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183 新戦力補給

「もっと背筋を伸ばして走れ! そんな腑抜けでは戦場で生き残れんぞ!!」

「ポチども! かまうこたねえ、もっと追い立てて急がせろ! 農場五十周追加だー!」


 依然として、アスタレスさんグラシャラさんの両魔王妃が、エンゼルをしごき抜いております。

 農場の周囲を走らされているエンゼルの後ろを狼型モンスターのポチたちが追い立てているからスピードを緩められない。


「し、知らなかったわ……! 王妃って肉体労働だったのね……!!」


『魔王妃としての心得を叩きこむ』というお題目であったが、アレは完全にどう見ても魔王軍の新兵しごきでしかなかった。


 まあ、しごいているのが二人とも元魔王四天王だからな。

 あれで魔王軍の兵士たちは屈強になっていくのだから、エンゼルも何かしら得るところはあるだろう。


「……で、キミたちはどうするの?」


 と俺は、脇でビクついている四人の少女に尋ねた。


 エンゼルに同行して我が農場を急襲(?)してきた子たちだ。

 たしかエンゼルも含めて、正統五魔女聖とか……?


「いやー……! 私たちはエンゼル様に連れてこられただけですしー……!」

「エンゼル様の用事が済んだら、他にやることもないので帰ろうかなあ、と……!」


 彼女らは人並みに危険を察知して回避する感覚を備えているようだった。

 とばっちりを食う前に退散しようという意図がアリアリと見受けられたが……。


「ちょっと待った……」


 既に彼女らは囚われの身だった。

『凍寒の魔女』パッファが、両手を大きく広げて四人まとめて抱きすくめる。


「捕獲完了」

「あの……、パッファさん? いきなりどうしたんですか?」

「聖者様よ、これでさっきの問題解決なんじゃねえか?」


 さっきの問題?

 まさか……。


「我が農場、人魚チーム人手不足問題? もしやその子たちを補充しようと?」

「そう!!」


 行き当たりばったりすぎやしませんか?


「大丈夫じゃね? 人魚姫様とつるんでたってことは、いいとこの学生で才能もそれなりにあんだろ? 若くてまっさらな分、アタイ級が懇切丁寧に指導してやれば、その辺のプロより使えるようになるって」


 いまいち根拠を欠く自信だなあ……!?

 その一方で……。


「うれれれれれれれれれれれれれれれれれれ……!?」

「『凍寒の魔女』様がみずから、私たちに指導を……!?」


 女学生たちは当然戸惑いもするが、それ以上にパッファから直接の指導を受けるという事実に衝撃を受けて、舞い上がっているようだ。


「そう言うものなのだろうか?」

「そういうものでしょう」


 論客ヘンドラーが説明してくれる。


「狂乱六魔女傑といえば、人魚界きっての問題児と忌まれる反面、最高の魔法薬学師として憧憬をも集めます。若い女人魚にとって、その六魔女に声を掛けられることだけでも感激。まして直接の教えを受けるなど……!」


 そういうものか。


 一方でパッファは、四人の中から二人を選出して自分の脇に置く。

 選出基準はテキトーのようだった。


「じゃあ、この二人をアタイの助手兼醸造蔵&冷蔵庫勤務として貰っとくぜ! 他の二人は別管轄な!」

「待ってください」


 それにランプアイが物言いを挟む。


「四人中、二人をアナタの部下にするということは、残りをわたくしとガラ・ルファで一人ずつ分け合うということですか? 比率がおかしいでしょう。ここはもっと話し合って……」

「アホか」


 パッファ一喝。


「ランプアイお前はダンジョンで狩りしたり護衛と称してプラティにべったりで醸造蔵の仕事あんまりしてないだろうが。残り二人は全部ガラ・ルファに回すんだよ。アタイらチームで一番働いてるのアイツだぜ?」

「うぐ……ッ!?」


 真実なのか、ランプアイは反論できなかった。


「というわけでアタイは、この二人に早速仕事を仕込みに行くぜ。ランプアイは、残り二人をガラ・ルファのところに案内してやれよ」


 そう言ってパッファは、二人の女学生を左右に抱え、悠々と去っていった。

 俺たちはポカンと取り残されるばかりだった。


「どうするのランプアイ?」

「どうもこうも……、残り二人をガラ・ルファのところに連れていくしかないでしょう。パッファの言うことは正論です」


 だよなあ。

 ただ問題の当人たちの意思まったくたしかめていないんだけど。


「あ、あの……!」


 その残された方の女学生が言う。

 目を輝かせながら。


「さっきから言われてるガラ・ルファって、もしかして六魔女の一人『疫病の魔女』ガラ・ルファ様ですか!?」

「えッ? はい……!」


 そうですけど?


