190 人魚娘たちの日々
「…………!」
「…………!?」
見詰めあう二人がいた。
滅びた人間国の王女レタスレートちゃんに。
人魚国の第二王女エンゼル。
この二人がなんか、互いを探り合うような警戒した視線を投げかけあっている。
用心深く間合いをはかり、しっかりと見つめ合って、威嚇行動をとる鳥のように大きく両手を広げた末に……。
「「仲間ッ!!」」
ハグしあった。
何なんだ?
「アナタとは何かシンパシーを感じるわ!! 生まれ持っての高貴さというか!」
「わかるわ! アナタにはアタシ同様、選ばれし者って感じがする!!」
和気藹藹なさっている。
たしかに双方生まれは王女様だしな。
我が農場でも比較的新参のグループに入る。ニューフェイス同士仲良くしてほしいものだ。
「何よりアナタと共通するものを感じるのは!」
「あの鬼姉への憎悪!!」
あー。
ダメだ。
「アナタも、あの鬼人魚に苦しめられる被害者の一人なのね!?」
「そういうアナタも!! ついに肝胆相照らす仲間を見つけた気分だわ! あの鬼姉の暴力と理不尽に立ち向かわんとする同志を!」
「同志!」
「同志!!」
ズガガンッ! と。
何処からともなく現れたプラティが、右の拳でレタスレートちゃんの、左の拳でエンゼルの。
それぞれの腹部……、より正確に言えば鳩尾に突きを食らわせた。
「「がぶぐえッッ!?」」
同志たちは、女の子とは思えない汚い悲鳴を上げながら沈んでいった。
「無駄話してないで、さっさと仕事に入りなさい……!」
そして平然とするプラティ。
彼女もまた人魚国の王女で、エンゼルとは実の姉妹でもあるわけだが……。
見かねて俺は口を挟む。
「あの……、プラティさん? いつもながらだけれどブン殴るのはやり過ぎなのでは?」
本当に今更だけど。
そんなに暴力的だから二人から恨まれるんじゃないですか?
「そりゃアタシだってできることなら穏便に済ませたいわよ。殴る手の方も痛いんだし」
「だ、だったら金輪際手を上げるのはナシの方向で!」
「ノーモア暴力! ノーモア鉄拳!!」
レタスレートちゃんとエンゼルまで話に乗っかって畳みかけようとしてくる。
大体プラティは、この二人以外にはごく普通に接して、誰かを叱るにしても手なんか上げないのに。
何故この二人にだけ段違いに厳しい?
「アタシもねぇ……、そりゃあ昔は優しかったわよ。体罰なんかに訴えなくても、丁寧な言葉と愛さえあれば相手に通じる。そう思っていた時期があったわ」
「ん?」
「でもね、ある時期そんな想いは幻想でしかないことに気づいたの。そこにいるエンゼルによって」
「あー」
わかった。
何となくわかってしまった。
「ねえ、エンゼル覚えてる? まだアタシたちが人魚宮に暮らしていた頃、何度も何度も『アタシの研究室に入るな』と言っておいたのに懲りることなくアンタは忍び込み……!」
「あああああ……!」
何やら思い出したのか、エンゼルが腰から震えだした。
「触れちゃいけないものに触れた挙句、研究室は全損。多くの研究が消失し、今なお完全に復元できてないものもいくつか……!」
「ふえええ……!!」
「とにかくあれ以来、世の中には拳でなきゃ伝わらないこともあるって悟ったのよ。ついでに言うとそこのレタスレートも我が実妹と同じ臭いをプンプン発しているので、吟味なく同じ対応を取ることにしたの」
「ちょっと! ちょっと!!」
語りにレタスレートちゃんが乱入。
「するってーと何!? アタシが日夜、この鬼人魚から殴られるのは、元を質せばコイツが原因ってわけ!?」
ズビシ、とエンゼルを指さす。
「何言ってるのよ! アナタが殴られるのはアナタが悪いからでしょう!? 責任転嫁しないでよ!!」
「いーえ、鬼人魚が鬼になったのは、アナタのせいで心が荒んでしまったからよ! そうでなければこの私にも、きっと優しくしたに違いないわ!!」
「そんなことないわよ! アタシは実の妹なのよ! 血の繋がった妹にこそお姉ちゃんは優しいはずよ!!」
「私よー!」
「アタシだー!」
ついに二人は殴り合いのケンカに発展してしまった。
心通じ合う同志設定はどこに……?
