197 姉妹対決
「バティってあれでしょう? 戦争に巻き込まれて一家離散して、天涯孤独になったところを魔王軍に入って……?」
「下士官として頑張っているところを私に見出されて、四天王副官に抜擢されたのだ」
ひとしきり再会を喜び合ってから、アスタレス様のところへ戻ってくる。
「意外だったぞバティ。お前、家族を探す素振りも見せなかったから、てっきり死別したものと思っていた」
「私も、魔王軍に入ったばかりの頃は率先して探そうとしてたんですがね。アスタレス様に目ぇ付けられてからシゴキがきつくて……!」
自分が生き延びることしか考えられなかったというか……!
アスタレス様のシゴキで、必要なこと以外は何も考えられない立派な副官に育ちました……!
「でもこうして再会することができた……! いつか会えると信じていたわ!」
「こんなに嬉しい日は、人族軍に故郷を滅ぼされて以来ありませんでした!」
「我ら仕立て師を守護する精霊アラクネに感謝を!!」
お姉ちゃんと、お父さんお母さんのテンションが野放図でちょっと引く。
数十年ぶりの家族だからどう接していいかよくわからない。
「バティ! バティは今までどう過ごしていたんだい!?」
「魔王軍に入ってー。出世してー。四天王副官にまでなってー」
「「「四天王副官!?」」」
家族たちはビックリしていたけど、それも当然か。
四天王副官は、門地のないノンキャリア組が行き着ける頂点と言ってもいい。
「それを辞めてー」
「「「辞めた!?」」」
「今はある場所で服作りを生業としております」
さすがに聖者様云々のことを気軽に言うわけにはいかない。
でも改めて見詰め直してみると波乱万丈だなあ、私の人生。
「で、ではまさか……! 私たちを脅かす『ファーム』の仕立て師は……!?」
「私のことでございます」
だからここに来たんだし。
「神よーッ!!」
お姉ちゃんが崩れ落ちた。
「なんと言うこと! なんと言うこと!! 十年以上ずっと生存を信じていた妹と、こんな形で再会するなんて! 敵として再会するなんて!! 魔族の神ハデス様は何故こんな過酷な運命を強いるの!?」
後日当人に聞いてみますわ。
「まあ、副官時代お世話になったアスタレス様の御助力もあってボチボチやってる感じですよ」
「そっか……! アナタが副官をしていた四天王ってアスタレス様だったのね……!? 『ファーム』の服を最初に着ていたのはアスタレス様だっていうし。何という強力な後援者を……!?」
もっと強力な後援者が別にいるんですけどね。
「と、とにかくこうなったからには話は決まったわね」
「ん?」
「バティ、アナタ『ミックスパイダー』に入りなさい!」
何です姉? 藪から棒に?
「アナタも仕立て師となった以上、業界組織に属するのは当然のことよ。私たち家族の営む『ミックスパイダー』に!!」
「そうだぞバティ!」
「また家族で一つにまとまりましょう!」
お父さんお母さんも嵩にかかって。
「そもそも! きっちりとした工房に弟子入りもせず独学で服作りしようなんて舐めてるわ! アナタに必要なのは、ちゃんとした教師から指導を受けることよ! 私がアナタを教えてあげるわ、姉として!」
「あぁ?」
あぁ?
「ちょっと待っておくんなまし? 私の作った服、魔都で大流行で姉さんたちのブランド圧倒してるんだけど? そんな私に『教えてやる』とは、随分上から目線じゃないんですかー?」
「そんなの、アスタレス魔王妃の後援でブーストかかってるだけじゃない。そんな奇策はすぐ賞味期限が過ぎるわよ。その前に、独学者が陥りがちな基礎の不足を補ってやろうって言ってるのよ姉として!」
「基礎なら生まれ故郷に住んでた頃にしっかり叩きこまれたわーッ! 姉々偉そうに言いやがってー! 妹の真価を思い知らせたらぁー!!」
うむ、懐かしいこの感覚。
私とお姉ちゃんは、一緒に暮らしていた幼い頃も、こうやってよくケンカしたものだ。
いついかなる時もお姉ちゃんが百%間違っているのですが!
