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150 エルフ職人魂

 金剛カイコが品質を落としてくれた絹糸は、俺が元いた世界における通常の絹とまあ同等ぐらいの品質だった。


 ただ元来絹自体が高級品なので、それでも立派に商品価値は高い。

 絹はとってもいいものなのだ。


 バティは早速、通常絹で市場流通用の衣服をいくらか拵えてアスタレスさん経由で売りに出したところ、すぐさま売れた。

 生地の質を落としてあるとあらかじめ断った上での即完売だったそうだ。


 バティは追加注文を受けて、せっせと作業に勤しんでいる。

 被服室から常に、ミシンのダダダッ、という音が途切れない。

 まあ、ここでの服生産に支障が出ない限りは好きにさせてあげるとしよう。


 それで今回のエピソードは一段落かな? と思ったら、すぐさま新たな山がやって来た。


              *    *    *


「私たちの作品も売り出したいです」


 エルフたちから嘆願が出た。

 どうやらバティの服が世間から高評価を得るのが羨ましくなったらしい。


「……いやキミら、『元』とはいえ盗賊だろ? アウトローが承認欲求を求めてどうするんだ?」

「それは昔の話です。今の我々は、農場でモノ作りに勤しむ作業員。自分の手掛けたものを、もっと多くの人に触れてほしいのは職人として当然の願いです」


 陶器班、班長エルロン。

 革製品班、班長マエルガ。

 木工班、班長ミエラル。

 ガラス細工班、班長ポーエル。


 エルフチームが作成品目によって小分けしている小班の班長、全員による嘆願なので無碍にするわけにもいかない。

 慎重に言葉を選びつつ、言う。


「……一応ウチはね、自給自足を目指していて。自分たちの使う分を最優先というか……!」

「その点ならば問題ない。農場で使う食器類や日用品は既に行き渡りつつある。このペースなら程なく私たちの仕事はなくなるだろう」


 マジですか?


「その穴を埋めるためにも是非、外の世界へ売り込みを!」

「見てください! この私の力作を!!」


 木工細工を担当するミエラル班長が割って入った。

 彼女たちは、木彫りのお椀や弓矢、その他イスやテーブルや箪笥など木製家具を作ってくれているのだが……。

 彼女が俺の前に差し出す力作の数々。


「……私が趣味で作った木神像です!!」


 うん。

 見ればわかる。


 多分、木材をノミか彫刻刀かで彫り出して人の形に整えた……。像だよなあ。

 神像というからには、神を模して造られた像ということだろう。

 まるで、本当の神であるかのようなリアル感があった。


 それもそうだ。


 だってこの前、他でもないその神が大挙してウチの農場を訪れたのだから。

 それをモデルにすれば本物そっくりな神の像が出来上がるわ!!


「自分でもかなりいい出来だと思うんですけど、この農場の中じゃ神像なんて需要ないんです! あるわけないんです!」


 さもありなん。


「だから魔国へと運んで、これを必要としてくれる人の手に。どうかお願いします!! お願いです!!」


 言わんとしていることはわかるが……。

 たしかにこんな神像並べられて農場内で変な宗教でも始められたら困るしなあ。


「ベレナ」

「はい、何でしょう?」


 傍らに控える魔族娘ベレナに尋ねる。


「こういう神様の像って、魔族社会ではどんな扱いになるの?」

「基本的に美術品として取引されるかと。無論魔国では冥神ハデス様とその眷族神を信仰しますが、特に偶像崇拝する習慣はありませんし」


 なるほど。


「主題によっては海神や天神の像も制作され、売買されることがあります。大抵は個人がコレクションにしたり、美術館に所蔵されて権威付けされるかですね」


 よくわかった。

 ベレナは普段無個性で悩んでいる割に、こういうタイミングで見事なアドバイザーを務めてくれて助かるんだが。


 その点指摘してあげたいところだが、今はエルフたちと話し合うのが先か。


「聖者様、私からもお願いいたします」


 革製品担当のマエルガ班長も乗り出す。

 彼女はエルフ盗賊団時代の副頭目でもあった。


「聖者様が要望を聞き入れて下さり、我が班にもミシンが導入されてから革製品の生産力が格段に上がっています。ここは次なるステップに上がるためにも、一部の品物を市場に回す許可を!」

