

「魔導師長様ぁ! 魔力の大量噴出に耐えきれず吐血する者が続出ですぅ!!」

「怯むな! このまま魔力を放出し続けるのだ!! 召喚術式を満たすにはまだまだ全然足りんぞぉ!!」


 魔族の中でも選りすぐりと思しき上級魔術師たちが、次々吐血しながらバッタバタと倒れていく。

 そうまでしないと召喚することのできない上級精霊。


 ……ただ注意点として。

 その上級精霊も、農場でよく見かけるハデス神と比較したら、文字通りの虫けら程度の存在なんですって。

 主神クラスをたった一人で気軽に召喚しちゃうノーライフキングの先生って、やっぱ……!


「おっしゃー! 魔力が満ちたぞー!!」

「魔導師長! 召喚呪文を! これだけの魔力を満たすのなんて一回こっきりですから絶対噛まないでくださいよ!!」

「わかってりゅ!!」


 噛んだ。


 それでも魔力で満たされた魔法陣から光が放たれ、そのあとに異形の存在が姿を現した。


 美しい女性だった。

 上半身だけは。

 下半身は巨大な、蜘蛛そのもの。

 本来蜘蛛の頭があるべき部分に、女性の上半身に置き換わった。


 そんな様相が、人類を超越する上級精霊の一角。

 糸の守護者アラクネ。

 私たち仕立て師だけでなく、織匠、染め物師などすべての布にまつわる職業の守護者であらせられる。


『召喚されて実体化するなんて久々ねえ』


 アラクネは、超越者らしいゆったりした態度と口調だった。


『誰が私を召喚したのかしら? 用向きは何?』

「うむ、それは私だ! 魔王妃アスタレスだ!!」


 堂々と名乗り上げるアスタレス様。

 もう少し畏まりませんか?


『魔王妃……。私に拝謁される資格は一応足りているようねえ』

「此度、魔国最高の仕立て師を決める戦いが行われる。アナタにはその勝敗を決める役をお願いしたい」

『へえ、勝負……?』

「アナタは神に近い者として、糸に携わる仕事の守護者であると聞く。そのアナタこそ審判に相応しいと思ってな」


 発想はいいかもしれないけど、それを実際に頼み込むアスタレス様の肝の太さ。

 普通だったら腰が引けて無理です。


 主神格であるハデス様と数回にわたって接してきたせいかアスタレス様の感覚がおかしくなっていた。


「参考までに、こちらが勝負を行う両名の過去作品でございます」


 用意がいい。

 シャクスさんがメイドを使って、数着の衣服を持ってこさせた。


 話から察するに、過去の私の作品と、お姉ちゃんの過去作品だろう。


『ほうほう、なるほど』


 アラクネ様が、手渡された衣服を目前で広げた。

 私には見覚えのない服で、お姉ちゃんの作品だろう。


『…………』


 幼い頃に生き別れ、十数年間どのように姉が成長してきたか私は知らない。

 しかし最大手ブランドでナンバーワンを張るというに相応しく、その作品は一目見ただけでも傑作であることがわかった。


『縫い目もしっかりしているし生地もいい。何より涼風のように爽やかなデザイン。なるほど私の審査を受けるに値する腕前はあるようねえ』


 まずお姉ちゃんが上級精霊の予備審査に合格した。

 次は私か……。


『ぬふぉおおおおーーーーーーーーーッ!?』


 何ッ!?

 準神とも呼ばれる上級精霊が唐突に吠えた!?


 私が作った服持ってるー?


『何この!? 何この光り輝く純真な生地は!? ここまできめ細かく、さらに肌触りもいい! 魔力まで帯びていて! とにかくキラキラ! キラキラしてるぅーーッッ!?』


 あれ金剛絹で縫った服じゃない?

 初期に僅かしか出回ってないのに、何故よりにもよってそれチョイスした!?


「バティ様の作られた衣服は大人気で、在庫は一つ残らず売れてしまっていて……!」

「仕方なく私の衣装ルームからサンプルをチョイスしてきた」


 アスタレス様のところから!?

 じゃあ仕方ないわ!

 金剛絹製のドレスしか献上してないし!!

