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156 商人訪問

 我が農場に訪問してくる商人さんが、意識不明のまま担ぎ込まれてきた。

 俺はとりあえず出迎えに向かったベレナとオークボを聴取。


「本当に何もしてないんだな?」


 俺から向けられる疑いに、二人は過敏に反応した。


「してないです! してないです! この人が勝手に倒れただけです!!」

「できうる限り穏当な対応を心掛けたのですが、何が原因でこうなってしまったか我らにも見当がつかず……!?」


 まあ、倒れた原因は大方想像がつくんだけど。


 最近のオークボは、さらに威厳が増したからなあ。

 生半可な人じゃ接近しただけで意識を持っていかれるレベル。多分この人も、それで気を失ったのだろう。


「うーん……?」


 お。

 起きられたか。


 魔都からやってきたという商人さんは、神経質そうな痩せ型で顔立ちも細い。ピッシリセットされた髪は既に総白髪となっているが、それほどお年は召していないようにも見えた。


「うおッ!? これは失礼いたしました……!? 訪問先でいきなり気を失ってしまうなど……!?」


 覚醒してすぐさま状況を把握している辺り、頭の回転の速い人なのだろう。


「ああ、いえいえ。お気になさらず。この農場の主です」

「パンデモニウム商会を取りまとめておりますシャクスと申します……!」


 固い握手を交わしてから、これまでの商売仲介のお礼を述べたり、この農場の成り立ちなど簡単に解説していく。

 軽快なトークで場もそれなりに和んだし、温まった。


「じゃあ、せっかく来てもらったんですから、農場の中を案内しましょう」


 タイミングを見計らって本格的に。

 みずからシャクスさんを歓待しようとした、その時だった。


「セージャああああああッッ!!」


 凄まじい勢いでこちらへ駆け寄ってくるゴージャスな少女。

 亡国の姫君レタスレートちゃん。

 まあゴージャスなのは今や当人自体に限ってのことで、着ている作業着は変哲もなく牧歌的。


「ちょっとセージャ! 今日は私の畑に種付けしてくれる約束でしょう? 何グズグズしてるのよ!? 早く来なさいよ!?」


 ちなみにレタスレートちゃんは、セージャが俺の名前だと勘違いしている。


「いやいや、今日はお客様が来るんで種付けは中止にするって言ったでしょう? ゴブ吉たちの手伝いでもしててくれよ?」

「いやよ! 種が遅れたら収穫も遅れるのよ!? この人間国の王女レタスレート様を待たせるなんて不敬の極み……、グフッ!?」


 またどこからともなく現れたプラティが、レタスレートちゃんの腹に一発入れて意識を失ったのを連れて行ってくれた。


 現状、我が農場ではまだまだ『至高の担い手』による以外に種付けの手段がなく、農業の始まりを俺一人が担っている状況だ。

 それがいいことなのかどうかは別の機会に考えるとして……。


「すみませんね、見苦しいところをお見せして」

「い、いえ……、ですが今の、着ているものと当人の品格がちぐはぐなお嬢さんは、つい最近滅びた人間国の王女……!?」

「他人の空似でしょう」


 一応レタスレートちゃんの存在は国家級の機密なので、知らないふりをしておこう。


              *    *    *


 んで。


 早速シャクスさんに、農場を見学してもらうことにした。


 まずは何と言っても、彼がウチと関わるきっかけとなったバティの服、その制作場を見てもらおう。


「あ、どうも、また会いましたね」

「本当にアナタがデザイナーだったんですか……!?」


 バティとシャクスさんは事前に面識があったらしく、軽い挨拶を交わしていた。

 しかしすぐに、シャクスさんの視線は別のものに釘付けとなる。

 それはバティがダダダダッと動かしているミシンだった。


「何ですかアレはッ……!? あの道具によって縫合を行って……!? それであのような規則正しい縫い目になっていたのかッ!?」


 察しのいい人だ。


「なんと凄まじい道具ではないですか!? 是非ともあの道具を我が商会で売り出させてくれませんか!?」


 と提案してくるので、ベレナが俺に代わって交渉してくれた。


「魔国統治下でミシンを販売する場合、これくらいが適正価格と見ております」

「これはッッ!? 国一つ丸ごと買えるような値段ではないですか!?」

「聖者様みずからの手作り製品ですから。有用性、希少性、材料費など換算するとどうしても。あと総マナメタル製ですし」

「なんで総マナメタル製なんですかッ!?」


 交渉は決裂したらしかった。


              *    *    *


 そして次はエルフたちの工房へ。

 バティの服に続いて売り出そうという彼女たちの作品なので、その制作現場も見てもらうのがいいだろう。


「おおッ!? エルフですとッ!?」


 エルフたちの作業風景に、シャクスさんはより一層の衝撃を受けていた。


「素晴らしい工芸品の数々はエルフが作り上げていたのですか! なるほど、あの品質に納得いたしました!!」

「えーと……、エルフが工芸品作るのって、そんなに珍しいんですか?」


 シャクスさんの盛り上がりがあまりに異様なので、つい尋ねてしまった。


 エルフは種族的に、手に収まる小道具の制作が得意だと聞いていたが。

 だったらこういう風に工房作るのは大して珍しくないんじゃない?