「待てマエルガ!」


 そこへ陶器班長エルロンが乱入。

 彼女はかつてエルフ盗賊団を率いていた頭目なので、いわば旧ナンバーワン、ナンバーツーのガチンコ対決だ。


「……マエルガ。お前の班は既にミシンとやらの導入を叶えて貰って、お願いを一つ消費してるじゃないか? その上でさらにお願い事とは何たる卑しんぼ! 『雷雨の石削り団』副頭目としてのプライドはどこへ行った!?」

「今の私は、聖者様の農場で革製品作りを指揮する者の班長。そちらの責任が優先されます。私はみずからの欲望のためでなく農場によかれと思うことを実行するのみ。ミシンによる作業の効率化も、外に売り出し利益を得ることも、農場のプラスになるはずです」

「ぐぬううぅ~ッ!? さすが冷静な副頭目、弁が立つ!」


 果たしてそうだろうか?

 俺、革製品班用のミシンを追加作成するのにマエルガから超追い立てられた記憶があるんだけど?


「と、とにかく、外に売り出してもらうのは我が班の陶器類が先だ! 革製品班はミシンの分で一番最後だ!」

「いいえ、陶器よりも革製品の方が便利で需要があるはずです。より多くの利益を見込める我が班の作品を真っ先に」

「何を貴様あああああッッ!?」


 断金の交わりと言われたエルフ盗賊団頭目と副頭目の仲に亀裂が!?

 そこまで人間関係を狂わせるものなの!? モノ作りに懸ける職人魂って!?


「落ち着いてください! 先輩たち!!」


 最後に声を張り上げたのは、ガラス細工班班長ポーエル。

 エルフ盗賊団時代は特に役割のない下っ端だったのが、我が農場に入って一気に班長クラスへ駆け登る。

 才覚に満ち溢れた有望の若手だ。


「皆さん、自分の考えばかり押し付けてはダメです。この農場のトップは聖者様。この農場のすべては聖者様のもの! 私たちの考えよりも何より聖者様の考えが優先されるべきです!!」


 よく言ってくれた!

 たしかにそう、だからこそ俺の意見を聞いてね……!


「だからこそ我がガラス細工班が優先されるべきです! 聖者様にもっとも愛されている、この私の班が!!」


 あれ?

 唐突に身に覚えのないことを言われて身がすくんだ。


 ポーエルが振り向きざま、「どうですか!?」とばかりにキメ顔を送ってくる。

その瞳の奥にハートマークが灯っていた。

 怖い。


 あれ?

 そう言えばポーエルって、他の班長より製品チェックで俺のところに来る頻度が多い。

 その際にやたら距離が近かったというか、肌を接してくるというか、スキンシップ過剰というか、肌もやたら露出が高かったような?


 ……あれ!?


 ガシッ、と何かが何かを掴む音。

 見るとポーエルの頭部が、何者かによって鷲掴みにされていた。


 その何者かというのが、我が妻プラティ。

 今までいなかったのに、いつの間に!?


「おおおおおおお……! 奥様……!?」

「面白いことほざきやがったわね……? 誰が、誰から、もっとも愛されてるって?」


 プラティが怖い。

 顔は笑っているけど、まあ怖い。


「旦那様、この子を借りていい? ちょっとサシで話し合わないといけないようだから」

「ノープロブレム!」


 俺は答えた。

 ポーエルにとっては問題しかなさそうだけど。


 とにかくプラティによってズルズル引きずられていくポーエルの姿を見送り、これ以上売り出しの話を続けようという気分の者は誰もいなかった。


              *    *    *


 最後に、最初の神像の話に戻る。

 ミエラル作の木神像はけっこうな数があって、こないだ訪れた神々の分だけあるのかと思ったらそうでもなかった。

 それ以上あった。


「先生の木像がある!?」


 ノーライフキングの先生の。

 神々の像の中に自然に紛れ込んでいてまったく気づかなかったわ。

 違和感なさすぎる。


「あの御方も神の領域に片足突っ込んでますし」


 ミエラルがぬけぬけと……。


「これも、売る気……?」

「はい、自信作です」


 肖像権に問題がありそうだ。あとで本人に許可を取ろう。


「……ん、俺の木像まであるじゃないかッ!?」

「何か問題でも?」

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