153 察しのいい男
私、魔族バティの作ったシャツを元同僚が着ております。
「これが今、魔都で一番人気の服なのよ!!」
自慢げに言う元同僚。
それを作ったのが私だということには多分、気づかずに。
「ゴメンねバティ。コイツ何日も前からずっと自慢しっぱなしなのよー」
「だって嬉しいんだもん。まさか買えるとは思わなくて!」
「大人気だもんねー。そんな薄いシャツですら上級貴族様が買い占めていくんでしょう? いくらしたのよ?」
「月給の半分注ぎこんじゃったー。おかげで家賃の支払いがヤバいわー」
そんなに高値が付いてるの!?
そのシャツ、アスタレス様にお預けした作品の中でもかなり手を抜いて作ったものよ?
色々危ういからって金剛絹の使用は控えるようにして、そのシャツの素材は絹ですらない木綿。
『綿の方が肌触りよくて汗も吸い取るから肌着向きだよ』という聖者様のアドバイスに従ったものだが、縫い糸だけは金剛絹を使ってあるから強度は高い。
製作者がすぐ傍で聞いているとも知らず、彼女らは言いたい放題続けている。
「でもコレ本当着心地いいのよ。今まで着てた他の肌着みたいに肌にチクチクしないし、汗かいてもジュクジュク気持ち悪くならないし。値段分の効果はあるわね!」
なるほど。
聖者様の見解はやはり正しかったか。
「シャツについている模様も可愛いし。そりゃ自慢するしかないっしょ! ……ってバティ?」
「はい?」
皆の目が私に集中した。
いつの間にやらメモを取っている私が奇異に見えたのだろう。
だってユーザーの生の声は貴重だし。
「いや! まあ! やっぱり私も服を作るようになったからには参考意見はメモしとかないと……!!」
咄嗟に誤魔化し。
「バティはマメだよね。四天王副官まで出世できたのもそういうところだし」
「でも服屋さんに転職したからには、魔国一の名ブランドを目指さなきゃ! ああ、でも今は人間国滅ぼして地上統一しちゃったから、世界一かな?」
「ライバルはこの謎ブランドだよねー?」
冷やかす彼女らに、私は「あはは……」と愛想笑いを返すので精一杯だった。
ゴメンね元同僚。
アンタの着ているシャツ作ったの私なの。
しかも豪華なドレスや戦闘用の鎧下と比べて、かなりテキトーに作ったの!
それでそんなに喜んでくれるなんて却って心苦しいの!!
「その服のデザイナー。表には一切出てきてないんでしょう?」
「普通なら宣伝も兼ねてガンガン社交界に出ていくものなのにね。よっぽどシャイなのか、変人なのか……!」
「謎めいたところがいいんじゃない! こんな素敵な服を作れるんだから当人もきっと素敵に違いない……! とか想像すると、また一段と着心地がいいもんよ!!」
ダメだ!
もう居たたまれなくて耐えきれない!!
「あ、あの私、そろそろ……!」
と席を立とうとするも……!
「いいじゃない、久しぶりの再会なんだからゆっくりしていきなよー」
「そうよ、転職後の近況話もじっくり聞かせてよー」
と腕を引っ張られてイスに戻された。
「それに、もうすぐ特別ゲストも来るし……」
「え?」
疑問に思った瞬間、大衆食堂の出入り口が開いて、誰かが入ってきた。
それは男の人だった。
魔王軍の軍服を着た、いかにも血筋のよさそうな顔立ち。
「オルバ副官!?」
どうして、あの人がここに!?
「中隊長格を舐めるんじゃないわよ? 四天王副官にだって私的に連絡取れるパイプぐらいあるわ」
お前らが呼んだんか!?
「アンタが密かに恋い焦がれているのはバレバレなんだから。お膳立てしてあげた同期に感謝しなさい?」
「魔王軍辞めたんなら、これが接触の最後のチャンスになるかもだよ? 思い切ってコクッちゃう? 玉の輿乗っちゃう?」
コクれるか!
元は四天王副官で同格とはいえ、こっちは平民で、向こうは貴族のお坊ちゃんなのよ!!
