表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/1393

155 隠された聖域へ

 吾輩は魔族商人シャクス。


 先日は驚いた。

 ここ最近、恒例となった魔王妃アスタレス様との商談の席での出来事だ。


 ……あの日。

 一通りの用件を話し終ってから吾輩は、魔王妃様にあるお願いをした。

 何回も繰り返ししているお願いだ。


 あの恐ろしいほど整った縫い目を持つ衣服を初め、多くの素晴らしい工芸品を産出する現地への接触を!


 魔都全体を震撼させる名品が、どこで、いかようにして生み出されているのか!?


 それは商人としての利害を超えて、純粋な興味からも知らぬままではいられない!


 という感じで、魔王妃様へお目にかかるたび何度も土下座してお願いしているのだが、魔王妃様は頑なに「うん」と言ってくださらない。


「先方との約束なのだ。あちらの情報は一切明かすことは無理」


 すげない態度。


 しかし吾輩は知りたい。

 場所がわからないなら、せめて、あの美しい衣服を作り出しているデザイナーの素性だけでも。


 こうなったら金を積んででも……、と決意する、その矢先。


 ドバンッ、と。


 ドアを開けて何者かが侵入してきた。

 見れば、まだ少女とも見分けのつかぬ年若い女魔族ではないか。


 一体こんな小娘が、畏れ多くも魔王妃様と吾輩の商談席に無断で乱入などと、身の程を弁えているとは思えない。

 魔王妃様に代わって吾輩が叱り飛ばそうとしたところ、小娘はその前にガバリと頭を下げた。


「ッ!?」


 叱られる前に頭を下げた!?


「申し訳ありませんアスタレス様!」


 吾輩は見覚えないが、どうやら魔王妃様に縁のある者らしい。

 でないとここに乱入したりしてこないか……?


「バラしてしまいました! 私が今魔都で大人気の服を作っていることを!!」


 !?

 !?

 傍で聞いている吾輩がビックリ。その発言に。

 魔都で大人気の服って、この吾輩が手すがら売り捌いている、魔王妃様より提供された衣服のこと!?


 吾輩がここ最近ずっと想い焦がれてきた謎の答え。

 が自分からやって来た!?

 あの服の製作者が、いきなり現れたこの彼女!?


「久しぶりに戻ってきた魔都で昔の同期同僚と再会し……。思い出話をしているうちにポロッと……! 申し訳ありません! とにかく対策を練るために、一刻も早くアスタレス様にご報告をと……!」

「…………」


 平謝りする彼女へ向けて、魔王妃様はゆらりと立ち上がり、ツカツカ歩み寄る。

 そして……。


 ドバゴンッ! と……。


「殴ったあああーーーーーーーッッ!?」


 しかも一発では済まされない。

 二発三発、四発五発、十発二十発……!!


「ちょっと魔王妃様! その辺で! アナタご懐妊中なんですから、あまり激しい動きは!?」

「もう安定期に入っているから大丈夫だ」


 そういう問題!?


 しかも殴られ続ける彼女は、その衝撃でさっきからずっと足が地面に着いていない。

 やめて、その娘そろそろ死んじゃう!?

 本当に、あの謎ブランドの製作者が彼女なら死なれると非常に困る!


「聖者様にご迷惑をかけるとは、我が副官にあるまじき失態!」


 妊婦がサマーソルト決めたッ!?

 女性の方が蹴られて飛んだ!?

 部屋の壁にぶつかった!?

 壁に盛大な亀裂が走った!?


 ……かつて残虐将軍と恐れられた魔王軍四天王、『妄』のアスタレス。

 魔王妃となった今も、その残虐性は裏に隠れただけで、まったく消失していなかった。


 吾輩、傍で見ているだけでビビったよ。


              *    *    *


 数日後。

 魔王妃様から意外な申し出を受けた。


「お前を連れて行くことにした」

「えッ!? 何処にですか!? 処刑場ですか!?」


 まだ先日の恐怖体験から立ち直っていない吾輩。


「そんなわけあるか。お前がかねがね行きたいと願っていた、あの場所へだ」


 それってもしや……!

 あの素晴らしい服や工芸品が生産されている場所ってことですか!?


 今までずっと拒否ってこられたのに、ここに来てまさかの方針変更、何故ッ!?

 嬉しいけれど!


「ブランド化の件を諮りに行った際、主人に当たる御方から言われてな。『お世話になるからには、こちらも信頼を示さなければ失礼に当たる』と」


 なんと大らかなお言葉か!?


