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149 デチューン

「お前、オルバのこと好きだろう?」


 魔王妃アスタレスさんが訪ねてくるなり恋バナをしていた。

 それを聞いてバティが大慌て。


「なななななななッ! 何を言っておいでですか!? いった!? 指先に針刺さった! アスタレス様が変なこと言うから手元が狂ったじゃないですか!?」

「お前、今手縫いしていないだろう」


 こないだ持ち出したバティ作の衣服が売れたとかで、その代金を持ってこられたのだが、山のような金貨が積まれて俺も傍から見ていて驚いた。

 袋に詰めて鈍器にできるレベル。


 ――『商会からの支払証明書もあるぞ。ビタ一文チョロまかしていないのでしっかりたしかめろ』

 ――『アスタレス様相手にそんなこと疑わないですよ……』


 というやり取りからの唐突な恋バナ。

 往年の四天王アスタレスの切れ味は、既婚者となろうと衰えない?


「何? バティって恋人いたの?」


 そして俺も、恋バナの甘酸っぱい空気に吸い寄せられてしまう。


「別の四天王の副官を務めていて、要はバティと同格に当たります。任務中に二人でよく話しているのを見かけましたので……」

「あれは! 同輩としてアドバイスしてやってただけですよ! アイツ貴族のお坊ちゃまなせいか色々抜けてるものですから! 上官の間抜けで兵士が死んだら可哀相でしょう!?」

「その割には結構楽しそうに話していたではないか」

「それはアスタレス様が見た目に似合わず恋愛脳だからですよ!!」

「誰が『見た目に似合わず』だと?」


 バティは割と怖いものを知らない。


「それに魔都に売り出す商品の中に混じっていた鎧下。あれ確実に彼のために縫ったものだろう? 不思議とサイズがピッタリだったそうだしな」

「売ったんですか!? オルバに!?」

「出入りの商人から彼の母親にお買い上げいただいたということだ。それだけの手を経由すれば、さすがにお前が作り手だとは気づくまい」

「アイツ、マザコンだから大事に着そう……!」

「で、その件で面白い話があるのだがな……」


 アスタレスさんがした話は、そのオルバとかいうバティの恋人さんがレッサードラゴンなるものに襲われて、あわや食い殺されるところだったという、なかなかスリリングなお話だった。

 俺も聞いてて手に汗握った。


「腹に噛みつかれた時には当人も死を覚悟したらしいのだが、意外にもドラゴンの牙は貫通せずに九死に一生を得たという」

「うへえ」


 あまりのスリルに、バティが失神していた。

 日頃はこんなに繊細な子じゃないのに。


「それってやっぱり、バティの作った服のお陰?」

「間違いないでしょうな。鎧は貫通して穴が開いていたそうですし」


 バティの作る服は、この農場で生産される金剛絹という特別な布地が使われている。

 ダンジョンから拾ってきたカイコ型モンスターが吐き出す糸。これが繊維とは思えないほどの強靭さを持っていて、そこから金剛絹と名付けられた。


「硬いとは思っていたけど、まさかドラゴンの牙すらはね返すとは……」


 俺が今着ている衣服も金剛絹製。

 もしかしたら今俺は、全身鎧で身を固めているより防御力が高いのかもしれない。


「その話を聞いて、魔王様用にも是非一着鎧下を作ってほしいと思ってバティに依頼しに来たのです。……ですが、同時にこうも思うのです」

「?」

「私は、バティの作る服が広く出回ってほしいと思って販売を進めました。しかし、その素材となる金剛絹は、世に広めるにはあまりに大層な代物です」

「たしかに」


 金属以上の強度を誇る布地なんて、一般社会から見たら完全なオーパーツだろう。


「少数ならいいのですが……。仮にバティの作った服が人の手を回り回って、よからぬ者の手に渡れば、厄介なことになりかねません」

「うーむ、アスタレスさんの言いたいことはわかった」


 要は金剛絹の流通を規制すればいいんですね。


「既に売れてしまった分は仕方ないにしても。これからは売る相手を充分に吟味して、最小限に絞っていただけると助かります」

「私もそれに賛成です」


 バティが復活した。


「私も、私の作品が売れたのは素材のお陰などと言われては本意ではありません。あくまで私自身の発想、仕立てのよさで売れてほしいと思っています!!」

「その意気だ。当然、バティの服を魔都に売り出すこと自体は継続していきたいと思っている」


 ならばすべきことは、バティ製の服を金剛絹から別の素材に切り替えることか。


「だったら、綿か麻ってことになるけど……?」


 我が農場では綿花や無毒大麻が育てられ、各繊維の材料になっている。

 さすがに日常すべての布製品を絹で賄うわけにもいかないし、やはり金剛絹は高級感がありすぎて「日常使いしにくい」という声もあるからだ。


「私に考えがあります」


 なんかバティが言い出した。


              *    *    *


 バティの言い分によれば、衣服の作成には依然として絹を使い続けたいらしい。

 彼女のクリエイターとしてのこだわりで、譲れないところはあるそうだ。


 でも金剛絹は危険物として規制対象にされてしまったし、一体どうする気だ?


「……カイコさん、カイコさん。お願いがあるのですが……」


 バティが、芋虫に語りかけます。


「アナタたちの吐き出す糸は、品質もよくてとても助かっているのですが、ちょっと良質すぎてですね、却って困ったことになってます。そこでですね……」


 金剛絹の元となる、金剛カイコたちに向かって話しかけている。


「ウチの元部下が可哀相なことになった……」


 虫と語り合うバティを見詰めて、アスタレスさんが心底悲しそうな顔をした。


「いや待って、まだ決めつけないで」


 金剛カイコは本質的にモンスターだ。

 しかも我が農場で暮らしていくうちに変異化し、金剛絹という規格外の剛性繊維を吐き出すようになった。


 それだけ進化したモンスターなら、人語を解して要望に応えることもあり得るのではないか?


 というのがバティの考えなのだ。


 うん、行けるかもしれない。

 と俺も自分に言い聞かせる。


「……というわけでですね、ちょっと、ほんのちょこっとでいいので、品質を今より落としてくれませんか? こちらとしても何というか、そう、使い分けをですね……! 当然金剛絹も、さまざまなバリエーション吐いてくれていいですし、それと並行してというか……!」


 どんどん言いわけがましい口調に……!?

 バティ、なんでそんな虫相手に下手に出てるの!?


 肝心の金剛カイコは、バティの説得を理解しているのかしていないのか……?


『ちっ』


 と舌打ちした。


「舌打ち!?」


 するの虫が!? 舌もないくせに!?

 というか、ということは理解したのバティの勧告を。その舌打ちは肯定なの否定なの!?


「やったー! ありがとうございます! ありがとうございます!!」


 狂喜して叩頭するバティ。

 お蚕部屋がよくわからない空間になっていた。


              *    *    *


 翌日。

 お蚕部屋が凄いことになっていた。


「おおーーーーッ!?」


 凄い糸の量!?

 早速金剛絹より品質の落ちた普通の絹糸を吐いてくれたのか!?


 でも量!?

 多い!?


 床が糸で埋め尽くされて見えない!


 もしやこれは、品質を百分の一に落とすことで、生産量を百倍に上げることができたってこと!?


 とりあえずゴブリンチームとエルフチームを緊急招集して機織りしましたとさ。

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