157 エリクシル
魔族商人シャクスさんは、ミシンの販売、エルフ職人との専属契約、人魚国への商業進出など、根気強く交渉を試みたが結局どれもダメだった。
最後に、歓迎の晩餐を開いてシャクスさんに我が農場の料理を振る舞ったがこれも大絶賛で……。
「是非とも、この料理も我が商会を通じて販売を! 食材となる肉や野菜のままでもいいので!!」
と言い出したのだが、隣の席に座っていたアロワナ王子が……。
「そしたら私が分けてもらっている分の作物はどうなるんだ?」
と言い出して即座に交渉終了。
アロワナ王子だけじゃなくて魔王さんも、来るたび作物の余剰分を持って帰ってるしね。
さすがに各勢力の王族が占有している部分に食い込めないと、またもや引き下がるシャクスさん。
顔中に無念さが滲み出ていた。
そんな感じで顔合わせも無事済んで、これからの取り次ぎをよろしくお願いしますと確認して、シャクスさんは魔国へと帰られた。
* * *
さて。
てな感じで一段落ついて、今回は純粋な開拓作業を行おうと思う。
今回のテーマは、新たな食物メニューの開発だ。
料理の種類は、多くあればあるほど生活が豊かになる。
今回俺が挑戦する料理は、長いこと『作りたい』という想いを胸に秘め続けてきた。
農耕を進め、必要な材料をすべて揃えて今、万全の状態で望む。
その目指す料理とは……。
納豆!
日本人ならば毎朝の食卓に納豆は欠かせないものだろう!
異論は認める!
そこで俺も、ついにこの異世界に納豆の参入を試みる。
助手は、異世界唯一の細菌理解者でお馴染みの、人魚族ガラ・ルファさんにお願いします。
「お願いしますー」
さて。
それではガラ・ルファと一緒に納豆作りを進めていきたいと思うのですが、それに先立って専用の納豆小屋を建ててみました。
醸造蔵や酒蔵と同じ、人魚チームの管轄になります。
最初は、同じ発酵食品なので醸造蔵で一緒に作ってもらおうとしたのですが、試作品を見たパッファ――、今は醸造蔵運営責任者の彼女が……。
「やめろぉッ!! こんなん同じ屋根の下に置いたら他の発酵食に影響出まくるわぁッ!!」
と怒られた。
なので新たに一棟設けることになった。
規模的に、醸造蔵や酒蔵と比して二回り以下の小ささではあるが、久々の建築仕事ということでオークボたち奮起。
立派なものが出来た。
壁を漆喰で固めて、密閉性や保温性もバッチリだ。
「ここで、納豆の生産をしていくのですが……!」
材料用意。
大豆。
藁。
以上。
申し分なくシンプル。
藁は、去年米作りで獲得した副産物としてふんだんにある。
様々な用途に使える万能物質だ。
これを使うということは、当然目指すのは藁に巻いて作る本格的な納豆!
早速納豆を巻くための藁の準備。
とりあえず藁を選別して太さ長さを揃えて……、で、前の世界のテレビで見たチューブっぽい形状を形作っていく。
やり方は知らないので、当然試行錯誤だ。
「うーん? こうか? ここを縛って……?」
俺が藁を相手に悪戦苦闘していると、同じように藁細工に挑んでいたガラ・ルファさんが挙手。
「聖者様、聖者様、聖者様! 見てください!!」
何ッ!? もしかして完成したのか!?
実物を見知っている俺より先に!?
彼女の手で、藁で作った……!
「はい、出来ました! 藁で作ったお人形さんが!!」
……!?
