163 霊薬の守護者
さて、こうして天使ホルコスフォンが我が農場の仲間に加わったのだが。
「……何をやってもらおうかな?」
どういった仕事を任せるべきだろう? という意味である。
いかなる種族であろうと、生まれたからには仕事は必須。そこでホルコスフォンにも我が農場で、何かしらの仕事をしてもらわなければならない。
「ではマスター、出撃命令をお与えください」
「いやいやいやいや……!」
出撃しないよ?
神の前で宣言したよね? キミにはもう戦いとか破壊行為はさせないって。
「キミはこれから平和な作業に従事してもらうんだよ?」
「では、私は何を行えばいいのでしょう?」
だよね。
とりあえず一通りの作業をやらせてみて、彼女の適性を見てみるか。
彼女がまだ何を得意かさえ、まったくわかっていないけれど。
「そういやホルコスフォンって翼持ってるよね?」
背中に。
天使だから当たり前か、と片付けていいのだろうか?
「空飛べるの?」
っていうか飛んでたよね。最初の遭遇した、いの一番に。
「肯定です。私に搭載された高速飛行ユニット『イカロスの翼』は、光子エネルギーとマナのハイブリッド出力で音速の約六倍の飛行速度を可能にします。その際、マナフィールドによって空気抵抗をシャットアウトし、速度損失を一%以下に抑えられます」
「ああ……、はい……!」
よくわからなかった。
遠くからドラゴン馬のサカモトが凄く嫉妬深そうに、こちらを睨みつけていた。
……対抗意識を燃やさないように。
あとで競争など仕掛けないように。
ちなみにですがドラゴン馬のサカモトは日夜、俺を乗せて農場の内外を高速移動してくれてとても役立ってくれてますよ。
そして、そのサカモトの遺伝子元となったヤツも、子と同様に対抗意識が激しく……。
『天使とか言ったな! 世界を滅ぼす力があるとは大層な物言い! 最強種族のおれが、たしかめてやろう!』
とヴィールがドラゴン形態で挑戦してきた。
んもう、すぐケンカ腰になるんだから。
「ホルコスフォンを決して戦わせない」とハデス神に約束したばかりだというのに。
まあ、練習試合だと言いわけしてヴィールvsホルコスフォンあるいはドラゴンvs天使のバトルを皆で見物した。
結果から言って、引き分けた。
『ゼェ、ゼェ……! マジか!? このおれを押し返せる者が、ご主人様と死体モドキ以外にもいようとは……!!』
「実地訓練を施していただきありがとうございました。おかげで私も、自身の機能状態をより精細に把握することができました」
と実に涼しい顔つき。
「メイン武装ハイマナプラズマカノン二門、稼働効率九二%。サブ武装マナマテリアルバルカン六門、稼働効率八二%。接近専用マナビームサーベル連続使用時間四五七秒継続で負荷率二%。予測ではなお七五六二〇〇秒の使用継続が可能。長期スリープモードに入る以前の性能が保持されていることを確認できました」
「あ、ハイ……!」
だからわかんねえっつーの。
ここに来てドラゴン、ノーライフキングに並ぶ新たなる世界級災厄の発生が確認された。
これからは世界三大災厄って言わなくちゃ。
「うーむ、しかし……!」
これらを通じてわかったことは、天使ホルコスフォンやっぱり戦闘での有用性ハンパないということ。
そんな彼女に、他にできる仕事などあるのだろうか?
だんだん不安になっていると、ホルコスフォンの方から提案があった。
「マスター、確認したいのですが……」
「うん?」
「私を、スクラップ状態から復活させた霊薬についてです」
霊薬?
そんなのあったっけ?
「私は、再起動の直後、機体の全部位が経年劣化し、まともに動ける状態ではありませんでした。あの状態が継続していたら、間違いなく機能停止していたでしょう」
それを回復できたのは……。
「マスターが霊薬を投与してくれたおかげです」
「でもそんな覚え、俺にはまったく……」
ん?
待てよ?
そう言えばたしかに、弱っていたホルコスフォンが全快するのに、きっかけがあったような……?
たしかゴブ吉のヤツが出てきて「これを食べれば元気が出ます!!」的なことを……?
「納豆か!?」
そう言えばホルコスフォンに納豆食わせた!
それを契機に彼女は、息絶え絶えの状態から完全元気になったんだ!
「そう、そのナットーとやらは、強力な霊薬です。私の機体内部にて蓄積されていた不純物をすべて排除し、劣化していた細胞を活性化させ、マナを回復させました」
マジか!?
納豆にそこまでの力が!?
「各武装のマナ循環効率を上げ、基本性能を向上させ、また私の記憶野に巣食っていた悪しき命令記憶も排除し、私に真の自由も与えてくれたようです。あと肌も艶やかになりました」
そこまで!?
納豆、万能薬じゃねーか!?
「納豆は、世界でもっとも価値ある霊薬。その守り手が必要となりましょう。どうかその大役を私にお任せいただけませんでしょうか?」
黄金の林檎を守る竜のように?
納豆って割と毎日仕込んで生産しては消費しているから守るほどのこともないというか。
「じゃあ、いっそのことホルコスフォンが納豆作りしてみる?」
「よろしいのですかッッ!?」
ガッと俺に迫ってくる天使。
彼女のこんなに興奮した姿は初めてだ。
「……し、しかし、それは恐れ多いです。所詮私は戦い殺すために生み出された存在。生命を救う霊薬作りに関わるなど。きっとお役にも立てぬでしょうし……」
「いやいや、納豆作り簡単だよ? 発酵食品系でも一、二を争うほど簡単で、誰でも作れる……」
「納豆をバカにするなあああああーーーーッッ!!」
「ひえええッ!?」
天使!?
なんで納豆が関わるとそんなに感情的になるの天使!?
「……すみません、お見苦しいところを」
うん、取り乱さないようにお願いね?
「わかりました。それが私の、甦ったこの世界で果たすべき役目なのですね。このホルコスフォン。至高の霊薬・納豆の守護天使となりて、その生産を一手にお引き受けいたします!」
「おお、よろしく…………!」
そんなわけで納豆の生産係りは、天使ホルコスフォンに一任することとなった。
戦うことしか知らなかった生体兵器が、モノを作り出す喜びに触れる。
祝福すべきことであろう。
これから毎朝食べる納豆がますます美味しくなりそうだ。
「え? 毎朝は食べないわよ。お口が臭くなるし」
「もっと甘くてフレッシュなものが食いたいぞ」
プラティ、ヴィール。
せっかくいい感じに話をまとめようとしてるんだから横やりを入れない。
* * *
余談だが。
ホルコスフォンは、あっという間にノウハウを学び取って自分一人の手で納豆を完成させるようになったが。
彼女の手で出来上がったのは美味いながらもごく通常の納豆で、食べても全回復したり、パラメータが十倍二十倍にアップすることもなかった。
「失敗です! 何がいけなかったんでしょう!?」
「いや充分成功しているから」
やはり、俺が作ったエリクサー納豆は『至高の担い手』が影響しているのかなあ。
あまり劇的効果のあるものを日常的に摂取するのも逆に体に悪そうだし、ホルコスフォンの作った納豆で日々健康を養うとしよう。