18 山イノシシ再び
「ねえマジ!? 本当にスクエアボアがいたの!? この山に!? なんでもっと早く教えてくれなかったのよ!?」
俺に同行して山に入ったプラティのテンションがおかしい。
かつて開拓生活を始めた初期、探検がてら山に入った俺が遭遇したのは、山の獣による手荒い歓迎だった。
出てきたのは、頭部に二本一対の角が生えたイノシシ。
俺が元いた世界ではありえないファンタジーな生き物だった。
ソイツに殺されかけて以来、俺は恐怖から山に入ることを極力避けていたが、再挑戦にはそろそろいい頃合いだと思う。
今の俺にはプラティという頼もしい仲間もいるし、聖剣というメインウェポンも得た。
けして前回のような無様な仕儀にはなるまいよ。
多分。
「スクエアボア♪ スクエアボア♪」
そして今日俺に同行するプラティはウッキウキだ。
俺の体験と彼女の知識を照らし合わせて、やはり前回出会った角イノシシはスクエアボアというモンスターで間違いないらしい。
イノシシ型で、頭部から生えた二本一対の角が最大の特徴。
その二本の角と、イノシシなら元々備えている牙の先端を結ぶと四角形になるのがスクエアボアの名の由来である、というのは俺の想像通りだった。
食材として、大変美味とされるモンスターで、それを目当てにダンジョンへ入る冒険者もいるという。
「……この世界のモンスターって、色々有効活用されてるんだな」
こないだ先生の洞窟ダンジョンで倒したモンスターたちも皮やら骨やら大切に保管してるし。
そういえば……。
「モンスターってダンジョンで生まれるんだよね。スクエアボアも先生のダンジョンで生まれたのかな?」
そしてダンジョンを抜け出し、山中に住み着いた、という経緯だろうか?
「いいえ違うわ。先生はダンジョン主としてしっかりダンジョンを管理しているもの。その方が『自分のところで生まれたモンスターは外に出していない』って言うぐらいだから、はぐれ者はいないと断言していいわ」
「そういうものか……」
「それに、先生のダンジョンは洞窟タイプでしょ? 洞窟にスクエアボアは生まれないわ、出てくるなら山タイプよ」
「え? それって……!?」
先生のダンジョンとは別にダンジョンがあって、角イノシシ改めスクエアボアはそこからやって来た、という流れになるのだろうか。
「って言うか、ここね」
「ここ? 何が?」
「ダンジョンよ。ダンジョン化しているわ、この山」
流れ着いたどころか、本拠地でした。
うそ!
ダンジョンなのこの山!?
「先生のダンジョンから歩いて一日とかからない位置なのに……。マナ溜まりがこんなに接近してるなんて珍しいことだわ」
「ヤバいんですかね!? 引っ越し考えた方がよさそうですかね!?」
「普通の人だったら危険だろうけど、アナタにとっては関係ないじゃない」
とプラティは、俺へ全幅の信頼を寄せるかのごとき口調。
「アナタぐらいの強者にとっては、ダンジョンなんてただの狩場。それが近場に二つもあるって、要は優良物件ってことじゃない」
「強くないよ俺は……!」
「また謙遜してー」
俺がモンスター相手にガスガス戦えるのは『至高の担い手』があるおかげだからな。
決して俺自身の実力でも努力の賜物でもない。
その辺りを肝に銘じてけっして慢心しないようにしなければ……。
「とか言ってたら、早速来たわよ」
草木生い茂る山道を、とりあえず上へ向かって進んで居たら、進行方向より見下ろしてくるいくつもの眼光。
少なくとも十や二十はある。
それは見覚えのある、狂暴な角ありイノシシの眼光だった。
「今度は団体さんで来たーーッ!?」
「やっと出会えたわね地上のご馳走!!」
恐怖と歓喜。
プラティと俺のリアクションは綺麗に色分れした。
「片っ端からブッ倒していくわよー! 旦那様! できるだけ綺麗に締めてね! 肉食べられなくなるから!!」
「ナチュラルに討伐条件厳しくしないで!!」
こっちの姿を確認した途端、角イノシシどもが襲い掛かってくるのはモンスターとしての本能か!?
そもそもアイツら肉食なのか!?
俺たちを食おうと襲い掛かってくるのか!?
半ばヤケでプラティに尋ねると「違う」と言われた。
アイツらはただ単に、動く者がいたら突進して轢殺したいだけなのだそうな。
迷惑な。
そんな迷惑なヤツなら同情の余地はない。
悉く斬殺して美味しい料理にしてやる!!
* * *
「……今宵の聖剣は血に飢えておったわ」
いや、本当に聖剣が血に飢えているのかどうかは知らんけど。
プラティから「あまり傷つけるな」とお達しを受けていたので、すべて聖剣で脳天をカチ割って一撃死させた。
それを繰り返すこと十八回。
十八体の角イノシシの死体が俺たちの周りに転がっていた。
というか角イノシシで呼び慣れてしまったのでスクエアボアとかいう正式名称はもういいや。
他にもプラティの魔法薬で絶命した角イノシシもいて、それぞれ合わせると二十五体ぐらいになるだろうか?
他にも数体いたが、狩りまくる途中で逃げてしまった。
逃げるくらいなら襲ってこなければいいのに。
かかる火の粉は払う。弱肉強食。
いずれも自然の鉄則だ。
俺たちもその掟に従って、みずからの手で仕留めた命を精一杯美味しくいただくとしよう。
「夢にまで見たお肉! 地上の獣のお肉ー!!」
プラティはお肉を目の前に小踊り。
俺の作った野菜や料理も大喜びで食いまくるし、食い意地の張った人魚さんだなあ。
まあとにかく、美味しくいただくとなれば、まず最初にしなければならないことがある。
解体だ。
仕留めた角イノシシ、利用できる部分とそうでない部分とに切り分けて、使える部分はしっかり処置して傷みを防がないと。
…………。
その処理を二十五頭分。
今にして思う。
たくさん仕留めすぎた、と。