「ああ、この喧しさ……!」
「二人と幼い頃と同じ、一気に昔に戻ったようですわ……!」
お父さんお母さん。
姉妹の諍いを眺めてホロリとしないで。
「こんな狂犬めいたバティは、ついぞ見たことがないな……!」
「人って肉親の前だと、外では見せない独特なテンションになりますから……。でも家族専用テンションが狂犬なのもどうかと……?」
アスタレス様!
アスタレス様、戸惑いながら見てないで!
アナタにお願いしたいことがあります!
「やります! 勝負やります!!」
「おおッ?」
魔都最大手のテイラーブランド『ミックスパイダー』から勝負の申し出。
全然気が進まなかったけど不思議ね。
急に闘志が湧いてきた!
「アスタレス様が仕切なんでしょう? やってください、今すぐやってください! 私が姉を叩き潰すウィニングロードを!」
「おおッ! やるかッ!?」
私も、なんか唐突に挑戦者を叩きのめしたくなりました。
私の仕立屋としてのプライドを懸けて。
「あれあれあれ!? なんで!? ここは家族が再び一つとなる感動のストーリーじゃないの!?」
「うっさい! 私を除け者にして家族仲良く暮らしてきやがって! 鬱憤晴らしも兼ねてコテンパンに叩きのめしてあげるわ!!」
「それを言うならアンタこそ! 四天王副官にまで登り詰めておいて家族を探そうとしなかったの!? それぐらいの権力ぐらいあるでしょ!?」
「舐めんな副官なんて四天王の許可がなければ一兵だって動かせないわよ!! それ以前に! アスタレス様の地獄のシゴキで余計な願望なんて擦り切れたわ!!」
そうなった者だけがアスタレス様の副官として採用されるのよ!
「こうなれば決着をつけるしかなさそうね……!」
「いかにも! 姉妹としてでなく一人の仕立て師として!」
「姉より優れた妹などいないと証明する!」
「妹より優れた姉などいないと証明する!!」
火花を散らせ。
どちらかの命尽きるまで戦い合え!
「おお! やっと面白くなってきたな!」
アスタレス様もノリノリ。
「では勝負を始めようではないか! ルールはどうする? 素手か? 武器ありか!?」
「アスタレス様決闘じゃないですよ」
仕立て師の勝負って言ったじゃないですか。
勝負方式としては、互いに同じ素材で服を一着作って、その出来栄えやデザイン性を審査するって感じかな?
「審査員はどうするの? 『ミックスパイダー』側から出すとしたらフェア性が保てないと思うんだけど?」
かと言って私と一緒に来たアスタレス様やベレナでは素人目だし。高水準の審査などできないだろう。
シャクスさんなら大丈夫かな?
大商会の会長として目も肥えてるだろうし。
「心配無用だぞバティ、その点に関しては。私が最高の審査役を用意した」
アスタレス様が自信満々に言う。
「見るがいい! このギャラリーたちを!!」
そういえば、試合会場となっている広場には、私たちの他にも多くの人々が詰めかけていた。
観戦のためのギャラリーかと思ったが。
まさか投票式で勝敗を決するとか?
「ここにいるのはすべて召喚魔術師だ」
「召喚魔術師!?」
「魔王妃の権限で優秀なのを二百人用意した。この二百人の死力を振り絞って召喚させるのだ」
「何をですか?」
「無論、勝負の審査員だ」
審査員を召喚!?
益々わけがわからない!
「お前たちがやるのは裁縫勝負だろう? ならばそれにもっとも相応しいのは、裁縫界の頂点に位置する、裁縫の神というべき存在だろう」
「裁縫の神って何ですか!?」
「聞くところによると、ここ『ミックスパイダー』は上級精霊アラクネを信奉しているとか。蜘蛛の化身で糸を司り、みずからも優れた機織り師で縫い師であるというアラクネは、裁縫職人の守護者であるという」
『ミックスパイダー』のブランド名の由来も、そのアラクネから来ているし、ブランドマークにも蜘蛛デザインが採用されている。
「まさか……!?」
「そうだ! 召喚師二百人を総動員して上級精霊アラクネを召喚し、勝負を取り仕切らせるのだ!」
「ちょっと大袈裟すぎやしませんか!?」
しかしアスタレス様のノリノリを堰き止めることは、魔王様ぐらいしかできそうにない。
会場を埋め尽くすギャラリーと思いきや、一転重大な役目を担う召喚魔術師さんたちが一斉に印を結び始めた。
「上級精霊召喚の儀、開始!!」