「プラティ、あれ止めなくていいの?」
「……アタシにだって、付き合いきれなくなる時があるのよ」
プラティはドッと脱力しながら言った。
「「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」」
論極まった二人がプラティに押し寄せてきた。
しかし何故レタスレートちゃんまで『お姉ちゃん』呼び?
「お姉ちゃんはアタシの方が可愛いわよね! だって実の妹だもん! 血は水よりも濃いはずだわ!」
「いいえ! 私の方が可愛いに決まっているわ! これだけ手のかかる子なんだから、愛着が出るに決まっている!」
「自分で言うな!!」
いつの間にやら、どっちがよりプラティからの愛情を勝ち取るか勝負になってしまっている。
「アタシの方がお姉ちゃん大好きだもん!」
「いいえ、私の方がお姉ちゃん大好きよ!」
そしてさらに『どっちがよりお姉ちゃんを愛しているか勝負』に勝負の形が移り変わっていた。
このすぐ本質を見失う点は、本当にこの二人をガッツリ結ぶ共通項。
「お姉ちゃん大好き!」
「お姉ちゃん大好き!」
「「お姉ちゃん大好き!!」」
気の合う二人だが、この二人によってプラティがますます大変になっていくだろうことはたしかであった。
「ああああああ!? わかった! わかったからまとわりつくなああッ!? アタシも大好きだから!! だから離れろ執拗におっぱいを揉むなあああ!?」
本当に大変そうだ。
* * *
つい先日から我が農場へ新たに加入した人魚の女の子たち。
プラティの妹であり『聖光の魔女』を自称する(あくまで自称する)エンゼルを筆頭にディスカス、ベールテール、ヘッケリィ、バトラクスの五人。
正当なる魔女たちの下に付いて、彼女らを姉のように慕い、今日も熱心に勉強していた。
五人が農場に滞在するもっとも大きな理由は、彼女らが自作した『人魚が地上人化する魔法薬(失敗作)』の副作用で海に戻れなくなってしまったから。
薬が抜けるまでにけっこうな時間がかかるということで、それまで彼女らが身を寄せる場所はウチの農場以外にないということだった。
エンゼルたちはまだ若く、学校にも通っているそうなので休学などの手続きにはヘンドラーに奔走してもらった。
もはやアロワナ王子の代理人としてでなく、ランプアイとイチャつくのが主目的で我が農場を訪れるようになったヘンドラーだ。
「全員というわけではありませんが、エンゼル王女のご学友には有名魔法学校に籍を置いている子もおります。そういう子たちは親も人魚国の貴族だったりして、了解を得るのもなかなか大変だったりしたのですが……!」
「親御さんもさぞ心配だろうねえ……」
「プラティ王女様方の名を出すことによって、安心してもらえるかな? という望みもありました。何しろ六魔女は人魚国最高峰の魔法薬学師。その彼女らに直接教えを得られるというのは、どんな一流学校に通わせるより恵まれた学習環境ですから」
言われてみればそうである。
エンゼルたちの現状身分が勉学本分の学生ならば、頂点級プロである六魔女に付いて仕事ぶりを直視するのは、いわば最良の課外授業だろう。
その方針で説得していけば、親御さんも案外あっさり納得するんじゃ?
「そ、それがですね……!」
ヘンドラーは何やら言い難そうだった。
「六魔女なんかに指導させたら、ウチの娘も不良になるんじゃないか? と心配されまして……!」
そりゃそーだ。
ウチの魔女たち、実力に関しては花マル二重マルでも素行が最悪だった!!
