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187 マレビト歴訪・陸遊記その三

 オークのハッカイです。


 私たちはアロワナ王子に率いられて旅を続けています。

 今日は日が暮れる頃に村にたどり着き、必然ここに泊まることになりました。


 魔都出発の際に魔王様から貰った通行手形のおかげで、大抵どんなところでも歓迎してもらえます。


 こんな中央から外れた小村ですら効果を発揮する、魔王様の御威光パネェといった感じです。


 ただ……。

 今回この村では、ちょっとした出来事がありまして……。


              *    *    *


「…………ッ!?」


 この村で食事として出されたのは、麦粥と火で焼いただけの野菜。

 麦粥は、農場で聖者様が作っている米飯とはまったく違って、薄くて雑味たっぷり。

 焼き野菜だって、味付けらしい味付けもなく塩すら振っていなくて、焼いたのはただ生食だと腹を壊すから食べられるように、という意図だけのようです。

 正直、農場で食べるものとはまったく違う出来栄えです。


「……こ、この村では、この食事が一般的なのですかな?」


 それでも供されたものですから、残すわけにもいきません。

 一緒に出された水で流し込んででも平らげなければいけません。


「うっへー、クソまじー。食えたもんじゃねーし」

「こら! ソンゴクちゃん!!」


 思っていても口に出すんじゃありません!


「いいえ、仕方のねえこってす……」


 食事を供してくれた魔族の村長みずから申し訳なさそうに語ります。


「ワシらのような小さな田舎村は貧しくて、たまに訪れるお客さんへの馳走も大したものは作れません。何せ長いこと人族と戦争しておりましたから……」


 やはり戦争というのは大いに国を疲弊させるのですね。

 そして真っ先に煽りを食うのは、こうしたもっとも貧しい村々なのです。


「魔王様がやっと人族どもをとっちめてくれたぁゆう話ですんで、これから少しずつ世の中よくなることとは思いますが、まだ今は麦粥で皆辛抱していかねーと……」

「…………」


 それを聞き、パッファ様はしばらく考え込むと、唐突に席を蹴って立ち上がりました。


「すぐ戻るから、ちょっと待ってて!」


 そして、魔法薬入りの試験管を床に叩きつけて姿を消してしまいました。


「どうしたというのだパッファは……?」


 転移魔法薬を使ったということは、農場に戻ったということでしょう。


 宣言通りパッファ様はすぐさま戻ってきました。

 その手には、何やら大きな桶を抱え持っていて……。


「これ! 糠床!」

「は!?」


 と村長さんに迫るのです。


「少ない食料でも、工夫次第で美味しく仕立てられるもんだよ。美味しい食事は生活を豊かにする!」


 そして糠床。

 どうやらパッファ様は、村人たちに糠漬けの作り方を教えるようです。


「麦粥を出したぐらいだから麦は作ってあるんだろう!? 聖者様は米糠以外認めないところがあるけど、麦糠だって大した違いはないはずさ!」


 ガスンと、糠床桶を置きます。


「糠漬けは、そのまま食べるより栄養が取れるって聖者様も言ってたしね。村のガキどもも不健康そうなツラしてたから、これで少しはマシにしてくれよ」


 どういう風の吹き回しでしょう?

 あの「アタイ以外の誰が死のうが生きようが知ったこっちゃないよ」的な、ハードボイルドアウトロー魔女パッファ様が自発的に親切を?


「ガキどもの不健康ぶりも気になるから、一通り診察でもしてやろうかね?」

「えッ? パッファそんなことまでできるのか?」

「本職のガラ・ルファには劣るけど、表層的な症状を見て内服薬を処方することはできるよ。この辺にも薬草は生えてるだろうから王子たち、森に入ってむしってきてくんない?」

「お、おう……?」

「ついでにモンスターでもいたら捕まえてきてくれよ。やっぱり栄養価は肉に優るものはないからね」

「都合よく可食モンスターがいるとは限らんぞ!?」


 それでも私とアロワナ王子は、ついでに動ける村人数人を連れて村近くの森に入り、指示された薬草を摘んできました。


 村の人々たちは、そうした薬草の知識も乏しいらしく、事前にパッファ様から指導を受けてきた私たちからの又聞きで、薬草になる植物の見分け方、適切な採種の仕方を学びます。


