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161 神話の怪物

 天使ホルコスフォン。


 と彼女自身は名乗ったが、よくわからない。


 この世界にも天使はいるのか?

 いたとして、どういう系統の種族なんだ?


「命令をくださいマスター。いかなる敵を粉砕しましょうか?」

「粉砕しません」

「では、いかなる敵地を根絶やしにしましょうか?」

「根絶やしにしません」

「では、何を破壊いたしましょう?」

「だから破壊しないって言ってるだろう!!」


 いうことがいちいち物騒で怖い。


 そんな天使という種族について、我が農場の住人たちに尋ねてみるもまったく手掛かりなし。

 魔族もエルフも人魚たちも、天使なんて種族にはまったく聞き覚えがないという。


              *    *    *


『……天使? いや、知りませんな』


 最後の頼みの綱だった、ノーライフキングの先生ですらダメだった。

 先生すら知らないというのであれば、お手上げというしかない。


『お役に立てず申し訳ない……! 千年存在していると言っても、まだまだ学ぶべきことは多ございますな』

「いえいえいえいえいえ!」


 そんな畏まらないでください!

 先生の知識にはいつも援けられているのですから!


『ふと思ったのですが、当人に聞いてみてはどうですか?』

「はい?」

『見たところ、その天使とやらは言葉も通じ、聖者殿の言うことに従う様子。ならば何者で、何処からやって来たのか、彼女自身に語らせてみては?』


 なるほど、さすが先生頭がいい。

 というか、それにもっと早く気づかない俺たちがアホか!?


 俺は早速ホルコスフォンとやらに聞いてみた。


「教えてくれないか? キミは何者なんだ? 天使とはどんな種族なんだ?」

「その質問にはお答えできませんマスター」


 なんでさ!?


「私の記憶領域からは多くの情報が欠落しており、マスターの求める情報も失われております。経年による劣化が原因と思われます」


 言い回しが難しくてわかりづらいが、要するに記憶喪失ってことか。

 じゃあ、もう謎は謎のままで済ませておくしかないってことか……?


『残る手段があるとしたら……、これですかな?』


 先生が手にした杖を振りかざした。


『ほんやら、えいッ』

「また神を召喚したッ!?」


 先生の魔力に引き寄せられて、地上を司る神ハデスがまたも登場。


 先生!

 なんかもう習慣めいてきてますけれど、神を気安く呼ぶな!!

 あと回を重ねるたびに召喚の呪文テキトーになってない!?


『……うぬ、聖者よ。よくぞ我を呼び出した。また美味いものを食わせてくれるのかな?』

「い、いえ……! 実は今日はそうではなく……!?」


 たしかに世界を作った神なら、知らないことはないかもしれないが……!

 素朴な疑問のために大学教授に質問するような恐れ多さが……!?


『質問だと? それだけのために神を呼び出すとは恐れ多いヤツ』


 ですよね!? やっぱり恐れ多いですよね、すみません!?


『下らぬ質問であれば神罰を食らわせるぞ? 一体何を聞きたいのだ?』


 それでも一応聞いてくれるハデス神優しい……。


「はい、この天使についてなんですが……」

『どっひゃあああああーーーーーーーーーーーーッッ!?』


 えッ!? 何!?

 神が『どっひゃー』言った!?


『天使だああああッ!? 何故!? 何故ソイツがおる!? 四千年前に一体残らず壊し尽したんじゃないのか!?』

「あのー、下らない質問だったでしょうか……?」

『そんなことない! 超重要! 世界の命運を左右するレベルで!!』


 そんなにッ!?


『よくぞ余に報せてくれた! 危うく世界を壊されるところであったわ! ……聖者よ、本当に汝はいいことをしてくれるな。世界を救ったぞ、これ』


 マジですか?

 いささか神の表現が大袈裟すぎる気もするが、詳しい説明を受けるうちに大袈裟でもないと思えてきた。


 天使とは、地上を破壊する者だったのだ。


              *    *   *


『率直に言うと天使は、ゼウスが地上支配のために送り込んだ尖兵だ』


 とハデス神は天使についてレクチャーしてくれる。


「え? でもそれって人族のことじゃないんですか?」


 天神ゼウスは、欲深くも自分の支配する天界だけで満足できず、兄弟であるハデス神の支配する地上も手に入れようとした。


 そのために生み出され、地上へ送られたのが人族だと聞いている。


『そうだ。天使はそれ以前に送り込まれた。今から四千年ほど前の話だ』

『四千年……。ではワシが知らぬのも無理がありませんな』


 先生が言い添えた。

 ……実は知らないの悔しかったのかな?


『天使は、ゼウスが地上を制圧しようと本気で作り上げた傑作だ。それゆえその能力は、今の世界にいるあらゆる生命を遥かに凌ぐ』

「ええ……?」

『天使は最初十体作られたが、その力で地上全土が火の海と化した。地が裂け、海は蒸発し、それまで育まれていた生命はドラゴン以外死に絶えた』

「えええええええ……ッ!?」


 それダメじゃんゼウスさん……?

 地上を支配したくて天使を送り込んだのに、その天使が地上を破壊しているじゃないですか……?


『あまりにも酷すぎる事態に、このままでは世界自体が壊れかねないと、すべての神々が協力して天使を殲滅することになった。我ら地の神勢に、ポセイドス率いる海の神。良心的な天の神たち、ついでにドラゴンも力添えして、やっと天使十体をすべて破壊することができた』


 そのあとハデス神とポセイドス神は共同で天界に乗り込み、全力でゼウスを叱りつけて二度と世界のバランスを崩すことがないように約束させたという。


『まあ、それでも諦めきれないゼウスは、天使に比べれば大きく能力の劣る人族を作り出して地上へと送り込んできたのだ』

「何と言うか迷惑ですね……」

『だろう?』


 心底うんざりしたような表情をハデス神は作った。


『まさか再び天使をこの目で見ることになるとは……。全滅したと思っていたが、人族が魔族に敗北した、このタイミングでの出現。作為めいたものを感じるの……』


 と言いつつ、ハデス神の表情に静かな怒りが帯びる。


『ともかく聖者よ。よくぞいち早く天使を見つけ出してくれた。事によっては四千年前の大破壊が再現されるところであったわ』

「いや、ただ単にウチの畑から飛び出してきただけなんですけどねー」


 どういうことなんだろう?

 推測するに、四千年前の戦いで破壊を免れた天使が、地中に埋もれて化石よろしく眠り続けてたってことなんだろうか?


 それがたまたま俺の作った農場の下だった?


 …………。

 深くは考えないでおこう。


「とにかく、これからどうすればいいんでしょう?」

『この事態が誰の企てによるものか、察しはついておる。余からきつくお灸を据えておいてやろう。ポセイドスも誘ってな。……同じような騒ぎをまた引き起こしたらタルタロスに封印すると言質は取ってあった。覚悟するがいいわ……!』


 ハデス神が凄い怖い笑顔になった。

 これまで溜めに溜め込んできた鬱憤がついに爆発するかのような。


「……この天使ホルコスフォンは……?」


 俺は初めて、彼女の名をまともに呼んだ。

 これまでの話の中心にいた彼女は、しかしみずから発言することは一切なく。ハデス神を見上げるばかりだった。


『ふむ……』


 冥府の神は深刻そうに髭を撫でた。

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