目指すイメージがないために、妙な方向へ突っ走っていたガラ・ルファさん。
人の形をしたモノを完成させていた。
しかも原料、藁。
つまり藁人形。
「どうです? 可愛くないですか? 藁人形さん?」
ちなみにガラ・ルファは地元で『疫病の魔女』などと呼ばれている。
魔女の手製の藁人形。
何も感じるなという方が無理だ。
「う、上手くできているけど、今日の目標とは違うから、置いとこうね?」
「わかりました! この藁人形さんは、私の部屋に大事に飾っておきます!!」
そうしてくれ。
藁束を完成させて、ついに本格的な納豆作りに入るぞ。
まずは原料となる大豆と藁に、我が手で触れます。
「納豆菌、納豆菌……! たくさん増えろ、栄えて醸せ」
俺の手に宿る『至高の担い手』ギフトは、触れたものの潜在力を限界以上に引き出す。
触れた土から蒔いてもいない種を芽吹かせることができたように、藁や大豆に触れることで、納豆の元になる菌を発生させることも可能なはずだ。
実際酒や発酵食品などもそうして種菌を発生させているし。
「よし! おまじない完了!」
そこから火を用意。
藁は蒸気で蒸し、下準備済みの大豆は鍋に入れて煮詰める。
納豆を作り出す細菌は、正式名称を枯草菌というそうで、コイツは高熱に強いんだそうだ。
テレビの聞きかじりで詳しくは知らんけど。
なので一回煮沸消毒すると雑菌が全部死んで、枯草菌だけが生き残った純粋状態になる。
独壇場で発酵してもらうわけだ。
そこでついに藁束の中に大豆を入れて、適温で放置。
一晩置いてみましょう。
「そして一晩置いたものがここにあります」
「えッ?」
納豆完成!!
藁から出してみるとネバネバ糸を引いていますぞ!
成功です! これは間違いなく成功です!!
「やったあ! これも菌の力なんですね!? 素晴らしいです菌!!」
手伝ってくれたガラ・ルファも大喜び。
早速この喜びを他の仲間とも分かち合おうと、納豆を見せに行く。
そしたら……。
納豆を一目見た人々は……。
* * *
「何それ気持ち悪い!?」
「腐ってるだろ、完全にそれ腐ってるだろ?」
「毒ですよ! 食べたら死にますって!!」
「ワンワンワンワン!! ガルルルルルルル……ッ!? キャインキャインッッ!?」
大不評だった。
皆納豆のネバネバ感に恐れをなして食べるどころか近づこうともしない。
「いや大丈夫だよ……! これはれっきとした俺の故郷のソウルフードで、俺のいた世界では、これが嫌いな人は一人もいないくらいさッ!!」
誇張が入り混じっております。
「しかも健康にもいいんだよ! これを常食する人は病気知らずで、百歳まで余裕で生きるって話さ!!」
誇張です。
皆に食べてもらいたくて必死なのだ。
百歳云々はともかく、健康にいいのは本当だ。
ビタミン、ミネラルが豊富ゆえに様々な病気予防に優れ、風邪や食中毒から便秘、骨粗しょう症、動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中、糖尿病、ガンにも効果があるのだとか。
歯周病菌も抑えるというし、細胞の老化を防ぐ栄養素も含まれているので美白効果もあるという。
怪しげな健康番組みたいになってしまったけれど。
とにかく食べてみて! 騙されたと思って!
「では私が……!」
進み出たのは、いつもの忠臣オークボ。
「我が君が勧めるものならば毒であろうとも食らうのが臣下の務め。このオークボ、一番槍を仕る!」
「ちょっと待った!」
そこに現れたもう一人は、オークチームと双璧を成すゴブリンチームの長、ゴブ吉。
「我が君への忠誠において後れを取るわけにはいかん! このゴブ吉が毒味役の栄誉を賜る!」
「では、どうぞ」
「あれえッッ!?」
お約束を短く切り上げて、納豆を食することになったゴブ吉。
「「「いーっき、いーっき、いーっき……!」」」
「急かすなあ!? ……くそう、死なば諸共……! やったりゃあああああッッ!!」
ゴブ吉はヤケクソ気味に納豆を口に入れた。
次の瞬間……。
「ふおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
ゴブ吉の全身が黄金色に輝きだした!?
「これはあああああああッッ!? 日々の野良仕事で患う腰痛が一気に吹き飛んだああああッ!? その他こまごまとした不調がまとめて消え去り、完全な健康体にいいいいいいいッッ!?」
「どう見てもそれ以上の効果だろう!?」
ゴブ吉の周囲でオーラ的なものがシュインシィン鳴ってるよ!?
結論。
納豆は大した健康食品。