196 予期せぬ再会
私はバティ。
今日もまた懐かしく古巣、魔都へと足を踏み入れております。
「転移魔法でね!」
今日の目的地は、魔都一を誇るテイラーブランド『ミックスパイダー』。
私もアスタレス様の副官時代は、そこに所属したくて憧れたものです。魔族軍人は副業御法度だから無理だったけどね。
「……それで?」
同行の我が相棒、ベレナが不機嫌そうに尋ねた。
久々のコンビ行動なんだからもっと楽しそうにしてもいいだろうに。
「その『ミックスパイダー』とやらに何しに行くの? 『迷惑だから騒ぐんじゃねえ』って直接呼びかけに行くつもり?」
「そんな神経逆撫でにするような直球投げるつもりはないけど。直接顔を合わせることで治める糸口は見つかるんじゃないかなと。あと、やっぱりトップクラスの作業現場を見学しておきたいし」
「要するにノープランか。たしかにアンタそういう楽観的なところあるわよねえ」
「なるようになるの実践が我が人生なので」
生まれ故郷の村が人族軍に滅ぼされて、家族ともはぐれて路頭に迷っていたところを魔王軍に拾われたり。
アスタレス様と一緒に失脚したと思ったら、聖者様の助けで返り咲きできたり。
その聖者様の下で、かねてからの夢だった服作りに邁進できているし。
本当に人生なるようになるよね。
「と言うわけで今回もなるようになるでしょう。じゃあ『ミックスパイダー』本店へ行く前にパンデモニウム商会に寄らないと。シャクスさんに仲介してもらわないと門前払い食らうわ」
「ねえ、繰り返しだけど私が同行する意味は?」
しつこく食い下がるベレナに私は答えてやった。
「人が多い方が賑やかそうだから?」
「私はただの賑やかしか!?」
「暇なんだからいいでしょう?」
「言わないでよそういうこと! 仮に事実だったとしても言わないでよ!」
おっと。
ベレナにとってナイーブなワードに触れてしまった。
* * *
パンデモニウム商会に赴くと、玄関前が何やら騒がしい。
「だから! オレの言う通りにしてくれればそれでいいんだよ!!」
誰かが門番と揉めている。
さすが大商会だけあって門前には番人がいて、許可なく建物内に入ることはできないようだ。
その門番と誰かが押し問答していた。
「オレはさ! アンタたちにとびっきりの儲け話を提供しに来たんだよ! 商会長に会わせてくれよ! もしくは『ファーム』の服を作ってる仕立て師に!」
……。
…………ん?
「オレの画期的アイデアが加われば、『ファーム』の最先端の流行服は十倍の勢いで売れまくるぜ! 断ったら後悔する! 凄えイカした『ファーム』の服を作るハイセンスな仕立て師なら、きっとオレにシンパシーを持ってくれるはずさ!」
「あのー……、すみません?」
彼へ声を掛けたわけではない。
シャクスさんに会うために建物内に入るにも、門番さんに一言なければならぬだろう。
「バティ様ですね。会長より話は伺っています。どうぞお通りください」
「おいコラ! 何勝手に割り込んでんだよ! 用件はオレが先だ!」
「許可のない者に会長はお会いにならない。面会を望むなら然るべき方から推薦を貰ってアポイントを取って来い」
「オレにはそんなもの必要ねえ! オレのアイデアさえあれば世界は変わるんだ! 商会長に会わせろ! 『ファーム』の仕立て師に会わせろ!」
揉みあいの脇をすり抜けて、私とベレナは建物の中へと進んでいく。
「おい待て! なんでそんな小娘が優先されてオレは後回しなんだよ!? 『ファーム』の仕立て師に会わせろ! 会わせろったら!!」
門番に阻まれて内部に入れない男の声は、どんどん遠ざかって聞こえなくなっていくのだった。
私はベレナと並んで商会本邸内を進んでいく。
* * *
再び野外。
商会でシャクスさんと合流し、三人して『ミックスパイダー』が衣服を作っているという工房へと向かう。
そこでシャクスさんから、今日の会合の詳細を聞く。
「裁縫勝負?」
「左様です。組合長から提案がありました。あちらが勝てば、バティ様には『ミックスパイダー』に加入してもらうと……!」
「なんですかそれ? じゃあ私が勝ったら?」
「特に聞いておりませんな」
私には何のメリットもない勝負じゃない。
そんな勝負を受けると、どうして考えるのか?
普通に考えたら、同業者の誰もが夢見る『ミックスパイダー』に加入できるのは万々歳なんだろうけれど。聖者様の農場を抜けるわけにもいかないしな。
「……ただ、この件が魔王妃様の耳に入ってしまいまして」
「なんですと!?」
「聞いた瞬間ノリノリとなり『ではその勝負、私が取り仕切る!』と……」
アスタレス様。
勝負事が大好きな癖まだ抜けていなかったんですか。
結婚して、母親にまでなったというのに……。
「アスタレス様が乗り気になったんならアンタに拒否権はないわね」
同じく元上司をよく知るベレナの指摘に反論しようもなかった。
わかってますよ!
