159 全知全能級に迷惑な神
余は神。
すべてを支配し、すべてを知り、すべての死ぬべき者たちから尊敬され崇め奉られる神の王。
最強者、全能者、すべての美徳は我がものにして、欠陥は我が下には一つもない。
それが余。
天神ゼウス。
この世界で我が意に叶わぬこと一つもなし。
……ただいま。
『おかえりなさい。あのまま二度と帰ってこなければよかったのに』
なんか言った? 我が息子ヘルメス?
『いえ。よく考えたら、ここにいない間は常に外で迷惑を振り撒いてるってことですから、早めに帰ってきてくれてよかったです。むしろ永遠に引きこもって外出しないでください。それが世のため人のため』
そんなに父と一時も離れたくないというのか甘えん坊さんめ♡
『チッ』
舌打ち?
『それより、外出の目的はハデスおじさんのとこに訪問でしたっけ? ちゃんと会えました? そしてちゃんと叱ってもらえました?』
いや、会えんかった。
アイツ住んでるところ冥界じゃん?
地下深くで暗くてジメジメしたところ。
『地上の晴れ渡る領域には、自分の子である魔族らが住むべきだって、あえての地下住まいですからね。本当に度量の大きな御方ですよ。あの方こそ真の神の王ですな!』
で、その冥界の入り口に番犬のケルベロスがいるじゃん。
アイツが滅茶苦茶吠えかかってきて怖くて入れなかった。
『それでおめおめ帰ってきたわけですか……』
めっちゃ怖かった。
何なのあの犬? この全知全能の余に向かって全力で吠えてきてさ。しかも百の首全部で吠えてきたんだよ。
怖い。
これ以上ないくらい怖い。
あれなら神だって怖くて逃げるわ、仕方ないわ。
『言いわけがましい口調ですが、要するにビビり倒したんですね父上。普段神とか威張り散らしてるくせに』
うるさいわ。
大体何なのあの犬?
余は神なんだよ。偉いし、誰からも愛されてしかるべきなのに、なんであんな敵意剥き出しなの?
むしろ尻尾を振って擦り寄ってきてもいいじゃない神に。
『アイツは地獄門を守る番犬ですから、不審者に敵意持つのは自然かと』
余、犬嫌い。
大嫌い。
世界中の犬が消え去ってしまえばいいのに。
『犬好きに悪いヤツはいないって言いますもんね』
おかげでハデスにも会えなかったし。
ハデスにゴネてゴネてゴネまくって地上を半分譲ってもらう計画もパアだよ。
あーもう、ムカつく。
なんかムカつく。
余が支配できないなら地上なんて滅ぼしていいんじゃないかな?
『そういうところが皆から嫌われるんですよ』
いや、そうとも言えないよヘルメスくんよい。
これを見ていただけるかな?
『ん? これは地上の様子ですな? 遠見の術なんて久々に使ってどうしたんです?』
いいから、このヴィジョンに映っている者どもの会話を聞いてみるがいい。
『見るがいいって……? うーん、察するにどこかの法廷……、裁判中ですか? しかも裁判官が魔族で被告席に人族。……恐らく、こないだの戦争で負けた人族が軍事裁判にかけられているところと見受けましたが?』
うんうん。
ヘルメスくんいいセン突くね。
ではその軍事裁判の様子を窺ってみよう。
* * *
「わたくし、司教サギーシは、ここに天神ゼウスへの信仰を棄教します!」
「…………」
「これよりは、魔族様の神ハデスを唯一神とし、その教えを広めていくことを誓います! 魔王様に忠誠を誓い粉骨砕身働きますので、何卒よろしくお願いいたします!」
「……い、いや。魔王様は人族に対して宗教の自由を認めているから、棄教しなくていいぞ? それにこの裁判で問われる罪状は、魔王軍の投降勧告を無視して逃走した件と、その最中に村を襲撃した罪で……!」
「わたくしの改心に免じて無罪にしていただきたい。そのためならばゼウスへの信仰も捨て去り、かつての同胞の潜伏先もすべてお教えしましょう! ですから、ですからわたくしだけには放免を! 他のヤツらは全員死刑でかまいませんので!!」
「…………判決。被告は有罪。監獄ダンジョンでの強制労働二十年。これにて閉廷。連れて行け」
「待ってください! ハデス神万歳! 魔王様万歳!! ゼウスは邪神! 邪神ゼウス! どうかここにゼウス像を持ってきてください、蹴倒します! 踏みつけます! 小便かけてやります!! 邪神ゼウスを信仰するヤツは皆殺し!! こんな魔族に忠実なワシに無罪を! 無罪をおおおおおッッ!!」
* * *
『…………これは酷い』
でしょう?
『こんなのに向き合わなきゃいけない魔族の裁判官が哀れですわ。彼の正気が削れていかないか心配。あとで神託告げて「がんばれ」って励ましてやろう……』
余に対してこんなに悪口言う人族がいるなんて思わなかったわ。
余、傷ついた。
神の王だけに悪口なんて言われたことないから傷ついた。
『人族全員があんなクズってわけじゃないですよ。特にアイツ父上信仰する教団の関係者でしょう。やっぱり信仰対象に影響受けて人格も歪むものなんですって』
地上は手に入らないし、余が生み出してやった人族は役立たずの上に余をないがしろにするし……!
もういいや。
地上なんてなくなってしまえ。
余が支配できない地上なんて、不遜な人族と共に消し去ってやるんだい!
『やめなさい。そんなこと私たちが総出で止めますよ。第一どうやって地上を滅ぼすんです? アナタ自身が手を下すと、さすがにハデスおじさんやポセイドスおじさんたちとガチ戦争になりますよ?』
ふっふっふ。
わかってないな我が息子。
全能の神たる余には、役立たず人族の他に、もう一つ頼れる眷族がいるではないか。
『は? そんなのいるわけがないじゃないですか? アナタが地上に送り込んだのは人族のみ……』
本当に?
本当にヘルメスくん忘れちゃった?
ヒントは四千年前。
『……………………………………まさか?』
お? 気づいた?
『いやでも、ヤツらは天地海すべての神々が総力を結集して滅ぼしたはずですよ? アナタの尻拭いに神全員が駆り出されたんです。どれだけ迷惑だったか。……思い出すだけで腹立ってきた!』
愚かなのはお前を含めた神々よ。
全知全能たる神の王ゼウスが、切り札をすべて手放すと思っていたのか?
たった一体。
たった一体ではあるが、万全な状態のまま地上に隠しておいたわ!!
『ギャーッ!? やめろ邪神! 一体でもアレが解き放たれたら、地上崩壊とは言わないまでも地上に住む全生命が死滅する!! いくらヤケになったからって、まさか本当にアレを再起動させるつもりですか!?』
そう、そのつもりです!
余が見捨てた地上に、再び動き出せ!
天使よ!!
このあとゼウスはヘルメス神に縛り上げられて、怒ったハデスとポセイドスから袋叩きに説教されます。