「そこでお前のことを招待したいらしい。案内は、こちらの者にさせる」


 と魔王妃様は、傍らに控える女性魔族を指し示した。


 先日会った女性とは違うが、年齢や佇まいがかなり似ていた。


「ベレナと申します。これより転移魔法で、アナタを聖者様の農場へご案内いたします」

「その若さで転移魔法使いとは……。……え? 何、吾輩の肩を掴んで……? もしかして今すぐですか!? いくらなんでも急……ッ!?」


 しかし次の瞬間、吾輩の視界から唐突に魔王妃様の姿が消えた。

 それは正確には逆だった。

 吾輩こそが、ベレナという若い女性魔族と共に魔王妃様の眼前から消え去ったのだ。


              *    *    *


「ここが……?」


 転移魔法で吾輩が連れてこられた先は、自然豊かな海辺だった。

 ザザーン、と波音が耳に心地よい。

 人の気配がまったくなく、まさに未開の処女地といった風情だった。


「ここで……、あの衣服や工芸品が作られているのですか?」


 とてもそんな文明の匂いを嗅ぎ取れないのだが?

 吾輩をここまで連れてきた、ベレナとかいう転移魔法使いの魔族女性は言う。


「もちろん私たちが本拠にしている農場は、ここから離れた場所にあります。転移ポイントを設置する鉄則です」

「たしかに」


 座標コードが好ましからぬ者に解析された場合に備えて、重要な区域から離れたところに置く。

 では、真の目的地にはしばらく歩いて行かなければならないわけか。


 まいったな……。吾輩最近、仕事ばかりで運動不足……。


「ご安心ください。迎えがやって来ました。ホラ……」


 え?


 彼女と視線を向ける同じ方に目をやると……。たしかに、一団らしきものが歩みでこちらに近づいてくる。


 あれは……、オークか?


 商会の主として、世界各地のダンジョンで集めた擬人モンスターを魔王軍に納める商いもしている吾輩にとっては見慣れた種類のモンスターだ。


 ……いや、違う?


 あれはオークではない? 変異種のウォリアーオークではないか?

 ダンジョンで発生するオークが、ごく稀なきっかけで変異する強化タイプ。


 その能力は元のオークの数十倍。

 百体のオーク軍団に一体交じれば、その戦略的価値は十倍に跳ね上がるという。


 吾輩も、商いの中で数度お目にかかったくらいだが……、いや待て?


 こちらに向かってくるオークの群れ五体程度。

 その全部がウォリアーオークではないか!?


 そんなバカな。

 ウォリアーオーク五体と言えば、街一つを攻め落とせる戦力だぞ!?

 少数精鋭にもほどがある。


 しかし吾輩が驚きはまだ終わらなかった。

 その五体のウォリアーオークの中に、さらに別格のオークがいる!?


 変異種であるウォリアーオークよりさらに強者の気配を放つ、たった一体の強豪オーク。


 しかもそのオークは騎乗していて、まるで騎士か将軍のような風格だった。

 乗ってる馬が甲殻に覆われていてまた物々しい!?


「オークボさん、出迎えご苦労様です。さすが時間にピッタリですね」

「我が君より賜った使命ですので。疎かにはできません」


 ベレナさん!?

 このオークと普通に会話している!?

 っていうかオークが人と喋って意思疎通している!?


「シャクスさん。こちらはオークボさんといって、聖者様の農場で働くオークのまとめ役です。レガトゥスオークというオークの二段変異種で、賢くて超強いんですよ?」

「オークボと申します。我が君よりアナタを出迎える使命を賜りました。我が愛馬ギガントロック号に引かせた馬車は急ごしらえの粗末なものですが、どうかお乗りください」


 二段変異?

 そんなのが存在するの?


 変異したウォリアーオークが元のオークの数十倍なら、さらに変異したレガトゥスオークは……、数百倍?


 しかもそれを従える者って……。


 吾輩は思考が煮詰まって、意識がフッと途絶えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
bgb65790fgjc6lgv16t64n2s96rv_elf_1d0_1xo_1lufi.jpg.580.jpg
書籍版19巻、8/25発売予定!

g7ct8cpb8s6tfpdz4r6jff2ujd4_bds_1k6_n5_1
↑コミカライズ版こちらから読めます!
― 新着の感想 ―
魔王妃様も「聖者様」とぽろっと口走ってる。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