192 二つ名拝領
転移ポイントの話。
我が農場には現在、複数の転移ポイントが点在していて各所間の移動をサポートしている。
転移魔法が、何処でも自由に移動できるわけではなく、任意の転移ポイントに向かってしか飛べない仕様なので転移ポイントの管理は重要。
よからぬ考えをもった者が転移魔法でいきなり目の前に現れてきたら困るからだ。
そのため転移ポイントには関係者しか使えないように二重三重のロックが掛けられている。
転移ポイントを特定するためのパスワード的なものがあったり、転移ポイントをあえて目的地から外れたところに設置したり。
我が農場では、さらに加えて転移ポイントの周囲にヴィール特製トラップを設置して万全を計っているが、実は備えはそれだけではないらしい。
……ということが最近になってわかってきた。
* * *
「転移ポイントの悪用を想定するとして、もっとも警戒すべきは魔法錠前破りです」
魔法錠前破りとな?
「魔術魔法で作られたコードを解析して無効化する違法魔術師のことです。転移ポイントには、座標を特定するためのコードがダミーを混ぜて一七六桁ありますが、腕のいい錠前師なら、それすら突破してコード解析してしまいます」
「へえええ……」
物騒な世の中だ。
そういうのを警戒して、ウチではポイントの周りに罠まで張ってあるのだが。
「そこで、当農場の転移ポイントでは座標コードを四三七桁まで増やしてみました」
「ん?」
「認証スピードを落とさず増やせるコード数は、その辺りが限界で……。コードの桁数が増えるだけ複雑さも上がりますから、それだけ解析されにくいということでもあります」
「はあ……!」
つまりウチの転移ポイントが、余所様のところよりも解析されにくいということはわかった。
「あと、コード解析中にもちょっとしたトラップを仕掛けまして……」
「は!?」
「違法にコードを解析しようとすると、ある一定の文脈で同じところをぐるぐる回って、永遠に読み込ませないようにする仕掛けがしてあります。しかも、そうやって同じ文節を踏み続けると……」
え?
踏み続けると何です?
「ノーライフキングの先生から教えてもらった逆流術式が発動して、違法アクセス者の脳を焼き切ります!」
「怖ッ!?」
仕掛けられた罠の恐ろしさもさることながら!
そんなSFみたいなハッキング合戦が繰り広げられているのも恐ろしいよ!
心底恐ろしいよ!!
「あのー……、質問があるんだけど……!」
「なんでしょう聖者様?」
「そんな、未来警察もビックリな魔法回路を構築したのは……?」
「あ、はい私です」
ここまでの説明を行ってくれたのは……。
彼女。
ベレナ。
魔族娘の一方として、元から魔国と我が農場を結ぶ転移ポイントを管理するようにとバティ共々ウチに残った。
そして自分の存在価値について長いこと悩み続けた女性である。
自分には個性もない、取り得もない。
などと言いつつ農場各位まで巻き込んで悩み続けていたというのに……!
「この自称無能!!」
「自称無能!?」
俺はベレナに怒鳴り散らしてしまった。
「どこが個性無しなんだよ!? 有能じゃないか!」
よく考えたら当たり前だよ!
ウチの農場に転移ポイント増やすなんて作業も、ベレナが一手に引き受けているのは一番順当じゃないか!
仕事してるじゃないか!!
「こうなったら命名してやる! 今日からキミは『自称無能』のベレナと名乗るがいい!!」
「『自称無能』のベレナ!?」
それが彼女の二つ名だ!
その異名を世界中に轟き渡らせるがよい!!
「あの……! 何とか別のものにまかりなりませんか? 『自称無能』だと讃えられているのか罵られているのか……!?」
「聞く耳もたない! 十数年後、この名が天地に知れ渡ることとなるのだ!!」
いや知らんけど。
こうしてベレナは、少なくとも二つ名持ちにランクアップすることができたのだった。
* * *
「どうも魔族商人のシャクスです。商談にやってまいりました」
「どうも受付担当のベレナです。『自称無能』の異名を持つベレナです」
「はい?」
「気にしないでください。さっさと商談に入りましょう」
ベレナが、魔都からやって来た魔族の商人さんと交渉している。
こういうめんどくさくてややこしいのベレナにしか任せられないんだよな。
「……というわけで、顧客より発注された衣服、革製品、ガラス細工の注文リストがこちらになります。これらの製品を期日までに揃えていただければと……!」
「いや待ってください。これどう考えても数が多過ぎでしょう。こんなの指定されたスケジュール内に終わるわけありませんよ」
「えぇ? いやしかし……!?」
「ウチの作業者たちは、農場のための作業が最優先であることを間違わないでください。本業に支障をきたすようなら、そうした取引はすべて中止しなければ……」
「待ってください! 仕方ありませんな。優先度の低いものから次の納期分に回しましょう」
「そうしてください。ただプレミア感を煽って不当に値を釣り上げないようにお願いしますね」
「わかっていますよ……。いやしかし、なかなかのタフネゴシエーターですね。『自称無能』などという肩書きが冗談のようではありませんか」
「それやめてくださいってば!!」
二人のやりとりをこっそり覗き見しながら、俺は確信を深めた。
やっぱりベレナ有能じゃねーか。
さすがに四天王補佐についた手腕は伊達ではない。計算交渉という我が農場に欠けているファクターを見事に担ってくれている。
ベレナ。
キミはもう無能じゃない。
『自称無能』のベレナだ!!
無能だなんて口だけだ!
「……ところで、こないだ私事でお願いしていた件ですが」
「魔法コードの作成代行ですか? バイトとしてはちょうどよかったですけど」
「あれがクライアントから好評でしてね。単純なクセに隙がない、と。是非また依頼を受けてほしいと言付かっているのですが、いかがでしょう」
「それも当地での状況次第ですね。……こ、こう見えても私、忙しいんで」
「致し方ありませんな。無理のない範囲でお願いいたします」
「忙しいんで!」
「わかりましたよ! なんで何回も言うんですか!? 言いたいんですか!?」
副業までしてた!?
しかもちょっと見栄張った!!
いつも役割がない役割がないって泣きそうにしてたのに!!
ベレナ!
キミはついに自分のできることを見つけ始めたんだね!
自分を形作り始めたんだね!!
『自称無能』のベレナ!!
これからも頑張れ『自称無能』のベレナ!!