170 智の神降臨
天使ホルコスフォンのお願いを受けて、破壊された仲間天使を修理、復活。
しかしその復活した天使は、二体以上のパーツを掛け合わせて修復したために誰が誰やらわからない状態だった。
その場面からまだ続く。
* * *
『はい、そこまでー』
俺とホルコスフォンと、修理復活したばかりの継ぎ接ぎ天使。
この三人しかいないはずの作業部屋に、いきなり聞いたこともない声がしたのでビックリした。
「ビックリしたぁッ!?」
見れば、会ったこともない優男風の青年が、空中をフワフワ漂っていた。
細面でハンサムだが、どこかくたびれた印象があって、どこかで見たような気がするなと思ったら前の世界にいた運送屋のお兄ちゃんと雰囲気がそっくりだった。
しかし、ただ者ではない。
彼は一振りの杖を持っているが、その杖に生きた蛇がクルクル巻き付いているのだ。
しかも二匹。
そんなものを携え平気な顔をしているのは、やはりただ者ではあるまい。
『私はヘルメス。天界に所属する知恵と知識の神です』
困惑していたら、相手の方から名乗ってきた。
……。
えッ? 神?
「神って、ハデス神とかと同じあの……ッ!? 先生から召喚されてもいないのに!?」
『私は神の伝令役を務めている分、他の神より融通が利いてね。キミのご近所さんの不死の王からご招待受けずとも、まあ真っ当な用事があれば地上に降りることも可能さ』
優男の知恵の神は、杖をくるくる回しながら語った。
『そう身がまえないでくれ。天の神と言うと、我が父ゼウスの所業からロクでもないヤツばかりと先入観が湧くだろうが。天に所属する神全員がゼウスのようなロクデナシではないということも信じてほしいのだよ』
はあ……?
はい……?
『私は、人の子たちにとって善い神でありたいと常に思っている。キミに「至高の担い手」をギフトしたヘパイストス兄さんのようにね。だからこそ今、緊急的に地上へと降りて来たんだ』
好青年風の知恵の神の視線が、するり、と向かうのは、復活したばかりの天使だった。
『……いやはや、とんでもないものを復活させてくれたね。ヘパイストス兄さんのギフトあったりとはいえ、まさか地上の命ある者が天使を修復してしまうとは』
「あの……! やっぱりダメだったでしょうか?」
薄々気づいてはいたものの、やはりヘルメス神は、この継ぎ接ぎ天使の復活を察知して急行してきたようだ。
『当然でしょう? 天使の恐ろしさはハデスおじさんから聞いているはずだ。天使は一体だけでも地上を滅ぼせる脅威。本当ならそちらの一体をお目こぼししたのだって特例の中の特例なんだ』
と、ヘルメス神は、蛇からまりの杖でホルコスフォンを指し示した。
……はい。
その節は、俺たちの我がままをお聞き届けいただいて心から感謝感激雨あられ……!
『本来地上の存続を守るのは、ハデスおじさんら地の神の役目だけれど、天使は元々天の神々が作り出したものなので、私らにも責任はある。ということで降臨した』
「あの、……じゃあ、復活したこの天使は?」
『もちろん、二度と復活できないよう改めて壊し直すか、封印するのが筋だろうねえ』
そんな!?
せっかく頑張って直したのに!!
『天使がそれぐらい危険なものだと承知してほしいんだ。こないだ、そこの天使……』
またホルコスフォンを指さすヘルメス神。
『……を隠匿していた件で、ハデスおじさんとポセイドスおじさんがガチギレで天界に乗り込んできてね。ウチの邪神オヤジを今度こそタルタロスに幽閉しようと本気だったよ』
主神クラスが本気で怒るぐらいに、天使の存在は重大だということを言いたいらしい。
「じゃ、じゃあゼウス神は……?」
『いや、床に額を擦りつけて詫び入れたんで、何とか千年謹慎に減刑されたよ。普段偉ぶってるくせにプライドまったくないからね、あの邪神』
何だろう?
この知恵の神の口吻から、本来尊敬すべき父神へのストレスというか鬱憤が隠しようもないほど濃厚に……?
