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171 メープルの木の下で

 今日はエルフたちと一緒に山ダンジョンに来ております。


 正確には山ダンジョンにて運営しているダンジョン果樹園にだが。


 エルフたちは元来森の種族。

 日頃工房で役立つ道具を作ってくれている彼女らも、たまには心の故郷、緑豊かな森林に浴してリフレッシュしてもらおうという意図である。


 その辺の森でなく、あえてダンジョン果樹園を歩いてもらっているのは、森林浴ついでにエルフたちの意見を窺おうと思ってのこと。

 森の民エルフには、何十代に渡って蓄積してきた森の恵みを利用する知恵がある。


 彼女らが工房で作っている陶器や革製品、ガラス細工などもその賜物で、彼女たちは森に関するたくさんのことを知っている。

 俺の知らないことも含めて。


 そんな彼女たちにダンジョン果樹園を歩かせれば、何か新しい利用法や問題解決のアイデアが出てくるのではないか?


 と思ったのだ。


「……ん?」


 早速エルロンが、何かに気づいたようだ。


「この木……。いいかもしれんな……」


 と、何やら一本の木の幹に興味を引かれている。


 何がそんなに気になったのか? と観察していると、エルロンはおもむろにナイフを取り出し……。


 ザクーッ!

 と木の幹に突き立てた。

 刃は深々と、幹の内部に突き刺さる。


 一体何を!?


「まあ見ていろ」


 ナイフを引き抜き、空いた穴をしばらく眺めていると……。

 ……。

 木に空いた穴から、トロリと透明な液体が……。


「木から水が出てきた!?」

「樹液だな」


 樹液!?


「樹液の噴き出す量は木の種類によって違うが、これはよく出る種類と見た。予測通りだ」


 エルロンは、漏れ出す樹液を指先で掬い取って、俺に差し出した。


 ……舐めろってこと?

 何かイケナイ感じがするが……、俺はエルロンの指ごと樹液を口に含んだ。


「……甘い」

「だろう? 森の中では貴重な糖分を取る手段で、喉を潤す手段だ」


 こんな風に森の中で水分摂取の方法があったとは。

 やはりエルフの知恵おそるべし。


 ……でもこの甘味。どこかで口にしたような?


「聖者様、これは何という木なんだ? 樹液が出やすい木なら是非とも覚えておかなければ」

「ああ、この木は……!」


 ふと見上げて思い当たった。

 この楓の木は、元々果物目当てでもなく建材でもなく、秋に葉が赤くなって綺麗だろうなあ、と観賞目的で植えたものだ。

 それが樹液を出すという実用にも役立つとは……。


 で。

 楓……、英語ではメープル。

 メープルから出る液。


「メープルシロップ!?」


 まさか、ハチミツのパチモンみたいな扱いを受けるあのメープルシロップは、この樹液を材料に!?


「どうした聖者様?」

「エルロン! 手伝ってくれ! 試したいことがある!!」


              *    *    *


 エルロンと一緒に周囲の楓から樹液を集め、持参の革袋一杯になったところで屋敷へと持ち帰る。

 鍋に移し替え、火にかけてジックリと煮込んだところ……。


 水分が蒸発し、それ以外の甘味成分が残って濃度を増し。

 俺の記憶にある、トロリとした琥珀色の粘液となった。


 指にとって舐めてみる。


「あまーーーーーーーーーいッッ!!」


 煮詰めて濃度を上げただけあり、生の樹液より遥かに濃密な甘さ!

 まさにシロップ!


 異世界メープルシロップここに完成!!


「まさか偶発的にこんないいものが作れるようになるとは……!」


 やっぱり大事だなエルフの森の知恵。

 これからもお世話になることが多々あるだろう。


 だが、今はこうして新たにゲットしたメープルシロップを活用することに執着しよう。

 どうすれば、もっとも美味しくメープルシロップを味わえるか。


「…………ホットケーキ」


 だよな。

 メープルシロップと言えばホットケーキ。


 熱々のホットケーキにシロップをかけて食べる。

 これ以上に、この樹液の甘さを最大限に引き出す手段があるだろうか!?


「よし! 今度はホットケーキ作りに挑戦だ!!」


 まず用意するのはホットケーキの素!!

 そこで俺はハタと思った。


「ホットケーキの素って、どう作るんだ?」


              *    *    *


 ホットケーキの作り方。

 ホットケーキの素とミルクと卵を混ぜて、焼く。


「ホットケーキの素ってなんやねん!?」


 前にいた世界では、ホットケーキの素を普通に店で買っていたから意識もしなかったけど、そもそもホットケーキの素と小麦粉はどう違うの!?


 しかしホットケーキの素の作り方がわからない以上、小麦粉で代用するしかない!!


 卵入れます!

 ミルク入れます!

 小麦粉入れます!

 それだけじゃ足りない気がするから……、砂糖も入れよう!


 これでとりあえず焼いてみよう。

 しっかりと混ぜた生地を、フライパンに垂らす。


 焦げない錆付かない、油汚れも簡単に落ちる。たわしでゴシゴシ擦っても傷一つつかないマナメタル製フライパンだ。


 表面がぽつぽつ泡立って来たら、フライ返しでひっくり返す。


「ほわったあああああーーーッッ!!」


 全力!

 そして焼き加減を見て皿に移し……。


「出来たーッ!?」


 ちょっと膨らみが足りない気もするが、異世界ホットケーキ完成!

 温かいうちに、件のメープルシロップぶっかけます。

 そしてホットケーキにはやっぱりバター。一塊落としまして。ジワジワ溶けて生地に染み込んでいくこの感じが……。


「バター!」


 大地の精霊が現れた。

 やっぱりバターが絡むと鋭敏になるな、この子たち。


「バターの匂いがするです! またバターのお料理作ったです!?」

「ご主人様のバター料理超うめーです! 是非味わいたいです!」

「バタタタタタタタタ……!」


 俺と大地の精霊たちは睨みあい「シャー!」「バター!」と威嚇合戦。

 その末……。


「いいよ、お食べ」


 この展開は予想していたからな。


「わーい! わーい!」

「ご主人様大好きですー!!」

「バタオエエエエエエエエ!!」


 喜んで大地の精霊たちはホットケーキにかぶりつくのだった。


「うめーうめーですー!」

「バターの上に甘いですーッ!!」

「故郷の甘味ですーッ!!」


 気に入ってくれたようで大変よかった。


 異世界メープルシロップ作りに続く異世界ホットケーキ作りも成功と言っていいだろう。

 しかし、成功してなお疑問に思うことは……。


「ホットケーキの素と小麦粉はどう違うの?」


 この謎は、とりあえず今回のうちに解けることはなさそうだった。

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書籍版19巻、8/25発売予定!

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[一言] 重曹が入っているか否か。
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