「人魚王ナーガス陛下に口添えいただいて何とか事を治めましたが。六魔女がここまで社会的信用を欠いていたとは。私も大いにショックです……!」
今やその六魔女の一人が己が婚約者となったヘンドラーも他人事ではないようで、打ちひしがれたご様子。
「そんなことはありません!!」
と食いつき気味に話に割って入ったのは、当の人魚娘たちのうちの一人。
ディスカスとかいうパッファ付きの少女人魚だ。
「私たちはここに来れて充分幸せです! 長年憧れて神のようなパッファ姐さんの下で魔法薬の勉強ができるなんて夢のようです!」
「私も!」「私も!」「私も!」
他の子たちも追随して賛同してくる。
そのパッファは今、基礎的な発酵作業をキミらに押し付けてアロワナ王子とラブラブ旅行中ですけどね。
「きっと今パッファの姐さんは、新たなる悪行の準備を密かに進めているに違いない!」
「世界がひっくり返るような陰謀を!」
「パッファ様の助けになれるよう! ここでの作業は私たちがしっかり支えておかないと!!」
「んだんだ!」
と純真な目で互いを励まし合っているのだから、他人事ながら俺の胸が痛む。
パッファが悪行を為しているとしたら、それはこの彼女らの純真を利用して今まさに男とイチャイチャしていることに違いない。
「まあ、キミらが六魔女たちの下で勉強するのに、そんなにモチベーションを発揮してくれるなら嬉しいよ」
「六魔女のうち全員がいるわけじゃないですけどね」
ヘンドラー。
余計なこと言わない。
「いやー、さすがにそこまで大変なことにはならないでしょー?」
少女人魚たちの誰かが言った。
なんだその意味ありげな口ぶりは?
「だって六魔女全員集合となったら残るは『アビスの魔女』と『暗黒の魔女』でしょ?」
「六魔女の中でも特に別格と言われている二人! その二人まで揃ったら本当に世界がひっくり返りますよ!」
「いやいや待って!?」
「『暗黒の魔女』は実在が疑われるレベルだからまずないとしても、もしかしたら『アビスの魔女』はいるかもしれないわ!」
「「「「だってここは聖者様の農場なんですものー!!」」」」
朗らかに笑い合う彼女たち。
いや待て。
キミらもな、フラグという現象をだな……!
……と注意しようとした時。
ズシーン、と。
どこかから地響きのような音が鳴った。
ズシーン、ズシーン、ズシーン、ズシーン……!
音はだんだんこちらへ近づいてくる。
「この音、何処から……?」
「海の中ではないでしょうか!?」
音に誘われるように海岸へ駆けつけてみると、ザバンと水柱を立てて海面より浮上する巨人。
「巨人!?」
なんで海から巨人が!?
しかも、その海から出てきた巨人の肩に、ちょこんと乗っておられるのは『アビスの魔女』ゾス・サイラさん!!
早速フラグを回収しに来やがった!?
「オークボ、オークボはどこにおる? この『アビスの魔女』ゾス・サイラが遊びに来てやったぞ?」
「「「「ああああああ『アビスの魔女』おおおおおおおッッ!?」」」」
居合わせた少女人魚たちは当然のように腰を抜かす。
「おおおおお!? パッファ姐さんやプラティ王女だけでなく、六魔女最年長の『アビスの魔女』まで!?」
「一体ここはどうなっとるんじゃああああ……!?」
はい。
常識を守らずにすみません。はい。
一通りのやり取りを終えて、いい加減に聞きたい。
ゾス・サイラ。
その海から浮上した巨人は何なんだ。
「わらわの新作。遺伝子操作で陸上行動が可能になった海棲モンスター、ウミボウズじゃ。今日はこれをオークボに見せてやろうと思ってな。ほれオークボ。オークボよどこにおる?」
それけっこうヤバい代物じゃないんですかね!?
嫌ですよ! アナタのちょっとした手違いで世界が滅ぶの!!