152 ブランドを着た魔族
私の名はバティ。
生まれは魔族。今は聖者様の営む農場で服を作っている。
最近ボロッと大金を手に入れた。
私の作った服を元上司のアスタレス様が売り出してくれるという話を貰い、試しに売ってみた。
売れた。
しかもかなりの高額で。
売却には商人を通したため相応のマージンを抜かれたが、それでもかなりの大金が私の懐に転がり込んできた。
魔王軍で働いていた頃ですら見たこともない額。
それでも私に服作りの環境をくれたのは聖者様やアスタレス様だし、素材となる布地や糸も農場で生産されたものだから、その主である聖者様にいくらかの分け前を献上しようとしたところ……。
『ここで金なんか持っても特に役に立たんし』
と固辞された。
アスタレス様も受け取ってくれないだろうし、結局は全額私の所持金となったのだが、困ったことに私自身も大金の使い道がわからない。
農場にいる限り食う寝るには困らない、って言うかヘタすりゃ王侯よりいい暮らしを満喫できる。
家族とは生き別れて音信不通。仕送りなどと殊勝なこともできない。
「じゃあどうしようか?」と本気で悩み出した時、あるアイデアが浮かんだ。
私は今、被服職人として幼い頃からの夢を叶えている真っ最中。
だからこそ夢をひた走り続けるためにマネーを使うべきだと。
この世のすべてが揃っているかに見えるこの農場に、唯一足りないもの。
それは新鮮な情報。
外の世界と隔絶されているがゆえに世の流行を掴めなくなるかも、という恐れがある。
私も、自分の衣服を世に発表する身分となった今、中心都市におけるファッションブームに敏感になっておかなければいけない。
ここは一つ、久方ぶりに魔都へと繰り出し、最先端の衣服を参考までに買い漁ろうではないか!
そのために儲けたお金を使おう!
と思って聖者様の許可をとり、行くことにしました。
懐かしき我が都、魔都へ。
ちなみに農場から魔都への移動手段は、転移魔法。
誰かに頼んで送ってもらったんじゃない。
自分で飛んだ。
魔王軍に所属していた四天王副官時代には使えなかった転移魔法だけど。使えるようになった。
ノーライフキングの先生は、ヒトにものを教えるのが超上手。
しかも生前は人族だったというのに、魔族しか使えないはずの転移魔法を教えられるというのだから本当に『偉大なり不死の王』よ。
実際に飛ぶ直前、相棒のベレナが裏切り者を見るような顔をしていたが、まあ別にいいだろう。
彼女も、そろそろ転移魔法だけじゃなくて他の個性も獲得して行かないと。
* * *
魔都外周にて管理されている転移ポイントに到着。
そこから徒歩にて魔都に入る。
ここしばらく聖者様の農場で暮らしていたのだが、ここ魔都へ戻ってきたのは何年振りかという懐かしさがある。
実際には一年ぶりにも満たないはずなのに。
それぐらい聖者様の農場での生活が濃密だったってことかな。
……たしかに普通に生きてたら一生一度もないことが、あそこでは毎日起こっている感じがする。
とりあえず到着して、まず何をしよう?
ご飯でも食べることにした。
副官時代、よく昼食に使っていた大衆食堂で、いつも食べていたメニューを頼んでみたが、正直あんまり美味しくなかった。
これは……!?
私の舌、聖者様の農場で出るご飯に慣れ過ぎている?
あそこのご飯、下手したら魔王様が食べてるものより美味しいからなあ……。
何しろ神様が絶賛するレベルだし。
……あれが当たり前と思わないように日頃から注意しないと。
頑張って……。
残さないように……。
食べ……。
うっぷ……。
……よし、見事完食。
腹も膨れたところで、主目的を果たすとするか。
魔都の最新ファッションモードを視察開始!
「……あれ? バティじゃない!?」
と思ったら、いきなり躓いた。
「やっぱりバティ! 久しぶりだけど見違えないわよ! アナタ今までどこで何してたのよ!?」
「そういうアナタは、元同僚……!?」
魔王軍所属の女軍人だった。
入隊の時期はほぼ同じで、彼女はたしか今中隊長クラスまで出世していたはず……!
