1497 ジュニアの冒険:外からの脅威
こうして僕たちは輝く人を外の世界へと見送り、プロメテウス神のスランプを解決した。
作業にノッているプロメテウス神を邪魔してもいけないと、一旦工房を出る僕。
クロノス神も一緒に出る。
『これでこの世界の構築も進む。例を言うぞジュニアよ』
素直にお礼が出るあたり、神の中では実にまともな方。
どうしてこっちの神が権力争いで負けたのだろうかと世の理不尽を思うほどだ。
『また一歩、この世界が完成に近づいたな。早くこの世界もあちらと同じように生命溢れる賑やかなものにしていきたい』
クロノス神が呟くのに、ふと疑問に思った。
何故そこまでしてこの世界に生命を殖やそうとしているのか。
神々には『生命を育まなければいけない』などという決まりでもあるのだろうか。
『いや……そうだな、私としてはヤツらがしているのを見て羨ましくなった、とでも言うかな』
ヤツら?
『我が息子のハデスとかポセイドスとかのな』
ああ。
『アイツらが支配する世界では生命が溢れ返り、しかも皆明るく笑っている。そんな幸福な世界を見ていると、私も復活したからにはダラダラ何もせず……ではなく何か有益なことをしなければと思ったのだ』
そんな勤労な。
何もしないでいることに苦痛を感じるタイプなのか。
『何しろ農耕神だからな』
農業は、働き者でなくては務まらないってことか。
ただ、クロノス神が羨ましがっていたその世界ですけれど……。
つい数十年前までは戦争が絶えなかったらしいんですがね。
そのお陰で国政も荒れて貧富の差も激しく、けっして理想的な世界からは程遠いらしかった。
それがある時期から戦争終結し、人々が助け合うようになり、憎しみ合ってきた人々が手を取り合い、政治の不正をただして、痩せ枯れた土壌も瑞々しく復活し、文化が咲き乱れた。
何がきっかけでそうなったのかは僕もよくわからないが、クロノス神は復活してから、そんなよくなった世界を見たんで余計に感銘を受けたんだろうな。
『息子どもに後れを取るわけにはいかんからな! 私もこのアトランティスに生き物たちの理想郷を生み出してくれよう!』
自信ありげに呵々と笑うクロノス神。
その表情だけでもこの世界の行く末に明るいものを感じるのだが……。
『……しかし、この世界にもいかんともしがたい問題があってだな』
えッ?
『その問題がまた襲来したようだ。残念ながら歓待は一旦中止だな。少しの間待っていてくれ』
クロノス神が何かを感じ取ったのか、迷わず一方向へ向かって駆けていく。
例の××××を刈り取った大鎌を持って。
アレは戦闘態勢!?
ちょっと何事が起きたんだ!?
慌てて後を追う僕。
そのまま黙って見送るほどボンヤリ生きてはいなかった。
クロノス神が目指す先では、青かった空が一点からどんよりと濁りだしていた。
しかもそれは暗雲立ち込めるといった雰囲気じゃない。
明確に空の色が変わりつつあった。
濁った黒色に。
……アレは空間が歪みだしているのだ。
そして穿たれた時空の穴から這い出してきたものは、時空の歪みなどより遥かに不吉なものだった。
何だアレは……!?
タコの触手のようなもの。それが何十何百と束なって連なり触手の大河のようだ。
巨大でうねって……大変失礼ながら生理的嫌悪を禁じえない。
そんなおぞましやかな光景が、この長閑な世界に降誕するなんて悪夢のように思える。
『まあ実際悪夢のようなものではあるな』
××××刈りの大鎌を振りかざして戦いのかまえをとるクロノス神。
あの触手集合体恐怖症に対して敵対の意思を露わにしているのだ。
『アレは世界の狭間をたゆたう邪神……その一部。いや邪神と呼んでいいのかどうかも疑わしい名状しがたい存在だ』
そんな恐ろしげな存在が、どうしてこんな長閑な世界に襲来してくるんですか!?
『うーむ、それはいかんともしがたい事情があってだな……』
『とぅるとぅるとぅるとぅるとぅる! くぅ~とぅるとぅるとぅるとぅるとぅるとぅるとぅるとぅるとぅるとぅる、とぅるっふっふっふっふっふぅ~んッッ!!』
何だあの特徴的な笑い声は?
『う~ん、今日だ何処に浮かんでるんだ?……あ、あそこか』
クロノス神の視線の先、あの触手の束の一部にイボみたいな出っ張りが浮かんでいた。
しかしそれは遠目だから出来モノのような点に見えていただけで、より目を凝らしてみると……。
巨大触手に張り付いている人だった。
上半身だけ露出して、他は触手の中に埋まっている風情。
何だあの、触手一体化オジサンは!?
