179 急展開
『獄炎の魔女』ランプアイは、我が農場で働く人魚の一人。
人魚の中でもっとも優れた女魔法薬使いとして評判の六魔女の一人で、前職は人魚の城の兵士さんであったという。
そういう経歴のせいか、人魚姫であるプラティへの忠誠は絶対。彼女の敵は自分の敵と言わんほど。
やはり兵士という前職のために、人魚の中では珍しく戦闘特化で、オークボたちに交じってダンジョンへ突入することもしばしば。
今回は、そんな彼女のお話である。
* * *
はい、俺です。
ここからは俺が物語を進めていくことにしよう。
さっきからプラティ、魔王さん、人魚の御客人による政談について行けずに完全空気だったからね、俺。
そんで、アロワナ王子の代理人たるヘンドラーさん、だっけ? を迎えた客間は、ただ今騒然としております。
「お下がりくださいプラティ様! アナタの御前に、こんな無礼者を近づけるわけにはいきません!!」
「そう言うキミこそ!! キミのような暴力兵士がプラティ王女の身辺にいるなど、この上ない不安要素ではないか! 近衛兵団は何を考えているのだ!?」
ヘンドラーさんとランプアイが互いを罵り合って、収拾がつかない。
何なのコレ?
二人は面識あるの?
「これってもしや……?」
上座で酸っぱい顔をしているプラティに、何か心当たりがあるようだ。
というか今ここにいる中で唯一の関係者である彼女以外に、謎を解き明かせまい。
「旦那様は聞いたことない? ランプアイが、ここに来た経緯?」
「あー……?」
基本、我が農場で働くようになった人魚たちは大抵、人魚国の囚人たちだ。
司法取引で、我が農場での流刑という方便でウチに居ついてくれている。
ランプアイもその例に漏れず、彼女もまたウチに来るまでは人魚国の刑務所に収監された囚人だった。
捕まった理由は……、たしか暴力事件。
王の御前で貴族をボコボコにしたとかなんとか。
「ってまさか……!?」
「ランプアイが殴ってボコボコにしたっていう貴族が……」
彼、ヘンドラーなら。
「……この状況にスッキリ説明がつくわね」
じゃあ、あのヘンドラーさんって貴族ってこと?
「在野の論客だけど、生まれはいいはずよ。だからこそウチの兄さんと仲良しなんだし。たしか、武門の家系に生まれたのに軍隊に入るのを嫌がって家出したとかなんとか……? しなかったとか……?」
頼りない情報だなあ。
そうしている間にも、ヘンドラーとランプアイの口論は白熱の度を増している。
「プラティ様! この無礼者を焼き尽くす許可を!! このような奸物よからぬことを企んでいるに違いありません!!」
「それはこっちのセリフだ! キミはたしか、海溝牢獄に服役中なのではなかったのか!? 脱獄囚か!? 官吏に通報して捕縛してもらわねば!!」
待って待って待って待って……!
二人とも落ち着いて!!
とにかく我が農場で刃傷沙汰は困る!
「あー、なんか大体わかって来たわねえ」
とプラティが訳知り顔で言った。
「どういことプラティ?」
「ヘンドラーを送り込んだのは、ウチの兄さんでしょう? あの人こういう気の回し方するのよ。親切のつもりで詰めが甘いというか……」
「?」
「ランプアイは、ウチに送り込まれた人魚囚の中でも比較的まとも。近衛兵のエリートだし。実際、投獄されるまでは『六魔女唯一の良識』なんて呼ばれたりもしてたし」
そんな彼女が囚人となった、唯一の汚点が、王の御前での暴力騒ぎ。
「ヘンドラーは、その被害者でしょう? その彼が働きかけてくれれば、ランプアイ唯一の汚点も拭い去れるかもしれない。そう思って兄さんは彼を送り込んできたのよ」
なるほど。
たしかにアロワナ王子が思いつきそうなことっぽい。
「ここでランプアイが詫びを入れて、ヘンドラーが受け入れれば。過去の罪は消失し、晴れて放免。人魚宮の近衛兵に復帰できる道もあるかもしれない」
どう?
