158 I scream
さて。
せっかく作った納豆を皆にも味わってもらいたかったので、ちょっとした悪戯心が湧き上がった。
毎日、家の掃除や整理などを手伝ってくれる大地の精霊たち。
あの子らへのお礼は、一欠片のバター。
それを納豆に代えてみたところ……。
超キレられた。
「くっせーです!? すっげーくっせーです!?」
「ご主人は、あたしたちになんでこんな嫌がらせするです!?」
「これは明らかな、てきたいこーいと判断するです!! あっせーには対抗するです!!」
「しみんのけんりですーッッ!!」
とストライキに入ってしまった。
俺はプラティとバティなどから袋叩きに怒られた。
「精霊たちになんてもの供してくれたのよ!! すっかりへそ曲げちゃったじゃない!?」
「いや、だって納豆は大地の恵み百%だから……! 同じ大地由来の精霊は喜んでくれるものと……!!」
完全な見込み違いでした。
「今日分のバターを改めて支給しても、全然機嫌直してくれないわ! 旦那様なんとかして!」
「あの子たちを喜ばすには、バター系でさらに捻ったビックリ美味しいものを提供する以外にないと見ました! 聖者様ならあるでしょう!? 何かこうジャストアイデアが! ケチケチせずに吐き出してください!!」
ううむ。
提示されたプランは、大地の精霊たちがまだ見たこともない、かつ確実に喜ぶような新料理で機嫌を直してもらおうってこったな?
大地の精霊の大好物はバター。
それに近い形状、かつ食感で、子どもが好みそうな甘くてわかりやすい味の食べ物。
まあ乳製品が妥当だな。
その中で……。
「……よし」
一件ヒットしました。
「アイスクリームを作ろう」
* * *
アイスクリーム。
それは魔法の食べ物。
アイスクリーム。
冷たくてとろける。
いや知らんけど。
俺の元いた世界では冷たいわ甘いわで子どもから大人にまで大人気。形状もバター同様半固形のクリーム状で、そもそも原料が同じ乳製品。……のはず。
このアイスクリームを作って食べさせてあげれば、納豆で憤慨した大地の精霊たちも矛を収めてくれるはず!
……。
納豆も美味しいのになー。
まあいいや。
気を取り直して、アイスクリーム作りにチャレンジして行こう!
今回の協力者は、人魚チームから『凍寒の魔女』の異名を持つパッファさんにお越しいただきました!!
「ういーす……!」
アイスクリームだからね!
作成には食材と同じくらい環境も大事。零度以下の低温が必要不可欠ということで、彼女ほど打ってつけの人材はいないだろう。
何しろ『凍寒の魔女』だからな。
あまり語られていないが、彼女が得意とするのは何でも凍らせてしまう冷凍魔法薬。
それを利用して、我が農場の食品保管について大活躍している。
元々はプラティの指示で建てた食材倉庫も、冷凍魔法薬を配置することで内部の温度を低下、冷蔵庫の役割を果たしている。
さらにパッファが改造を加えることで冷気の循環を完全なものにし、倉庫内をムラのない低温に保てるようになったので食品保管が理想的な状態になったのだ。
今ではパッファは醸造蔵だけでなく冷蔵庫にも君臨する女王。
プラティが俺の補佐役に専念するようになり、ランプアイは狩りや警備に首突っ込むことも多く、ガラ・ルファも元来弱気な性格なので、実質食品加工及び保存部門の最高責任者となっている。
「さすが未来の人魚王の妃!」
「うっせえ! ……んで? 今日は何の用での呼び出しだよ? アタイの職柄理解してんなら、アタイがクソ忙しいのだってわかってんだろ?」
それはもう充分に……。
「しかし今回はどうしてもパッファさんの協力が必要不可欠で……! これこれ、こういうものをですね……!」
「ふむふむ?」
アイスクリームの概要と、それを作成するのにパッファさんの技術をお借りしたい旨伝える。
「気が進まないなあ。第一、アロワナ王子甘いのあんまり好きじゃないし……」
「すべてに自分の恋愛を直結させないで!!」
とにかくパッファと協力して、アイスクリーム作りの試みが始まった。
* * *
「でも、最初の方はアタイの出番ないんじゃねーの? どう見ても冷やすのは最後の最後だろ?」
「だよねー? 俺も作り方、詳しく知ってるわけじゃないんでまた試行錯誤になるんだけど……。まず何より必要なのは生クリームだと思う」
「それはもう用意してるんだ? ……なあ、生クリームって原料ミルクだろ? すると出どころは……?」
「それは考えない!! 俺も考えないようにしてるから!!」
「クッソ甘いっつー話だから、やっぱり砂糖は多めに入れるんじゃね?」
「俺もそう思う。ケーキ作った時みたいにドン引きするほど入れてみよう。……お、『至高の担い手』が発動してる……?」
「それ発動したら勝ったも同じじゃん!!」
「まあ、そうなんだけど……。『至高の担い手』が導くままに生クリームやら卵やら砂糖を入れて……。あ、ここから冷やしながら混ぜるんだ。パッファ、手首疲れるから代わって」
「やだよ! せめてお前が疲れてから代わるよ!!」
「じゃあ百回混ぜたら交代というルールで」
「よかろう」
「混ぜ混ぜ混ぜ混ぜ……、よし百回」
「いや、まだ九十八回だろ?」
「何ぃ!? ……では一、二! よし百回!!」
「まだ九十六回だろ?」
「さらに後退した!? では今度は多めに一二三四五六七八九十ッ!! よし百回以上!!」
「こんだけ回せば完成したんじゃね?」
* * *
そんなこんなでアイスクリームが完成した。
初めてなのにこの出来栄え! 『至高の担い手』様様!!
