15 ご近所様
アンデッドは、モンスターの一種である。
ただ、他のモンスターとは違う特殊なカテゴリに入るらしい。
まあ普通に考えても甦った死者だからな。
それ以外のモンスターと比べてもより一層自然の理に反した存在なのだろう。
この世界におけるアンデッドには、別のモンスターとは明らかに違う発生条件があるらしい。
プラティからの説明によれば、モンスターはダンジョンに溜まったマナ(魔力?)が凝縮して発生するもの。
アンデッドの発生も基本的には同じだが、マナ溜まりが凝縮する際あるものを依り代とすると、アンデッドができるのだという。
死骸だ。
大抵の場合、ダンジョンに挑んでそのまま帰らぬ人となった冒険者などがアンデッドの材料になるのだという。
魂の去った抜け殻に、ダンジョン内で淀んだマナが宿り、理外の生物として転生したのがアンデッド。
リビングデッド、スケルトン、ゴースト、スペクター。
アンデッドにも様々な種類がいるが、その中でも頂点に立つノーライフキングはまた異質な存在だ。
何しろ、それ以外のアンデッドは皆すべて不慮の死を遂げた者が望まずしてアンデッド化するのに対し、ノーライフキングはみずから望んで人であることを捨て、生きながら不死者になったのだから。
* * *
『ワシがこの体になったのは、かれこれ千年は前でしたかのう』
ノーライフキングさんのお宅であるダンジョン最下層で、俺たちはすっかりまったりお茶していた。
もはやダンジョン攻略の雰囲気じゃない。
『生前はある教会で大司教を務めておりましての。しかし出奔してしまいました。理由は……、はて、なんだったかの?』
相手にとっても、数十年ぶりの来客となるらしい僕ら。
意外にも手厚くもてなしてもらった。
『袂を分かっただけでは済まずに追手を放たれまして、あちこち逃げ回った末に、このダンジョンへたどり着きました。そこで禁呪を行使し、このダンジョンに淀むマナを吸収し、生きながらアンデッドとなったというわけです』
「みずからアンデッド化する大呪法……! 倫理的にもの禁止されているけど、修得レベル自体メチャクチャ高くて世界でも数人程度しか使えないはずよ?」
プラティが驚いていた。
「でも何故アンデッドに? モンスターになってまで自分を追い出した教会に復讐したいとか?」
『そういうことではありません。ワシには……、異形の存在と成り果ててでも遂げねばならぬ使命があったのです』
「使命?」
『それが何なのか、忘れてしまいましてのー』
おいおいおい。
それじゃあ、わざわざアンデッドにまでなった意味がないじゃないか。
『千年も存在し続けるということは、そういうことです。絶対に忘れてはならぬことまで忘れてしまうものなのですよ。どんな大事な使命であったかは記憶の彼方ですが、千年も経った今では手遅れすぎて何の意味もないでしょう』
なんだか侘しい話だった。
『そんなわけで、ワシはもう生きる意味すら失ったただの年寄りなのです。対してアナタがたは、何用でこんな奥地まで?』
「いやー、俺たちも大した用なんてないんですけど……」
とりあえずは説明してみた。
俺はここ最近、この土地を買って開拓生活を始めたこと。
この場で自給自足を成り立たせて、のんびり気楽に暮らしていきたいこと。
このダンジョンから溢れ出すモンスターが害を加えてくるかもしれないので、調査がてらモンスター退治に潜ったこと。
そしてノーライフキングさんと出会った。
「なるほど、そういうことならご安心なされ。このダンジョンはワシが管理しておりますので、勝手に外へ出るモンスターなどおりません」
「主のいるダンジョンって、そういうところ助かるわよね。しっかり秩序立てて統率されてるから」
プラティが感心したように言う。
「主が温厚な性格なら、周囲にまったく被害が出ないもの。逆に狂暴だったり悪辣だったりしたら凄惨なことになるけれども……!!」
『そういうダンジョン主は、それこそ勇者によって討伐されます。ワシが千年も生き延びてこられたのは、何より悪さをせんかったから、と言えますかのう』
はっはっはっは、と笑い合うプラティとノーライフキングさん。
そこ笑うところなんだろうか?
まだちょっとファンタジー世界ジョークのツボが把握できない。
「そういうことなら主様、時々このダンジョンに入って暴れてもいい? 元々優良な素材集めの場所になるかなって目を付けてたの」
『ああ、かまわんとも。元々増えすぎたモンスターは、外に出さんために自分で処理していたぐらいじゃ。お前さんらが片付けてくれるなら、手間が省けてこちらも助かる』
?
どういうこと?
「ダンジョンに入る目的は、居住区に被害を出すかもしれないモンスターの早期駆除もあるけど、それと同じくらいモンスターの素材をゲットすることが大事なのよ!!」
「???」
「種類によってはお肉がとても美味しいし、毛皮や骨も道具の材料になるわ! 近場に手頃な規模のダンジョンがあるって、とってもお得なことなのよ!」
マジか。
そんなの全然聞いてないんだけど。
ダンジョンって、周囲にモンスターという害悪を振り撒くだけの迷惑な存在でしかないと思っていた。
「おまけに、主がしっかり管理してデメリットをゼロにしてくれるダンジョンなんて想像しうる限り最高のダンジョンじゃないかしら。アタシたちの住まいの優良物件化がますます進むわ!!」
『ワシが生きておった時代でも、ダンジョンを中心に大きな都市が出来上がるぐらいだったからのう。優良な素材を定期的に排出するダンジョンは宝の山みたいなものじゃ』
なるほど。
俺がダンジョン潰さないのか? と聞いた時にプラティが気が進まなそうにしていた理由がそれだったのか。
毛皮や肉は、畑では取れないからたしかに安定供給されれば大助かりだ。
俺たちは、開拓生活にさらなる発展を得た。
「ということで、これからご近所としてよろしくお願いします」
『なんのなんの、時々訪ねて話し相手になってくれたらワシも退屈に苦しめられずに済むよ』
そしてご近所様も得た!
死なない最凶存在のご近所様を!
* * *
「そういえば、ノーライフキングさんは、なんてお呼びすればいいんでしょう? まだお名前を窺ってなかったわ」
『ふむ……、だがワシも何百年とこのダンジョンにこもりきりで、誰にも名乗ることがなかった故、名前も忘れてしまったのよなあ……』
自分の名前も忘れてしまうなんて独り暮らし怖い。
俺にも覚えあるし。早めにプラティが転がり込んでくれてマジに助かったかもしれない。
しかし呼び名がないのはやや困るな……。
こちらで勝手に呼び名を考えちゃうか?
「生きていた頃は、偉い聖職者さんだったんだろ? そこを取って『先生』というのはどうだろうか?」
「まあ、いいわね!」
ノーライフキングの先生。
俺たちはよい隣人を得たようだ。