「エルフたちは森の民としてのプライドが高く、屋根の下で働くことを卑しいと感じているのです」


 シャクスさん自身も、商会出資のエルフ工房を立ち上げようと職人募集したことが過去あったらしいのだが、ビックリするほど誰も乗ってこなかったそうな。


「エルフたちは……! 『魔族の雇われ人になるくらいなら、盗賊になった方がマシだ』とか言って……! 実際盗賊になる者があとを絶たず……! そんな中、エルフをこうも従順に働かせるなど! 農場主様の人柄によるところですか!?」

「いやいや。ハハハハハ……!」


 実際盗賊だったエルフを捕まえて、償いとして労役を強いているだけなんですが……。

 そこのところを説明しようかなあ、と思ったら、何者かから肩を掴まれた。

 工房で働いているエルフその人であった。


「聖者様……、ちょっとお話が……!」


 しかも盗賊団時代、頭目であったエルロンから。


 何事かと訝るが、シャクスさんに一言断りを入れてから、工房の外で二人きりとなる。


「……あの偉そうな魔族って、パンデモニウム商会の商会長だろ? まさかアイツが、私たちの作品を取次してんのか!?」

「そうだけど?」


 今日は見学に来てくれたんだから、キミらの工芸品作りに懸ける思いの丈を直接語ってみたらどうだい?


「……私たちが、ここに来るまでは盗賊だったってことは知っているだろ?」

「うん?」

「魔国、人間国とところかまわず荒らしまくって、双方から指名手配されるほどだったんだ。だからこそこんな辺鄙な奥地まで逃げてきたわけで……!」


 ……まさか。

 だんだんわかってきた、エルロンの言おうとしていることが。

 わかりたくないけど、わかってきた。


「まさかキミら、シャクスさんの商会にも盗みに入ったことが……!?」

「大きな商会だからな。悪徳商人だけをターゲットにしても、何らかの形で間接的に被害を与えてるんだよ」


 おいおいおいおいおいおい……。

 マズいじゃないか!?


「盗賊だった過去に気づかれて損害賠償とか請求されたら!?」

「面は割れてないだろうから……。多少向き合った程度でバレることはないと思うけど……!」


 しかし気づかれたらロクなことに発展しないことは確実だ。

 できるだけ接触は避けた方がいいな……。


「お話は済みましたかな?」


 待ちきれなくなったらしいシャクスさんが、俺らを追ってたので、エルロンと二人揃って「ヒィッ!?」となる。

 彼の表情、すっごいホクホク顔。


「よろしければエルフの方々と直接お話しできませんか? これからの取引のためにも、より綿密な意思疎通を……!」

「ぜ、絶対嫌です」

「なんでッ!?」


 真実を知らされることなく、『エルフは気難しい』というシャクスさんの先入観はより強固になっていくのだった。


              *    *    *


 こうしてアチコチ見て回って、シャクスさんは泣いたり驚いたり忙しい。


「ここは素晴らしい場所です! 宝の山です! 是非とも我が商会をご贔屓にしていただきたく!!」


 シャクスさんは俺と握手して激しくブンブン振る。

 興奮の度合いがよく伝わってきた。


 そこにさらなる闖入者がやって来た。


「あ、アロワナ王子」

「聖者殿、また遊びに参りましたぞ!」


 プラティのお兄さんで、人魚国の王子であるアロワナ王子、久々に登場。

 話題にならないだけで、割と頻繁に遊びに来られているのだが。


「なんと! こちらは人魚族まで出入りなさっているのですか!?」


 シャクスさんが商人らしく目敏い食いつき。


「我が商会では、人魚国へも商売の手を広げていきたく、伝手を探していたところなのです!! どうでしょうか? 吾輩に人魚国の実力者を紹介してはいただけませんか!?」


 驚くべき馴れ馴れしさでアロワナ王子に擦り寄る。

 実力者って……。


「うーん、そういうことだと、私に紹介できる実力者は一人ぐらいしかいないぞ?」

「どなたでしょう? 糸口が見つかるなら誰でも歓迎ですぞ!!」

「我が父である人魚王だ」


 シャクスさんは、目の前にいるのが人魚国の第一王子だと知って、すぐさま無礼を謝して土下座した。

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