これを早速、大地の精霊たちに供して勘気を解けるか試みる。
最初ぷくーと頬を膨らませていた精霊の少女たち。初めて見るアイスクリームに、興味津々。
「これは何です?」
「バターです? でもなんか違うです? 冷たいです?」
「偽物です!? ごしゅじんさまは、またあたしたちを騙すです!? でもうめーです!?」
「ちがうです! これはバターじゃねーです!! でも、これはこれでおいしーです!! ごしゅじんさま、ありがとーです!」
「これは、あたしたちの、おいしーもの賞にノミネートされたです! 受賞ゆーりょくこーほです!!」
よかった。
機嫌直してくれた。
納豆での失点をアイスクリームで取り戻した。
……納豆も美味しいのに。
「仕方ねえんじゃね? 子どもの舌じゃ、アイスクリームのわかりやすい甘さの方が断然好評になるだろ」
とパッファも自分自身アイスクリームをペロペロ舐めながら言っていた。
「でもアタイから見ても美味ぇなコレ。冷蔵庫に専用スペース確保しとくか?」
「安定生産する気ですか?」
問題解決して、和やかな雰囲気で終わろうとしたところ、精霊たちの歓喜の声を聞きつけてプラティがひょっこり顔を出した。
「…………」
そして状況を飲み込むなり、ひょお~、と大きく息を吸って……。
「みーんーなーッッ!! 旦那様がまた美味しいもの作ったわよーッッ!!」
「何故言い触らすッ!?」
しかし堰は切られた。
プラティの声に反応し、農場住みの大半が押し寄せてくる。
そしてアイスクリームを試食。
「うんめええええッッ!? 冷てええええええッッ!?」
「甘いだけじゃなく冷たいとは! 日がな一日焼き窯の前でクソ暑い思いしている私たちにピッタリじゃないか!!」
「あの聖者様ッ! これも私たちのミルクで作ったんですよねッ!? ヒドイですわッ、それなのに私たちに教えてくれないなんて!!」
そして当然のように大好評。
こうしてアイスクリームは、我が農場における定番スイーツに名を連ねましたとさ。
「……うむ」
集まってきた中に、当然ヴィールもいた。
そしてコイツは、また何か益体ないことを思いついたようだ。
「いいことを思いついたぞ! 冷たいものなら、暑い中で食べた方がより美味しいはずだ!」
「あっ」
「なのでおれは、おれのダンジョンの夏エリアでこれを食ってくる! ふははははは! 下等種族どもめ! 美味いものをより美味い環境で食えるおれをうらやむがいい! はははははは!」
そう言い放つとヴィールはドラゴン形態に戻り、アイスのカップを持ったまま飛び去っていった。
「…………」
……でもなヴィール。
ここからお前の山ダンジョンまでは相応な距離があるし、いくらドラゴンの翼をもってしても相応の移動時間がかかるであろう。
それだけの時間があったらアイスクリームは……。
* * *
「ご主人様ーッ! アイスが! アイスクリームが溶けてなくなったー!!」
ほら、やっぱり。
泣きながら帰ってきたヴィールのために俺はもう一度アイスを拵えてやらなければならなかった。