とか混乱してたら当のオルバ様が、私の隣に座りやがった!?
「お久しぶりですバティ副官。長い間ずっと姿をお見掛けしていなかったが。まさか退役されていたとは……!」
「ご、ご無沙汰しております……!」
相変わらず真面目な人だなあ。
魔王軍の中は、貴族出身のキャリア組と平民出身のノンキャリア組が明確に分かれている。
キャリア貴族には優越感たっぷりの人もいて、同じ軍階級でも平民出身者を露骨に見下してくるというのに。
この人は、そんな素振りを見せたことすらない。
「アナタには、直接会ってお礼を言いたかった。その機会をずっと探していたのです」
「お、お礼?」
心当たりがないんだが、アスタレス様の副官やってた時代のことでしょうか?
「オルバ様! 今コイツ、何と魔王軍退役して服屋始めたらしいんですよ!」
「奇遇ですよねえ! 今はオルバ様も服関係で有名になっていますし!」
有名?
服関係で?
まさか……!?
「軍から離れたバティは知らないだろうけど、魔王軍じゃ今その話題で持ちきりなのよ!」
「名付けて『オルバ副官の竜牙折り事件』!」
「レッサードラゴンに噛みつかれて絶体絶命! ってところを逆に牙を折って生還したって言う……。あの噂本当なんですか副官? しかもその原因が例の謎ブランドの服って言う……」
元同僚どもが女の噂好きを全開にしてオルバ副官に群がる。
コイツら……。一応上官の、しかも貴族出身者に対して怯みもせず……!?
「噂の通りだよ。あの事件、私自身の功績は一切ない。運がよかっただけだ。あの日たまたまあの鎧下を着込んでいた、あの幸運のお陰だ」
「じゃあ、やっぱり……」
「あの日私が着こんでいた鎧下はかなり特殊な生地が使われていて、ドラゴンの牙を弾いたんだ。あれがなかったら体に大穴が開いていて、私自身今頃棺の中さ。……いや、棺に収まるような遺体が残ったかも疑わしい」
その話を、私もアスタレス様経由で聞いた時にはフッと気が遠くなった。
私の作った衣服がオルバ様の命を救った。
それだけで私は嬉しい。自分の仕事に満足を感じる。
「でもでも、その鎧下だって、例の謎ブランド製って噂でしょう?」
「ドラゴンの牙を防いだ特殊な生地が、アスタレス魔王妃のドレスと同じものだって!」
「それだけ特殊な生地が、二つ以上のところで生産されるとは考えにくいっていうのが、一番主流の説ですもんね!!」
私は黙っている。
真実は言ってはいけない決まりだし、私の作った服が彼を守り、これからも守っていくという事実だけで充分だ。
「詳しいところは私にもわからない。ただ、一つだけハッキリわかることがあって、今日はここへ急いで駆け付けた」
オルバ様が、私の手を取った。
「あの服を作ったのはキミだろう?」
「え?」
場が一瞬にして静まり返った。
私も、完全に真実を突かれて何も返事が思い浮かばない。
まさか「はい」と言うわけにもいくまい。
「キミがまだアスタレス様の副官を務めていた頃、軍務の打ち合わせの合間に、キミの服作りの夢を何度も語って聞かされたものだ。だからこそわかる。あの鎧下の各部に宿ったキミのこだわりが……!」
「あ、あの……!」
「そして、あの衣服の出所がアスタレス様である以上決定的だ。キミは元々アスタレス様の副官だったんだから。私は、キミの作った衣服に命を救われた。だからずっと礼を言いたかったんだ。ありがとう」
元同僚たちが唖然とした表情で、私とオルバ様を交互に見ている。
さすがに彼女らも、魔都で一大ブームを巻き起こしている衣服を作っているのが顔見知りだと、夢にも思っていなかったろう。
私としても聖者様やアスタレス様との約束があるからには、ここは惚けないといけない。
「はて? 何のことやら?」とシラを切らなければいけない局面。
なのに……。
「……はい」
と答えてしまった。
オルバ様は察しのいい男。
そう言ったのは直属の上司であるベルフェガミリア様だったか、それともウチのアスタレス様だったか。