188 転移魔法雑話
「我らオークチーム。今からダンジョンに入るぞー」
「「「おー」」」
「やっべ荷物袋忘れた! あれがないと狩ったモンスター素材持ち帰れない!?」
「仕方ない、転移魔法で農場に戻って取ってきな」
「はい!」
* * *
「はぁー、森林浴気持ちいいぃー」
「やっぱりエルフは森にいてなんぼだよねー」
「でも勤務時間に遅れるとエルロン様から凄く怒られるんじゃない?」
「って言うか今からじゃ、どんなに走っても間に合わないんだけど……」
「大丈夫だよ。そんな時こそ転移魔法!」
* * *
「パヌ様! 今日の分のミルク搾り終わりました!」
「もうすぐお仕事が終わる時間だわ! 早く大浴場に持って行ってあげないと間に合わない!」
「大丈夫よ、そんな時こそ転移魔法!」
* * *
「お屋敷の掃除終わったのですー!」
「今日は先生のダンジョンもお掃除してあげる約束なのですー!」
「でも先生のダンジョン遠くて歩くのめんどくさいですー!」
「大丈夫ですー、そんな時こそ転移魔法!」
* * *
「ワンワンッ!(転移魔法ッ!)」
* * *
……最近、やたらとあちこちで転移魔法が使われている気がする。
俺自身はドラゴン馬のサカモトに乗ってあちこち超スピードで移動しているので意識しづらいのだが。
けっこう色んな人が転移魔法使ってる?
我が農場で?
「今や、ウチの農場でほとんどの子が使えるわよ転移魔法」
とプラティから言われて驚いた。
マジで!?
高等魔法じゃなかったの!?
「いやー、先生って本当に教え方が上手いのよねー」
あの人の仕業か。
さすがノーライフキング不死の王。長生きなだけあって様々なことに長じておられる。
「つまり先生のレクチャーによって、今や種族を問わずほぼ全員が転移魔法を習得したと……?」
「本来転移魔法は魔族の魔法なんだけど、パッファの義姉野郎が兄さん恋しの一念で転移魔法薬開発しやがったんで、アタシら人魚も問題なく使えるのよねー」
いやあ、便利便利。……とプラティは上機嫌だが、それでいいのだろうか?
ダメな気がする。
何となくだが。
何故そう思うんだろう?
「ウチの住人じゃなくてもアスタレスさんなんかも、ここで転移魔法を習得したみたいね」
「それで頻繁に遊びに来るのか……!」
そういやバティも、転移魔法覚えて自分だけで魔都に行ったりもしてたしなあ。
……本当に全員習得してるんだなあ。
「旦那様も、先生に習ったら転移魔法? 先生の授業ならバカでも覚えられると評判だからきっと大丈夫よ!!」
……いや、俺は異世界人らしく魔法は覚えられないようなので。
それに、俺が単体での機動性を身に着けてしまったら困る者が若干いるというか……。
大丈夫だよサカモト。
俺が広域移動したい時は、お前の背に跨って空を駆けていくから。
だからそんな売られていく仔牛のような目をするな。
* * *
いつの間にか転移ポイントも増えていた。
一応転移ポイントとは何か? というおさらいだが、転移魔法で行ける場所をあらかじめ設定しておくのが転移ポイント。
この世界の転移魔法は、転移ポイント以外に移動することはできないので必然的に一度行った場所にしか移動できないんだと。
当初は、魔王さんたちが魔都と農場を行き来するために使用する一点のみだったが。
現在は農場近辺の各所を速やかに、効率的に移動するためのツールとして点在している。
先生の洞窟ダンジョン前。
ヴィールの山ダンジョン前。
大浴場前。
そして元々あった農場近辺。
現在のところ四つ。
防犯上の理由で転移ポイントは無闇に増やさない方がいい、という意見は何だったのか?
結局のところ利便性の誘惑に勝つことは難しいのだった。
「防犯上の配慮はしてあるぞ」
ヴィールが言った。
何故お前が語る?
「防犯用のトラップ術式を構築したのが、おれだからだ。おれと、死体モドキと、大地の精霊どもによってな」
ドラゴンと不死の王が合作した魔法トラップ!?
何その神をも殺しそうな!?
「転移ポイントの全方位、十歩ほどの範囲に張り巡らせてな。内から外に出ようとする者だけに発動する仕組みだ」
「へ、へえ……!?」
「おれが作った関係者用認識タリスマンを持っていれば発動しない仕組みになっているので、住人どもが間違ってハマることはない。タリスマンはもう全員に配布済みだしな」
「俺貰ってないけど?」
「仮に何かの間違いでタリスマンを身から離しても、特別な呪文を唱えながら外に出れば大丈夫だ。これも農場のヤツら全員に教えてある」
「俺教えてもらってないけど?」
「タリスマンもない、呪文も唱えず転移ポイントから出ようとすると、大地の邪霊が出てきて侵入者を土中に引きずり込む。そして、おれか死体モドキが引っ張り出すまで固め置かれる」
「怖い!」
一応命に別状はないそうだが、それでもいつ解放されるかわからず土中に埋もれ続けるって嫌だなあ……。
転移ポイントは、それぞれに設定された座標コードを知らないと、そこに向かって転移できないパスワード式だから、関係者以外使えないのが基本。
しかしそれを破って見知らぬ転移ポイントに飛び込んでくる違法者はどこの世界にもいるそうなので、転移ポイントを増やすからには、こうした備えも必要なのだろう。
もちろん、そんな用心は転移ポイントがたった一つだった時からしていたが。
……はて?
具体的にどうしていたっけ?
「聖者様……」
「うわあッ!? ビックリしたぁッ!?」
ベレナじゃないか!?
どうしたそんな気配を消して!? 隣に立たれても気づかなかったぞ!?
「こんにちわ……。魔族娘コンビのバティじゃない方、ベレナです……」
「その紹介の仕方は……ッ!?」
そういえば!
この子に任された一番最初の仕事は、転移ポイントの管理!
重要な転移ポイントに異常がないか毎日チェックするのが彼女のお勤めだったはず!!
しかしこの度、転移ポイントが増設され、しかも侵入者用トラップがヴィール主導で設置された今。
「ああ、転移ポイントの異常は自動的におれへ通知されるようにしたから安心だぞー。掃除も大地の精霊どもがやっとくらしいからなー」
とヴィールさん。
その一言が、ベレナの胸に突き刺さり貫通する幻覚が見えた。
「わ……、わ……、私……! 高難易度の転移魔法を全才能注ぎ込んで習得して……、そのスキルで魔王軍の出世街道を駆け登り、四天王補佐にまでなったのに……!」
そういやそんなことあったね。
「その転移魔法すら、ここでは全員が使えるようになって……! いよいよ私の存在価値がああ~~ッ! 僅かな私の存在価値がああああ~~ッ!!」
オイオイ泣き出すベレナだった。
ここまでずっと目を逸らし続けていたが……。
理由は面倒くさそうだったので。
しかし、とうとう真面目に議論しなくてはならない時が来たようだ。
ベレナについて。