 都合よく鹿型モンスターも現れて、アロワナ王子が見事一撃で仕留めて皆から喝采を受けていました。


 モンスターの解体は、私ことハッカイが農場での作業で慣れたものですから手早く済ませ、村に持ち帰ってバーベキュー大会です。


「皆ー! 肉は美味いかー!?」

「「「おおー!」」」

「糠床は作ったかーッ!?」

「「「おおーッ!」」」

「薬草は調合したかーッ!?」

「「「おおーッ!!」」」


 なんかアロワナ王子と村人の心が一つになっています。


 その横でパッファ様は村の御婦人方に簡単に作れる薬草の処方を教えていました。


「しかし陸人は、意外なぐらい薬の使い方を知らないんだねえ……!」

「魔法薬が流通している人魚国では考えられないことだな。だが異国を回って、自分たちが常識だと思っていることがそうでないと気づくことこそ、この旅の意義とも言えよう」

「魔王さんはいい王様だけど、これまで人族との戦争にかかりきりで内政まで手が回らなかったろうからねぇ」

「しかもそれは何百年と慢性的に続いてきたこと。ゼダン殿一人に責任を負わせるのは酷というものだろう」

「これから庶民の暮らし方まで改革を行うにしても、国家元首主導じゃどうしても中央から地方へと広がるプロセスになって、こういう僻村にまで恩恵が到達するのは遅れそうだよねえ」

「それもすぐに解決されるだろう。ゼダン殿は明君である」


 ……あの。

 そんな貫禄のある会話しないでくださいますアロワナ王子とパッファ様?


 そんな未来の人魚王と人魚王妃みたいな!?


「ようし! 皆の者、今度は面白い遊びを教えてやろう! スモウというものだ!!」

「「「うひゃあああーーッ!!」」」


 こうしてアロワナ王子は村の子どもたちからも人気者となり、完全に村人たちと打ち解けるのでした。


「うぇーい、ガンバガンバー」


 ごろ寝しながら見物するソンゴクフォンちゃん。

 そういやこの子だけ何もしてねえ!?


              *    *    *


 そんな感じでパッファ様は行く先々の村で、漬物や薬草の製法を伝承しては住人たちから感謝の嵐。

 英雄のごとく讃えられます。


 いくつか村や街を回っているうちにパッファ様はすっかり『伝道者』とあだ名され、噂が先行して初めて訪れる町村でも歓迎を受けるほどでした。


「漬物は美味しいか!?」

「「「おおおーーーッ!!」」」

「薬草はよく効くか!?」

「「「おおおーーーッ!!」」」

「作り方を知りたいか!?」

「「「「「おおおおおおーーーーーーーーッッ!!」」」」」


 すっかりカリスマの様相でした。

 今日も新規に訪れた村で漬け物&薬草の作り方講座を開いて、集落の文化水準を上げることに貢献しております。


「パッファが旅を満喫しているようで何よりだ」


 アロワナ王子……。

 それでいいんですか?


「アイツとは、初めて会ったのは人魚国の監獄でな。あの当時はやたら荒んだ眼をしていたが、聖者殿の農場で働くうちに生気を取り戻していって、今ではあの有り様だ」


 ああ……、あの……、はい。


「人魚族きってのひねくれ者を、ああも打ち解けさせてしまうとは。さすが聖者殿の農場と言ったところだな……」


 いいえ。

 パッファさんが変わった直接的な原因は、そっちより恋愛的な……。


 やっぱり気づいてない!?


「この分なら、この旅が終わる頃には彼女の罪状を帳消しにできるやも知れん。元々彼女の才能は人魚国にとっても貴重。帰順してくれるならそれに越したことはない」


 ……王子。

 パッファ様が国家に帰属するにはですね、一つ大きな条件があるような……!


 それを王子に伝える勇気は、オークごときの私にはありませんでした。


 まあパッファ様も王妃になってまでツッパるほど反骨精神旺盛ではないでしょうし、なってみれば案外うまく行くんじゃないですかねえ?


「よし! では私も負けずにスモウの面白さを布教していくこととしよう! 腕に自信のある者は集まれー!!」


 こちらの反響は訪ねる集落によってまちまちでした。


 こうして私たち一行は、行く先々で漬物の製法を広めたり、薬草の調合法を広めたり、あと相撲の楽しさを広めたりして、人々から讃えられて行きました。


 旅は順調です。

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