「凄い! 『凍寒の魔女』『獄炎の魔女』『王冠の魔女』だけじゃなく、『疫病の魔女』までおられるなんて!!」

「狂乱六魔女傑がほとんど揃っているじゃないですか!! 何なんですかここ! 凄すぎる!! 世界の英知が結集してるんですか!?」


 彼女たちのミーハー精神の前では、大抵のことは些末な問題になりそうだった。

 その横でエンゼルが、まだ魔王妃二人にしごかれて全力疾走していた。


「おらー! さらに追加二百周ー!!」


              *    *    *


 さすがに拉致同然に連れていかれた女学生たちが気になったので、俺は様子を見に行くことにした。


 まずパッファが連れて行った方の二人。


 俺が到着した時には、パッファから何やら魔法薬の作り方のレクチャーを懇々と受けていた。


「あ、聖者様よ。コイツら筋がいいぜ。素直だし覚えが早い」


 パッファが素直にヒトを褒めるとは面妖な……!


「やっぱり学生ってのがいいな。わからないことはわからないまま丸ごと飲み込もうとしやがる。既に知ってることに執着する大人じゃなかなかこうはいかねえ」

「耳が痛くなる言葉だなあ」

「さすがお姫様の学友ってだけあるな。いい学校のエリートだろうから頭の回転が速い」


 こっちに連れてこられた女学生は、『火の魔女』ベールテール、『氷の魔女』ディスカスと名乗っていたか。

 多分パッファらと違って魔女は自称なんだろうけれど、そう名乗るだけの才覚は最低限あるってことか。


「あ、あの……!」


 そんな中で、女学生の一人がおずおずと喋り出した。

 ディスカスって子の方だった。


「私たち、そんないい学校には通ってないです。家が貧乏で、学費を払えなくて……!」

「えッ? そうなの……?」

「私は最下格の魔法訓練場に通って、腐って不良してました。こっちのベールテールは、食うために兵士に……!」


 横にいるベールテールが頷く。


「その日その日を食い繋ぐだけで精いっぱいの生活だったんですが、そこをエンゼル様に見出してもらって、取り巻きに……!」


 いい話ではないか。

 それが事実だとするとエンゼルのヤツ、案外王族としての慈善の心と、人を見る目があったってことか。


 一応彼女たち、パッファが認める程度に才覚を備えていたってことだもんな。


「でも、そういう生い立ちだからこそ私、六魔女の中でパッファ様を一番尊敬しているんです!!」

「私もです!!」


 二人の少女がパッファに詰め寄る。


「おうッ!?」


 と戸惑うパッファ。


「パッファ様は常に体制と対立して、反骨精神を示してきました! 海溝牢獄に入れられても自分の学説を放棄しなかったなんて、超カッコいいです!!」

「権力への反逆者! アウトロー! その姿勢を示すのは、六魔女の中でもパッファ様だけ! そんなところに凄く痺れる憧れる!!」


 なんか凄い慕われ様だった。

 不良がワルに憧れる心理?


「人魚国を去って地上に住んでるのも、王宮とか学会となんかイザコザがあったせいなんですか!?」

「パッファ様ほどじゃないですけど、他の魔女様たちも相当な札付きですもんね! それら六魔女が揃って、地上で何かしてるなんて……! すげえシノギの匂いがする!」


 よくわからない意味の言葉をわからないまま使っている匂いがする。

 ……そっか。

 パッファって、そういうワルのカリスマみたいな感じで人魚国では捉えられているのか。

 まあナイフみたいに尖って触るもの傷つけてそうだもんね。


「…………ッ!」


 しかし今のパッファさんは、正式には人魚囚として服役中。我が農場で働くことにより刑期を消化している建前だ。

 見様によっては権力に屈しているんだけれども……。


「………………………………当り前よ」


 あっ。

 見栄張った。

 若者たちの無根拠な憧憬に対して見栄張ったパッファ。


「アタイが、そう簡単に首輪着けられるわけないだろ? 今は雌伏の時さ。こうして陸に隠れながら、反逆の牙を研いでいるのさ!」

「おおー!!」

「カッケーです! ハンパねぇです姉御!!」


 即刻姉御呼ばわりし始めたパッファのことを。


「まあ人魚たる者、権力に傅くようになったら終わりだよなあ。魔女と呼ばれるからには体制と戦ってでも研究を進めないとよ!」

「姉御!」

「カッケーです姉御!!」


 とパッファは、年下からの尊敬を一身に集めていたが。

 ……パッファさん。

 そんなアナタが惚れて猛烈なアプローチを仕掛けている相手は……。


 アロワナ王子。

 未来の人魚王。

 体制における中心の中心。


 ……わかってるんですか? 反骨の象徴?


 俺は少女らに気づかれないよう小声で尋ねてみた。


「反骨精神と、アロワナ王子との結婚。どっちか取らなきゃとしたらどっち取るの?」

「そんなの王子に決まってるじゃん」


 コイツ悪い。

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