とプラティはランプアイに尋ねた。
「ここでヘンドラーさんに、改めて謝らない?」
「お断りいたします」
即答だった。
「第一に、わたくしは近衛兵への復帰など望んでいません。ここでプラティ様にお仕えすることこそ我が至上の喜び。……さらに!」
喋っていくうちにだんだんヒートアップしていくよ。
「こんな無礼者に頭を下げるなど絶対にできません! この男が、王の御前でなんと言ったか!! わたくしは一言一句違わずに復唱できます!!」
『どうせプラティ姫など礼節も知らない薬学オタクなのだから、どこに嫁いでも上手くいくはずがない』
「……ですよ!? これを許せますか!? 王族への侮辱を、王族へ忠誠を誓うわたくしが看過できるはずがありません!!」
「いやー……、実際その通りだと思うけど?」
プラティ本人が言う。
この騒動があった時、プラティは既に家出していて詳細までは知らなかったそうだ。
「一体どういう流れでこんな発言になったの? ヘンドラー?」
「王女本人にご説明するのは、まこと心苦しくありますが……!」
ヘンドラーもさすがに畏まっている。
「事の始まりはプラティ王女の輿入れ騒動でした。魔族に嫁入りするか、人族に嫁入りするかという……」
「ああ、あれ」
「その論争で、私はいわゆる中立派でした。人族魔族、どちらに嫁ごうと状況は悪くしかならぬ。どちらにも嫁ぐべきではない、と……」
「その論自体は極めて正しいわね」
「主張を伝えるため人魚王陛下に直談判したところ、つい勢いが余って口が滑りまして……。たまたま謁見警備に居合わせた彼女に聞き咎められた次第です」
そして血の雨が降った、と。
「ホラ見なさい! 謝るべきはアナタなのです! アナタの過去の失言を、侮辱された当人であるプラティ王女に土下座するのです!!」
「いいや、それはできぬ」
あれー?
「私は論客だ。論客は、たとえ失言であろうと自身の言葉に正義を持たねばならん。微に入り細に穿っていちいち修正撤回していれば、いずれ私の言葉全体が力を失ってしまう!」
論客って、面倒くさい生き物だった。
「だから私は、いかなる失言も取り消さぬ。たとえそれが原因で殴り殺されようとも! 傲慢を失った論客は、論客ではなくなるからだ!」
「よく言った! ならばこのわたくしが、貴様の無礼な口を塞いで二度と喋られなくしてやろう!!」
「ほう、また暴力に訴え出る気か?」
「暴力ではない。正義の鉄槌だ。王族を侮る者を、わたくしが代わって罰するのだ!」
「よかろう。あの時は不意打ちで抵抗もロクにできなかったが。万全で立ち会えば女ごときに遅れは取らぬ。それを証明してやろう!」
なんかそういうことになった。
* * *
決闘。
ヘンドラーvsランプアイ。
何故かそういうことになった。
既に二人は屋敷の外で、互いに矛を交え合っている。
しかも意外にヘンドラー強い。
ランプアイ特製の爆炎魔法薬を避けて、的確に矛の一撃を浴びせている。
「論客とはいえ、生まれは武門の貴族家系だから、一通り武芸は修めているみたいね」
「へー」
「さっきチラッと聞いたけど、こないだ兄さんが優勝した武泳大会にも参加して、決勝トーナメントまで勝ち進んだそうよ。一回戦であのサンマ師匠と当たって負けちゃったそうだけど」
よくわからないけど、それけっこう凄くない?
「ランプアイも兵士だけあって単純だから、戦いで互いの実力を認め合って和解してくれたらいいんだけどねえ」
「それでこの決闘許可したの?」
「ウチで働く子たちも、できれば晴れて自由の身になってほしいから、そのチャンスはバンバン狙っていきたいのよ。パッファは兄さんと結婚できればいいし、ランプアイもこれを機に……」
ヘンドラーとの蟠りを解いて、罪状を帳消しにできれば……、か。
そう上手く行くかなあ……。
だってあの二人、犬猿の仲ばりに互いを嫌い合っているし。
そんな少年漫画的な展開で『タイマンはったらダチぜよ』みたいなことが起こるはずが……。
* * *
「結婚してください……!」
「はい……!」
あれッッ!!!!!!!!???????
何が起こった!?
俺、何か見逃したっけ?
気づいた時には予想だにしえない急展開が巻き起こってたんだけども!?
「プラティ……! 何があったの!? 何がきっかけでプロポーズに……!?」
「アタシにもわからないわ。まったく動きが読めなかった……! 一体いつの間に二人は、そんな関係になってしまったの!?」
時間を吹っ飛ばされるような、この感覚。
『ちょっと目を離した隙に……』とかそんなチャチなものでは断じてない。
ランプアイとヘンドラーは、互いの手を握り合って二人の世界に没入していた。
……これ、一件落着ということでいいのかな?
なんか騒動があったという実感もないけれど。
* * *
プロポーズがあって承諾はしたけれど、実際に籍を入れるまではしないらしい。
「わたくしは、プラティ王女を守ることこそ生涯の使命。それを投げ出すことは致しません」
何があろうと、プラティがいる限り我が農場から離れることはしないらしい。
「私も、勢いで求婚しましたが、一論客の身で妻を娶るなど許されぬこと。せめてある程度の功績を立てねば、彼女に対して申し訳ない」
と互いに手をガッチリ繋ぎ合いながら言うのだ。
初めてこの二人に対してイラッとした感情が湧いた。
しばらくは、アロワナ王子の代理で人魚国から消耗品を運び込みつつ、ヘンドラーからの通い婚の形態を楽しむらしい。
爆発しろ。
新妻が『獄炎の魔女』だけに。