『と、いうわけで。せっかく腕を振るってもらったのに残念だけど、その継ぎ接ぎ天使は私に預けてほしい。ハデスおじさんたちへの手前、これ以上天の神を原因に不始末を出すわけにはいかないんだ』
理解してほしい、という神の口調からは、愚かな父親に代わって天界を支えようとする智の神の責任感が感じ取れた。
「お願いです」
そこに真っ向から挑んだのは、同じ天使のホルコスフォンだった。
「彼女を連れて行くなら、私のことも連れて行ってください。私も彼女と共にいかようにも処分してください」
『しかしキミは……』
「彼女は、四千年の時を経てやっと再会した仲間です。同型機との別れを今また経験するぐらいなら、共に滅びることを選びます」
ハデス神のお墨付きを得て我が農場で暮らしていくことを許されたホルコスフォン。
しかし自分一人だけが安穏を得ることは耐えがたいのだろう。命を賭して仲間の助命に挑む。
「俺からもお願いします」
俺も神へ直談判した。
「天使たちは、破壊と侵略を目的に生み出されたとしても、その通りに生きねばならないとは限りません。彼女たちには自分で考えることができるし、心があります」
この世界に生まれた者には、この世界を楽しみ生きる権利があるのではないか?
『うん、わかった』
「うわ、あっさり?」
ヘルメス神が聞き分けがよいというレベルではない。
『天使にも生きる権利があるだろう? と言われたら、こっちも「その通りです」としか言えないからね。既にホルコスフォンという前例がある以上、それを無視して廃棄を押し通すわけにもいかないし』
「では……!?」
『ただしそちらの天使は、やはり一度天界で預からせてもらう。キミたちの俄か修理では直しきれない部分は多々あるし、危険を除くことも兼ねて本格的なオーバーホールが必要だ』
たしかに、俺自身『至高の担い手』に百%頼った修理で完璧にできたか自信ないもんな。
神様も譲歩してくれたことだし、こっちも引かないわけにはいかない。
「わかりました。神様たちにお預けします。ホルコスフォンもいいね?」
「は、はい……!」
まだ未練がありそうだったが、ホルコスフォンは自制を発揮し頷いた。
「でも、オーバーホールって具体的にどうするんですか? 天使を作り出したゼウス神は謹慎中なんでしょう?」
『いや、彼女らを製作したのはバカ父じゃないよ?』
「えッ?」
ここに来て情報の錯綜が?
『表向きはそうなってるけどさ、あのバカ父がこんな強力な生体兵器創造できるわけないじゃない? 創造と言えば、造形神ヘパイストスの仕事だよ』
「あー……!」
『四千年前に作り出された天使十体はすべて、天神ゼウス発注の下、造形神ヘパイストスが、殺戮神エリスの徹底監修によって作り出したものさ』
ヘパイストス神と言えば、俺に『至高の担い手』を与えてくれた、あの……。
『至高の担い手』で天使の修理ができたのも、それと関係あるのか? 元は同じ神から発したものだから。
『ヘパイストス兄さん。エリスの度重なるリテイクと容赦ないダメ出しで泣きながら天使を完成させたそうだけど、それだけに傑作の想い入れが強くてね。破壊された時はショックを受けていたよ』
わかる。
農場で色んなものを育て作り上げる俺としては、ヘパイストス神の気持ちは痛いほどわかる。
『だからこそ、今回の仕事はヘパイストス兄さんも快く引き受けてくれるだろう。きっと、その天使を平和的に調整してくれるはずだ』
「お願いします! よろしくお願いします!」
こちらもヘパイストス神の名が出たことで僅かな疑念も払しょくされた。
『そちらの天使よ。我が下へ。キミは天界で、この世界のよき友に生まれ変わるのだよ』
「はぁー? てゆーかー、あーし、マジでジブン何なのかわかんないっすけどー?」
『……ッ!』
神がキレかけている。
あの性格も、ヘパイストス神が矯正してくれたらいいんだけどなあ。
* * *
こうして継ぎ接ぎ天使は、ヘルメス神に連れられて天界へと旅立っていった。
帰ってくる頃には、きっと調整を受けて今より付き合いやすい子になっていることだろう。
未来を信じてホルコスフォンも納得してくれたようだった。
そしてヘルメス神は去り際、最後に言った。
『そうだ、聖者くん』
「?」
『そのうちプライベートでも寄らせてもらうんで、私にもたけのこご飯やグリーンピースご飯を食べさせておくれよ』