しまった……!
私が軍人時代よく使っていた飯屋なら、他の魔王軍人も出入りしてて当然じゃない。
懐かしさに胸いっぱいで警戒を怠るとか。アスタレス様の副官だった頃にそんなのやってたら物理的に首が飛んでる。
無論アスタレス様の手によって。
ああ……。
私、もう骨の髄から軍人気質が抜けて、被服職人になっちゃったんだなあと実感できた。
「ちょっとこっち来なよ! ペイモス! ゴモリン! 見て見て見て! バティがいるよバティが!!」
さらなる同期さんいたぁ~。
皆で揃ってランチタイムですか。
入隊から時も経って、皆それぞれ随分出世したでしょうなのに。仲がいいなあ。
* * *
こうして私は、思わぬきっかけで旧交を温めることになった。
女軍人ヴァルファール、ペイモス、ゴモリンの三人は私同様平民出身のノンキャリア組。
才覚一つでのし上がってきた叩き上げたちだ。
「いやー、バティよかったよ生きてて。もしかしたら死んでるんじゃないかと思ってさあ……!」
「アスタレス様の副官に抜擢された時は同期の出世頭だって注目されてたのが、いきなり上官ごと都落ちでしょう? 思えばあれ以来音信不通だったよね?」
「それで上官当人が魔王妃として返り咲いたって言うのに、一緒に消えたはずの副官たちは何故か消えたまま。アンタともう一人……、なんつったっけ?」
ベレナね。
あの子は実は貴族出身だから、この集まりには関わらないんだよなあ。
「とにかくアンタらの行方は軍部で噂になってて、色々説が飛び交ってるのよ」
「魔王妃となったアスタレス様の密命を受けて暗躍しているとか。アスタレス様が返り咲きを果たすまでの暗闘で横死したとか。実はアスタレス様を陥れた勢力と繋がっていて裏切り者として誅殺されたとか……!」
「みずから犠牲となって魔王妃様と魔王様の仲を取り持った説が一番ロマンチックだったよね……!」
ほぼ死亡説じゃねーですか。
まあ仕方ないか。これだけ長期間姿を現さなかったんだから、生きていないと思われても。
……さて。
当然聖者様とその農場の存在を大っぴらに話すわけにもいかないし……。だからこそ彼女らと顔を合わせたくなかったんだけれども……。
……となれば適当に誤魔化すしかないわよね。
「実際のところはね。アスタレス様が魔王妃となられた際に望んで退役させてもらったのよ。あの方が四天王でなくなった以上、副官はお役御免だし。ずっと魔王軍にいるつもりもなかったから、いい機会だって」
「ああー、そういやバティちゃん言ってたもんね。いつか退役して自分の店を出すって」
「人族に滅ぼされた故郷で服屋やってたんでしょう? 先祖代々の家業を自分も引き継ぐんだーって。じゃあ今、夢の実現をば?」
コイツら、よく覚えてるな……!
「ま、まだスタート地点に立ったって感じだけどね……!」
「すっげー! やるじゃんバティ! おめでとー!」
「そうならそうと連絡ぐらいくれればよかったのに。退役前にお別れパーティもしたかったし、お店開くんなら売り上げに協力もするよ?」
あ、ありがとう……。
でもね、売り上げに協力してもらうとしても職場は遥か隔絶された場所で。
そもそも店としての形態も取ってないと言うか。
「……あ、そうそう。服と言えばバティはもう知ってる? あるいは、もしかして知ってるから魔都に来たの?」
「え? 何が?」
「今、魔都で話題独占の新ファッションブランドよ! 偵察は大事だって魔王軍で言われてきたでしょうに! っていうか実物見る!? これよ!?」
突然、同期の一人が軍服のボタンを外し、前をはだけた。
公衆の面前でなんと破廉恥な!? ……と思ったが、彼女は軍服の下にシャツを着ていて、脱いでも何とかエロスにはならない程度に露出は抑えられていた。
ただ問題が……。
彼女が軍服の中に着こんでいたシャツは……!
私が聖者様の農場で縫い上げたものなんですけど……!?