その通りですよ!
* * *
『ミックスパイダー』の工房に着くと、何故か見慣れた元上司の顔が真っ先に現れた。
「バティ、お前は本当に忠義者だな」
その腕には、まだ赤ん坊のゴティア魔王子が抱かれていた。
「ゴティアは、これから魔国を背負って立つ勇士に成長して行かねばならない。そんなこの子に早速血みどろの真剣勝負を実地で見せてくれるとは!」
「血みどろにはなりませんよ!? 裁縫勝負でしょう!? 何過剰な期待を寄せてるんですか!?」
その残虐将軍の名残いい加減に消してください、魔王子の成長に悪影響です!
工房内の、けっこう開けたスペースに、ギャラリーらしい大人数まで配置して!
ここの本来の住人である『ミックスパイダー』の人たちが困惑してるじゃないですか。
向こうの方で縮こまっている!
「組合長殿。大丈夫です。安全ですのでこちらにいらしてください。正式に顔合わせをいたしましょう」
シャクスさんに取りなされてやっとこっちに来る組合長さん。
たしかに堅気の人にはアスタレス様の覇気は近づきがたいだろう。
これは魔王妃として大いに問題な気がする。
「ま、魔王妃アスタレス様。テイラーブランド『ミックスパイダー』を取り仕切る者でございます。遅ればせながら魔王子ご誕生。我ら一同心よりお祝い申し上げます」
「祝辞は、ゴティアの衣服と一緒に貰った。品物の方は受け取れずに悪かったが」
「滅相もございません。魔王様魔王妃様のお眼鏡にかなう物を用意できなかったこと、御用達の栄誉を賜りながら深く反省するところでございます」
「そう思い詰めることはない。過去の失態は今日の流血で償えばいいのだ」
だから!
魔王妃として!
そういうところを改めてくださいと言ってるんですよアスタレス様!!
血みどろの戦いはしないって言ってるじゃないですか!
組合長さんビビりまくって一定の距離から接近できない!!
「それで、そちら側の用意した兵はどこにいる? まさか組合長みずから戦うわけではあるまい?」
「は、ははぁー!? ではこちらに……!」
組合長さんに促され、二十代半ばか後半ぐらいの女性の人が出てきた。
彼女が『ミックスパイダー』を代表する仕立て師ってこと。
「フルレティと申します」
と大手ブランド側の女性が頭を下げた。
……ん?
今の名前?
「フルレティは我が実娘ながら、腕前は我がお抱えの仕立て師の中では一番。当ブランドを代表する逸材です。魔王妃様にも是非覚えめでたくしていただきたいと思っております」
「本日は、魔王妃様の御前にて存分に針を振るわせていただきます。そして……」
相手の女性の視線が、おじけずこちらへ放たれた。
堅気の人でアスタレス様の覇気に抗しうるとは、ただ者ではないわね。
でもこの人……。
どこかで見たような……?
「アナタが、『ファーム』の服を縫っている仕立て師。思った以上に若いわね」
「…………」
「ソロで好き勝手に暴れているようだけど、業界には組織に属する仁義があるってことを教えてあげるわ。そしてアナタは『ミックスパイダー』の下で才能を発揮していくのよ」
「……お姉ちゃん?」
「はい?」
ああ。
間違いない間違いない。
最後に会った時から十年以上経っていて記憶の照合に時間かかったけれど。
幼い日に生き別れた私の実姉じゃないの。
生まれ故郷の村が人族軍に滅ぼされ、避難のゴタゴタではぐれてからずっと会えぬままとなっていた我が肉親。
あれから私は孤児として魔王軍に入ることを余儀なくされ、その中で必死に生き抜きながら四天王補佐にまで登り詰めた。
「……いやー、肉親なんてとっくに死んでたかと思ってたのに。生きてたのね。しかも魔都にいただなんて。世の中狭いわー」
「じゃ、じゃあ本当にバティなの? 生きていたの? 本当に?」
なら、そっちにいるのはお父さんとお母さん?
あらいやだ、全員元気に生き残っちゃって。
「バティ!?」
「バティ!?」
父母もこちらに駆け寄ってきて家族四人。
十数年の年月を越えてここに集まった。
感動的な一瞬だった。
「え? なんだ? 戦わないの? つまらん」
「アスタレス様! 水を差さないで!」
私が家族との再会で手一杯なところで、ベレナが的確にアスタレス様にツッコミを入れている。
やはりあの子を連れてきてよかった。