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162 起動の理由

『……天使を野放しにしておくことはできぬ。何しろたった一体でも世界を滅ぼしかねん戦力だ』


 と冥神ハデスは言った。


「では……?」

『その最後の天使は、余が責任もって破壊しておこう。それがこの地上の存続を守る、地の神としての責任ゆえ』


 破壊。


 そう言われて、俺の心臓がキュッと縮むのを感じた。


「つまりそれは、このホルコスフォンを粉々にして消し去ってしまうと?」

『他に意味はないと思うが?』


 彼女の方を振り向く。

 天使ホルコスフォンは、告げられた事実に少しも動じず、無表情を神に向けるだけだった。


「いや、あの、それはさすがに……!?」

『どうした聖者よ?』

「気が咎めるというか……?」


 神の話で、天使がどれだけ危険極まりないかはわかった。

 世界が滅びる前に危険を摘んでおきたいというのは、神として当然の義務感だろう。


 しかしその危険は、人の形をしているのだ。

 しかもかわいい女の子。


 今日初めて出会ったとはいえ、相手を一個の人格と捉えてしまった以上、既に情も移っているし良心もうずく。


「何か他に方法はないでしょうか? 何も殺す……、壊す? までしなくてはいいんじゃないかと……?」

『ふーむ?』


 俺の難色に、ハデス神は困惑の体を示した。


『聖者殿は優しいですからの』


 ノーライフキングの先生もとりなしてくれる。


『聖者の慈悲心は貴重だが、天使はそれを向けられるに値する生命ではない。生命自体でもないからな。アレはゼウスの私欲を満たすために作り出された生体兵器。己の意思もなければ情動も持たぬ』

「そんな……!?」

『ただひたすらゼウスの命令を遂行するだけの存在。そんなものを命と呼ぶこともできまい。ゆえに聖者が、心を痛める必要もないのだ』


 そうは言うけれど……。


「マスター、この神の主張は、極めて事実に忠実です」


 それまで沈黙を守っていたホルコスフォンまで言い出した。


「我々天使は、破壊のために製造された兵器です。目的目標はメモリーの欠落によって失ってしまいましたが、自身が『破壊する者』だということはしっかり覚えています」


 と彼女は言う。


「私の存在は、この世界にとって危険であることも事実でしょう。よって私が消滅することは世界の安全に対し必要なことであると判断します。マスター、どうぞご指示ください」


 俺に迫る。


「マスターの指示があれば、兵器の私は誰の手を煩わせることなく自分自身で決定することができます」


 ホルコスフォンの、自分自身への一切感情の伴わない判断は、まさしく兵器と言えた。

 この世界に自分が邪魔ならば、自分が消えてもいいと言えるのだ。

 一切の悲哀を差し挟むことなく。


 これが天使。

 神の生み出した破壊兵器。


 その言葉に、『コイツは俺たちと違う存在ではないか?』と俺すら思い始めた時。

 それを否定する者が現れた。


「違うわッッ!!」


 高らかに叫んだのはレタスレートちゃんだった。

 元人間国の王女で、俺と共に天使ホルコスフォンの最初の発見者になった。


「どんな理由があったって、世界のために人が死んでいいなんて、そんなことあってはいけないわ!」


 と抱きつくようにホルコスフォンを庇うのである。


「ホルちゃんは、昔は悪いヤツだったかもしれないけれど、今は違うんでしょう!?」

「ホルちゃん!?」

「神に与えられた悪い使命を忘れて、自分で自分の生き方を選ぼうとしている。そんな子の未来を奪ってはいけないわ! そうでしょう!?」


 何故ここまでレタスレートちゃんは必死になってホルコスフォンの破壊に反対するのか。


「なんとなくわかるんだけど……」


 俺の脇で、プラティが言った。


「自分と同じだからじゃないかしら?」

「あー……」


 レタスレートちゃんもかつては、世界のために死を求められた。

 人間国が滅び、魔族と人族の融和による新しい時代の安定のために、人間王族の血筋は絶やされなければならなかった。


 それを彼女が生き永らえたのは、ひとえに魔王ゼダンさんの憐憫の情による。


 彼女は、自分とホルコスフォンを重ねているのだろう。


「どんな種族だって、新しく生き直すことはできるわ! セージャ、そうでしょう? ここは、そういうことを許してくれる場所でしょう!?」

「うーむ……!」


 そうまで言われたら、俺も状況への迎合を続けることはできんのう。

 俺自身、そんなに人死にに耐えられるメンタルでもないのだ。


「……ハデス神。どうでしょうか? ホルコスフォンは俺に預からせていただけませんか?」

『ええぇ……?』


 ハデス神、見るからに気が進まなそう。

 しかしここはもうひと押し……。


「ホルコスフォンは、長年眠り続けて最初の目的を忘れてしまったようです。さらに俺のことをマスターと言って従ってくれます。けして危険なことにはならないと思います」

『そうは言うがなあ……。いかに聖者の望みといえど、一歩間違うと地上滅亡となあ……!』

「新作料理を供物として捧げますので」

『認めよう』


 神、チョロい。


『まあ、他でもない聖者の下に預けるとなれば神も安心である。破壊のみを友とするはずの天使に、あまねく営みの素晴らしさを教えてやるがいい』

「御意」

『それでは余は、元凶の始末をつけに行くとしよう』


 そう言ってハデス神は、こめかみを指で押さえてムニャムニャし始めた。


『……あー、もしもしヘルメスくんかね? そちらのバカがまたやらかしたろう? ネタは上がっているのだ。……何? もうフン縛って逃げられなくしてある? さすが知恵の神よ仕事が早い。余も早速そちらに行って説教くらわすので、キミの方からポセイドスのヤツも呼んどいてくれまいか? ……そう、皆でボコボコにする。……それじゃあ現地で』


 何か念話っぽいことをやって、通話が終わると一際残忍な笑みを浮かべた。


『では余は去る。新作料理を期待しておるぞ』

「はいはい」


 そして神は消えていった。


「マスター」


 ホルコスフォンが、俺に言った。


「私はどうなるのでしょう?」


 まあ、皆それは疑問に思うところだよね。


「とにかくここで、皆と一緒に生きていけば?」


 皆と変わらず、同じように。

 作物を育てて、モノを作って、何も破壊することなく生きて行けばいいだろう。


「やったああああああッ!! よかったああああああッッ!!」


 そしてレタスレートちゃんが本人以上に喜んで、ホルコスフォンに抱きついた。


「アナタもここで生きていけるのよおおおお! ずっと一緒よおおおおお!!」


 ホルコスフォンの助命には、彼女がもっとも懸命に掛け合っていたので喜びもひとしおだろう。

 そんなわけで、我が農場に新たな住人が加わることになった。

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