 いやそんなことない!

 最近は普通の繊維の日常服もたくさん献上してる! 何故その中からよりにもよって金剛絹をチョイスした!?


『ふぉおお……! こ、これはもう、この服を作った方の勝ちで……!!』


 アラクネ様が興奮のあまり思考放棄しそうになった直前。


「お待ちくださいアラクネ様!」

「素材はあくまで仕立て師の腕とは関係ありません! どんなにいい生地を使っても、縫いが荒く採寸も適当なら駄作!!」


 我が父母が上級精霊様に物言いを!


「何よそれが実の娘の作品に対する物言い!?」

「娘だろうと私たちに敵対する以上、何が何でも勝たなければ! 『ミックスパイダー』存続のために!!」


 両親が、家族愛よりも仕事の方を優先してやがる!?

 コイツら何が何でも叩き潰してやる!!


『た、たしかに一理ある主張ね。……生地の素晴らしさに圧倒されて見逃すところだったけど、仕立ての上手さは、先に見たものと勝るとも劣らない。充分合格よ』


 よっし。

 金剛絹の凄さばかりが取り上げられるから、私自身の裁縫の腕が評価されるのは嬉しい。

 提出されたサンプルは初期作品だから、ミシンが導入される前の手縫い品だ。


 私とお姉ちゃん。


 二人の裁縫の腕前は、仕立て師の守護者が互角の評価をつけた。


『双方、このアラクネが審査するに値する仕立て師であると認めましょう。先ほどの意見の通り、素材などの影響を排除するために改めて、同じ素材、同じ作製時間で衣服を作り、その出来栄えで勝敗を決めるというのはどう?』

「「望むところ」」


 私とお姉ちゃん、異口同音に宣言した。


 まさかこんなところで姉妹対決となると。今朝起きた時には少しも予想していなかった。


「バティ。アナタを倒し、アナタの技術と名声を『ミックスパイダー』に取り込む! 家族は支え合って生きていくものなのよ! そして妹は、姉に絶対服従するもの!!」

「既に私にとってはアスタレス様という神より怖い主がいる! なんかムシャクシャしたのでお姉ちゃんは叩き潰すわ!!」


 対決のボルテージはひたすら上がっていた。


『では勝負を始める前に、私から激励の言葉を授けましょう』


 今や審判役に完全前向きなアラクネ様が、前口上まで買って出てくださる。


『既存作で見たアナタたちの腕前は、いずれも最高のものだったわ。あの素晴らしい生地のせいで、あまり印象には残らなかったけど。あの素晴らしい生地の衝撃が何倍も上だったけれど……!』


 よっぽど金剛絹が気に入ったんだろうなあ。


『魔王妃の言う通り、この勝負は地上一の仕立て師を決めるに相応しい勝負となるでしょう。そこでこの上級精霊アラクネより、地上一の仕立て師と呼ばれるべき勝者に、賞品を贈ることにするわ』


 賞品!?

 何それ? 何か貰えるならワクワクなんだけど!?


『ごらんなさい』


 上半身が美女、下半身が蜘蛛という異形を持つアラクネ様の後部から、糸が出てくる。

 それこそ本物の蜘蛛が、巣作りのために糸を出すように。


 しかもその糸は、ほんのり虹色に輝いていた。


『すべての仕立て師の守護者たる私が、生産し、扱うことのできる糸。この糸は、地上にあるどんな糸よりも丈夫で美しい。過去、様々な伝説の武具や神衣の原料となってきたわ』

「まさか……、賞品とはそれを……!?」

『ケチなことは言わないわ。勝者には、この上級精霊アラクネから祝福を与え、私と同じようにこの糸を好きなだけ得られる権利を与えましょう』

「?」


 と、言うと?


『私と同じように、この至高の糸をいくらでもお尻から出るようにしてあげるわ!!』

「「けっこうです」」

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書籍版19巻、8/25発売予定!

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↑コミカライズ版こちらから読めます!
― 新着の感想 ―
アラクネ様に人魚の魔法薬を振り掛けたら、人の足を得るのかな?
[一言]相変わらずの下ネタで…面白いからいいけどね。
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