『ゼウスだ』
へ!? 何ですってクロノス神!?
『天空の神ゼウス、かつて天界を支配した自称・神の王よ。それゆえに傲慢となり、自分以外のすべての神々から嫌われた挙句に幽閉され、それを不満に脱獄を企てた挙句、世界の狭間に巣食う邪神と遭遇し取り込まれてしまったのだ』
その邪神と言うのが……あの触手の方。
『その通り、今となってはゼウスと邪神は二つで一つ。それでこうして新しくできたこの世界にちょっかいをかけてきておるのよ』
『くぅ~っとぅるとぅるとぅるとぅるとぅるとぅるとぅるとぅる!! ふっふっふっふっふぅ~!!』
面妖な笑い声をあげるゼウス神というか邪神の一部。
そういえば噂を聞いたことがあった。
天界でヘルメス神やベラスアレス神やヘパイストス神が、やたらダメオヤジがいたと、アイツだけはどうしようもないと。
初見の僕が一目見てわかるレベルの極限級のどうしようもなさが伝わってきた。
『るっふっふ~! 他人の幸福が恨めしい! ヒトの不幸は蜜より甘い! 幸せな家庭は壊したい! すべての恋愛にNTR推奨! 無論竿役は余以外に認めない!』
超ド級にクズな発言しかしてこない。
これが神の所業と言うのだろうか。ハデス神やクロノス神のお陰で持ち直した神のイメージが一気に降下していく。
『ゼウスは元々クズなヤツだが、邪神に取り込まれて知性というものがなくなったな。もはやゼウスなのか邪神なのかの区別もつかん』
とクロノス神が油断なく言う。
『まあ、それでもゼウスのヤツが面影を残しているのは、それだけあやつが元々クズだったからというのもあろう。酷いヤツが酷いヤツになり果てても、目に見えて変化はない』
『ゼンブの男は余から托卵された子どもを育てていればいいんじゃああああああッッ! アムピトリュオンとかテュンダレオスみたいになあああああッッ!!』
何というクズ迷彩。
これでゼウスがちょっとちゃんとした神だったらば、変わり果てた姿に衝撃を受け、心が痛んだりもしたんだろうが。
し、しかしそんな邪神と一体化したゼウスが何故、この世界に?
『無論、この世界を攻め滅ぼすために』
なんで!?
『さあ、それこそ悪党の心理を知ることは真っ当な者には難しい。特にヤツと融合した邪神は我々とはまったく異なる道理で動いていることだしな』
他世界を襲いにくるのは、ゼウス神のヒトのものを欲しがるあさましさからか、それとも邪心の理解を越えた浸食本能からか。
判断も難しい。
『しかし!』
クロノス神が大鎌を振り上げる。
『何人、何神であろうとこの世界を脅かすモノは許さぬ! いずれこの世界を賑わせるすべての生命のために、何度来ようと討ち返してくれるわ! とうッ!!』
戦闘開始!?
颯爽跳躍し、触手の海へと挑むクロノス神の雄姿は、英雄のごとし!
『クロノス時空斬!!』
『おのれええええ! オヤジの分際で何度も余の邪魔をしおってぇえええええッッ!! 余の支配すべき世界を寄こせ! ブス以外の女もゼンブ寄こせ!』
『お前のものとなるべきものなど、この世界には存在しない! いや、いかなる世界においても存在しない!!』
激しくぶつかり合う神と邪神。
しかし実力的にはまだクロノス神が上らしい。しばらく打ち合いをしていたらドンドン邪神の方が押されていき、時空の穴へ押し込まれていった。
『おのれ父上め敗者の分際で! 覚えておれよ、この世界はいつか必ず余のものとなるのだ! お前の女は余のもの! すべての女は余のものぉおおおおッッ!!』
考えうる限り最低のセリフを吐きながら、ゼイスin邪神は自分の出てきた時空の穴へと逃げ落ちていった。
ふぃー、と一息つくクロノス神。
安全を確信してか大鎌を収める。
『また取り逃したか、今日もまた無事に済んだが、きっとまた来るだろうな』
ということはクロノス神は、何度もこんな防衛戦を繰り広げているんですか?
『不本意ながらな。ゼウスは元から所有欲、支配欲、あと色欲が凄まじい神だった。それに邪神融合でSAN値が消失し、自制心もないままに暴れ回るのみ。諦めることは絶対にないだろう』
大変なヤツに目をつけられたってことだな。
来るたびにクロノス神が防衛しているが、そんなのが永遠に繰り返されるとなると、この世界にしては相当なリスクだ。
これから生命が生まれ殖えていけば、不安は益々膨らんでいく。
このままにはしておけない。
僕に何かできることはないだろうか?







