169 復活天使
大浴場も完成して、いよいよ我が農場の楽園度も上がってきた……、という矢先のこと。
「マスター、ご相談があります」
「うん?」
天使ホルコスフォンが、俺に相談しに来た。
彼女の相談事と言うと、やはり納豆関連のことかと思ったが、違った。
「まず、これをご覧いただきたいのです」
と言って差し出されたのは、生首だった。
人間の。
「ぎゃあああああああああああぁーーーーーーーッッ!?」
首!?
首だぁーーーッ!?
生首だぁーーーーッッ!?
首だけがあってその下がない! 完全な変死体だぁーーッ!?
「ご沈着くださいマスター。これは、私の同類のパーツです」
「パーツ?」
しかも同類?
ってことは、これはホルコスフォンと同じ天使の生首?
「四千年の大崩壊時、神によって破壊された我が同型機と推測されます」
ああ。
ホルコスフォンたち天使は、人類が生まれるより遥か以前に創造された超越種。
天神ゼウスが地上制圧のために送り込んできた、いわゆる『神の兵器』なんだとか。
あまりに強力すぎるということで、地の神々と海の神々が団結して、何とか全滅させたという神話の出来事を聞き及んでいるが……。
「つまりこの生首は、四千年も前にハデス神たちが破壊した天使の残骸?」
「肯定です。つい先日発見いたしました」
「発見? いつの間に」
「温泉採掘の作業中、地中に埋もれているものを」
マジか。
あの時見つけたのか。
天使って、残骸とはいえ掘り下せば簡単に出土するものなのか?
「作業後、一通り状態をチェックしてみましたところ。頭部にある思考回路に損傷は見当たりませんでした。修理すれば充分に復活可能ではないかと……」
「修理!?」
「マスターは、半壊状態の私をも万全状態にメンテナンスしてくださいました。マスターであれば、この状態からでも彼女を甦らせてくれるのではないかと、頼らせていただきました」
「待ってよ!?」
修理。
修理って。
薄々思ってはいたけれどさ……! キミら天使ってロボットか何かなの!?
見た目は綺麗な女の子だし、ご飯も食べるし風呂にも入るけど!?
ただまあ、ロボット的に修理可能と言うのであれば、人間だったら致命傷以上の状態からでも、元通りにしてあげることもできないかもではないけれど……?
「でもさすがにこれは無理だろ?」
何せ問題の修理対象は、頭部だけしかないんですよ。
胴体はどこから用意してくるんですか?
「ご懸念は不要ですマスター」
ホルコスフォンが言った。どこか自慢げに。
「他の部位も発掘してきました」
「うぎゃああああーーーーッ!?」
そして差し出される腕! 足! 胸部! 尻!
パッと見、完全なバラバラ殺人事件じゃねーですか!?
* * *
「天使は、当時十体がロールアウトされ、私を除く九体はすべて神々によって破壊されました」
らしいですね。
四千年前に。
「このたび私が発見した、それぞれの天使部位は……」
頭部がネイコスフォン。
腕部がボノスフォン。
胴体部がヒュスミネフォン。
股間部がロゴスフォン。
脚部がリモスフォン。
「……の、ものだと推測されます。再利用可能なパーツのみを厳選すると、自然とこうなりました」
それぞれ元が違うってかい。
本体が壊れてしまったので、無事な部分だけで新たに組み上げようとか。
まさか人体をニコイチ修理する日が来ようなんて夢にも思わなかった。
……しかし、俺の手に宿る神からのギフト『至高の担い手』はこんな時でも効果を発揮してくれる。
俺自身見たところでチンプンカンプンの天使部品を、手癖だけで流れるように調整していき、各部を繋げ、修復する。
なんかもう手だけが自動的に、勝手に動いているかのようだった。
ホルコスフォンの手伝いもあって、まあ不可能だと思っていた修理がウソみたいにホイホイ進んで……。
* * *
「…………完成してしまった」
俺の目の前には、綺麗に復元された一個の人体が横たわっている。
かつて破壊された天使が、破壊を免れた部分を繋ぎ合わせて今一つに。
「…………ッ!?」
作業中、人が踏み込んではいけない領域に踏み込んでる感がハンパなかったんだけど……!
これよかったのかなあ?
かつて地上を滅ぼすまでに至った天使をまた一体復活させてよかったのかなあ!?
「ありがとうございますマスター! これで仲間が復活いたします!」
反面、ホルコスフォンが心底嬉しそうなのを見ると、達成感も湧いてきて……?
「まあ、でも、その元通りになったはいいけれど、これでちゃんと復活するのか?」
「問題ありません。動力部再稼働、マナが全体に行き渡りつつあります。再起動までに要する予想時間、十、九、八……!」
秒読み!?
「……二、一、ゼロ」
「おはよー」
起きたあああああッ!?
継ぎ接ぎ修理天使、起きたああああッ!?
本当に無傷なパーツを繋ぎ合わせただけで、四千年の時を越えて再稼働しやがった!!
物凄いな天使!?
数体の天使パーツを接合して一体となった天使は、接合部が完治していなくて繋ぎ合わせた感まんまで痛々しい。
女性らしい細い腕にムッチリした太もも。どっしりした安産型の腰なのに控え目な胸部。少女を思わせる童顔など。
すべてにおいて女性的な造形でありながら、各所にチグハグな印象を受けるのは、やっぱり復活の経緯ゆえかな。
「復活おめでとうございます。……なんと呼称すべきでしょうか?」
そうだね。たしかに迷うよね。
「腕部にボノスフォン、胴部にヒュスミネフォン、股間部にロゴスフォン、脚部にリモスフォンと様々な機体が折り合わさっていますが、アナタの個体としてのアイデンティティは、やはり思考器官である頭部のネイコスフォンに寄るべきでしょうか?」
「あー? ってゆーか、この状況がわけわかんねーし!」
復活した継ぎ接ぎ天使は、何やら乱れた口調だった。
「…………」
それを真正面から受けて、ホルコスフォンが一言。
「彼女はネイコスフォンではありませんね。と言うか、パーツに使用されたどの天使にも該当しません」
「マジでか」
たしかに天使って、誰もがホルコスフォンみたいな機械的口調だと思ってたんで、開口一番ギャルっぽい彼女の印象は相当困惑なのですけれども。
「つーか、どうなってんのこれ? あーし、たしかドラゴンにやられて破壊されたと思ったんだけど? ……いや、冥神の大鎌で斬り刻まれた? 海神の戟で串刺しにされたような記憶も……?」
「パーツに使われた全員の記憶を有しているのですか?」
さらに人格がごっちゃになっている?
『やればできそう』という勢いだけで進めた天使復活だが、復活自体は成っても、そこから先がまた面倒そうだった。