151 再商談
吾輩はシャクス。
魔国一の商会、パンデモニウム商会を率いる者。
今日も第一魔王妃アスタレス様から呼び出しを受けた。
あの方から持ち掛けられる話には儲け話しかないので、今日もウッキウキで登城する。
「すまないが、また売り出しの仲介をしてくれないか?」
ほら来た!
極上の儲け話の匂いが来た!!
「もちろんでございます! 魔王妃様のご紹介くださる衣服はどれも超一級品ですから!!」
既にお得意様の何人かから『アスタレス魔王妃から服が出品されたら我が下へ』と予約を頂いているぐらいなのだ。
前金も貰っている。
大儲けが約束された商談に誰が躊躇するだろうか?
ゆえに吾輩は今日も即断即決であった。
「して、今回はどのような衣服でしょう? ドレスですか? 礼服ですか? 魔王妃様から提供していただける衣類ならシャツ一枚でも破格の高値が……」
「いや、実は今回服ではないのだ」
「はい?」
服じゃない?
何やら怪しい雲行きに……。
「前のオークションの話に刺激されて、自分の作ったものも売り出したいという者が幾人か声を上げてな。私が仲介することになった。まあ実際に仲介してくれるのは貴殿だが……」
「滅相もないことでございます! ……では、製作者は……?」
「ああ、服を作った者とはまた別人だ」
これは……。
また予想できない展開だな。
魔王妃様を通して売り出している衣服の製作者は、既に市場での実績を持っていて、しかもそれは大変なものだ。
素材、仕立て、デザイン、すべてが超一流で、商売としての一定の流れを作りたくブランド化を提案しようと思っているくらい。
それがここに来てまったく別人の作品?
魔王妃の紹介だから期待はできるものの。『全面的な信用は危険だ』と商人としての保身本能が警鐘を鳴らしている。
「では、その作品の制作者は……?」
「すまないが、やはり明かすわけにはいかない。しかし身元がたしかなのは保証する。魔王妃の位に懸けて」
そこまで言われて商人風情は押し黙るしかない。
「では、商品を見せていただきましょう」
「いいだろう」
魔王妃様が手元のベルを鳴らすと、別室からメイドが数人入ってきた。
彼女らが持っているのが問題のブツか?
「言い忘れたが、お前の目から見て売り物にならないと判断したら拒否してくれてかまわない。服の時もそういう約束だったしな」
そうは言うが。
魔王のお妃様からの要請を真正面から拒否することなどできるのか?
服の時は、既に魔王妃自身が何度も公の場で着用して、世間でも評判になっていたから安心して飛びつけたが……。
せめてまともに売れる代物であることを祈るばかり。
そうしてメイドが差し出した品は……。
「ほう、バッグですか?」
しかも革製。
日常使いするもので、着替えまで使用人に任せるような貴族には縁のないものかもしれないが……。
「…………ッ!?」
いや待て。
この革は……!?
「魔王妃様……! このバッグの作成者は、素材となる皮をどこから手に入れたのでしょうか……!?」
「え?」
「それも言えませんか……!? いいえ、魔王妃様の太鼓判ですので全面的に信用いたしますけれども……! これは……!」
「これは?」
「ハイドロレックスの革ではないですか!!」
ハイドロレックスは、危険度三ツ星以上の洞窟ダンジョンにしか現れない爬虫類型モンスター。
その表皮は独特の光沢と模様を持ち、元がモンスターだけに強度も一級、さらに水棲なので湿気にも強いという完璧素材。
しかし三ツ星以上の洞窟ダンジョン自体が希少である上に、そこに出没するモンスターともあれば強さも極上。
狩りに行く兵士への危険手当も含めて、入手だけでも膨大な費用が掛かるはずだ。
「あーあー、あれな。私も四天王時代に何度か戦ったことがある」
不遜ながら、魔王妃様の思い出話につき合う余裕が今の吾輩にはなかった。
ハイドロレックス革のバッグ。
素材だけでも超一級だが、作りもなかなかにしっかりしている。
革のなめし方も、扱いをよく知る者の仕事だということが一目でわかるほどに完璧。しかも丁寧。
縫い目は……、魔王妃様が提供してくださっている服のそれとまったく同じだ!?
等間隔で直線。
同じ職人の仕事か?
しかし魔王妃様は別人の作と言っていたし……。
興味は尽きないが、バッグの他にも次々革製品が出てきて、考える暇も与えてくれない。
「こちらは手袋……! こちらは外套……! いずれも強力なモンスターの革とお見受けします。これだけの素材を集めるのに、一体何人が命を落としたのか……!?」
「多分誰も死んでないと思うけど……?」
これ一つ市場に出しただけでとんでもない値が付きますぞ。
むしろ価値が高すぎて売りに出すのが心配になってきた……!
「じゃあ次の品物を……」
「ええッ!? まだあるのですか!? ちょっと待って! 思考が追いついていません! せめてもう少しだけ考えをまとめる時間を……!」
「あとでまとめてじっくり考えればいいだろう。次の品物はガラス細工なんだが……」
ガラス細工?
そう言って出てきたグラスや皿や工芸品。
……おい。
魔王妃様、冗談も休み休み仰ってくださいませ。
これのどこがガラス細工なのですか?
この透明感、不純物がまったくないと見ていいが、そんなガラスがありえますか?
むしろ水晶でしょう。
え?
こんな精巧かつ複雑な細工をしてある水晶!?
「どれだけの値打ちになるんですか!? この小さいの一つで城が建ちますよ!?」
「いや、本当にガラスなんだって。その証拠に、こうして叩くと……」
パリーン。
「ぎゃああああああああああッッ!?」
「ほら、簡単に割れるだろう? 大丈夫、今のは失敗作とのことで、ガラス製だと信じて貰えない場合は割っていいとあらかじめ許可を……」
「ぎゃあああああああッッ!? ぎゃあああああああッッ!? ぎゃあああああああああッッ!?」
「あの……!?」
なんてことを! なんてことを!?
今のが失敗作!?
そんなことありますかいな!?
あれ一つで魔都の平均月収何ヶ月分になることか!?
わかりました!
買い取ります!
これらの品物全部、我が商会で買い取らせていただきますううううううッッ!?