175 改造天使
『ぼ、ぼ、ボクはおにぎりが好きなんだな』
私は知恵の神ヘルメス。
今、天界にて兄神ヘパイストスの下を訪問中。
この神のことは尊敬しているが、やはり面と向かうと非常にやりづらい。
『すみません兄さん。おにぎりは持ってきていないです。お願いしておいた継ぎ接ぎ天使の調整はどうなっていますでしょうか?』
『こ、こ、こないだ、ギフトを上げた人の子が、おにぎりを捧げてくれたんだな。な、な、中に赤くて辛い物が入っていて、とっても美味しかったです。終わり』
『…………』
やりづらい。
造形神たるヘパイストス兄さんは職人気質なのか、マイペースで空気を読まない傾向がある。
そういうところも含めてこの神の個性だというのはわかっているが、面と向かうとやりづらい。
『……ヘパイストス兄さんには、ゼウス神謹慎用の縛鎖神殿を建設中の忙しい中、別の仕事まで宛がってしまい本当に申し訳なく思っています』
『そ、そんなことないんだな。また天使の制作に手掛けられてボクは幸せなんだな』
おお。
話通じた。
『パパの神殿作りも、天使の調整も既に終わってるんだな。仕上がり具合をチェックしてほしいんだな』
そして仕事早い。
『本当ですか!? 天使の調整だけでなく父上謹慎用の縛鎖神殿まで!? 俄か作りの結界ではあのバカ父、すぐ抜け出してしまうでしょうに!?』
『ば、ば、縛鎖神殿じゃないんだな』
『?』
『縛座縛殿金剛鎖黒茨永遠迷宮(コキュートスVer)なんだな』
…………。
彼の父神への恨みも骨髄に徹しまくっていた。
あのアホ父は、ヘパイストス兄さんのように寡黙で直向きな職人気質を見下しまくっていたからな。
父上。
これアナタ、タルタロスに落とされてた方がまだマシだったんじゃないですか?
ざまあ。
『お、お、おにぎり持ってないかな?』
『持ってないです』
* * *
『これがご注文の調整済み天使なんだな。もう継ぎ接ぎ天使とは呼ばせないんだな』
『おおッ!?』
たしかに!
ヘパイストス兄さんの工房で横たわっている天使は、発掘されて応急修復された直後とは打って変わって、新品同然の輝きを放っていた。
現在はまだ起動前なのか、台座の上に横たわっていて眠っているかのよう。
『全体的に均整が取れましたね。以前は何やチグハグな印象でしたが……』
『パーツに使われた各天使の体格が違っていたせいだな。元はボノスフォンのものだった腕と、リモスフォンの足の長さを整えたんだな』
この天使、四千年前に破壊された何体もの天使のパーツを掛け合わせて作ったものですからねえ。
ヘパイストス兄さんからギフトを貰ったとは言え、あの聖者の発想は神をも越えますよ。
『ですが、胴部に関してはあまり弄ってないようですね?』
『だな』
『ロリ体型で真っ平らだったヒュスミネフォンの胸部に、ムッチリ熟女体型だったロゴスフォンの尻が……! このアンバランスなのに安定したムチムチ感が……!』
『古来より、下部が重い方がドッシリ安心できるんだな』
私は、ヘパイストス兄さんとガッチリ握手を交わした。
兄さん! やっぱりアンタ造形の神だよ!
すべてをしっかりわかっておいでですよ!!
『ぶ、ぶ、武装もいくつかパージして、新しいものと換装したんだな。殲滅性よりも利便性を優先したんだな』
『翼も取ったんですね』
『あ、あ、あれは監修係のエリス神が着けろって無理やり迫ったんだな。見た目は派手になるけど、日常生活には邪魔なんだな』
たしかに、あんなデカい翼が背中についていたら邪魔ですよね。
寝るとき仰向けになれない。
ただ利便性は追求しても、しっかり武装は組み込んだんですね。
さすが兄さん。
『では起動させるんだな。……チャー、シュー、おにぎり』
謎の掛け声と共にヘパイストス兄さんがスイッチを押すと、横たわる天使の動力部より高次元マナが放出され、各部に満ちていく気配を感じる。
「……うぃー」
起き上がった天使。
そういえばヘパイストス兄さん。外装はだいぶ調整してくれたようだが、内側はどうなっているのだろう?
前起動時は、パーツに使われた各天使の人格が交じりあって、かなり破綻していたように思えたが……?
「うぃーっす。ちょっとー? 起きたと思ったら陰気な神様の顔が二つ並んでんですけどー? 最悪っすかー?」
…………。
まだ破綻している。
『どういうことっすか兄さん?』
『思考回路には、特に手を加えていないんだな』
なんで!?
真っ先に手を加えるべきところでしょう!?
この破綻具合を見てくださいよ!!
『こ、これ自体、彼女が新たに獲得した個性なんだな。う、運命は性格の中に宿るんだな。彼女の運命を、他者の手で歪めてはいけないんだな』
兄さんにとって、生体兵器として製造された天使ですら、その人格は尊重して然るべきなんだろう。
この人格者があ!!
ヘパイストス兄さんは、そうして天の神の中では驚くほど思いやりがあり、人の子たちの自由意思を尊重する。
『か、か、彼女の思考は、多くの天使たちの人格でごちゃ混ぜになっているんだな。それをどう整合させ、一個の人格に完成させるかは、彼女のこれからの経験と思慮に任せるべきなんだな』
なるほど。
ではこの知恵の神ヘルメスこそ、彼女の人格を完成させるにうってつけの教導役ではないですか?
何せ知恵の神だしね!!
『あー、初めまして、と言うべきかな? 私は知恵の神ヘルメスだ』
今日からキミを導く教師の役目を買って出よう。
それこそアホ父ゼウスの過ちを贖う息子の役目!!
「あぁー? そんなん有難迷惑っしょー?」
しかし天使は、そんな神の善意を一発で跳ね返しやがった。
「あっしー、復活したからには好きにやりたいんでぇー。神とかどうでもいいっすー。てゆっかー、あんまりベタベタしてこないでほしいしー。キモいしー」
………………。
ビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキ!!
自分の体内で血管が膨張する音が聞こえるよ。
『よしわかった。キミにはより一層特別な教育が必要なようだな』
『へ、へ、ヘルメスくん、ガチギレなんだな?』
こんな粗忽な娘っ子を、そのまま地上に返しては聖者くんたちに迷惑がかかる。
ここは私の知恵をもって、最低限の礼儀はできる子に躾けておかなければ。
その程度の性格矯正は、社会性を身に着けるために必要なこと!!
『と言うわけでヘパイストス兄さん。この子、連れて行きますね』
『も、もうここでできることは全部しちゃったのでかまわないんだな。けど……!?』
私は、この無礼天使の体をガッチリ組むと、そのまま肩で担ぎ上げ……。
『知恵の神ヘルメス四十八の知恵技の一つ……』
足元へ垂直に叩き落とした。
『天空垂直落下式ブレーンバスターッッ!!』
天使っ子の脳天が床に激突。
ここは天界なので、ブレーンバスターの勢いで床が崩壊し、下に抜け、雲を突き破り、そのまま地上へと落下。
私と無礼天使は天界から地上へと……。
* * *
↓(落下中)。
* * *
ズドーーーーーン。
天界から一挙に落下して、地上に到着。
そこから行動。地上で私は、ある者を探し出して、彼にお願い事をした。
『ポセイドスの眷族くん! キミに頼みがある! キミの旅にこのアホ娘も同行させて、いろいろ勉強させてやってくれまいか!?』