1491 ジュニアの冒険:海神の贈り物
『まぁーこれが最後のその先の晩餐に捧げられるリヴァイアサンの肉! しかも大トロ! 口の中で蕩けていくわぁ!』
『蟹もさすが高級食材! こんなに贅沢に盛り込むなんて海の宝石箱こと海鮮丼の名は伊達じゃないわねえ!』
アンフィトルテ女神とメドゥーサ女神が、喜びと共に海鮮丼を掻きこんでいく。
……美味しそうだなあ、羨ましいなあ。
しかし理性で食欲を抑え込め。アレに手を出すのは破滅への一本道。
ヨモツヘグイをしてしまったら、現世に帰れなくなってしまうから!
異界の食べ物を口に入れてしまったら、その世界の住人となってしまい出ることができなくなってしまう。それがヨモツヘグイの概要だ。
これまで天界、冥界と同じような危機に陥ったことが何回もあるので、もう対処には慣れた。
要は神界にいる間は一切何も食べない。
だからと言って食欲自体は消し去れるものじゃないけれどな。
しかし本当に美味そうに食べなさる。
現世に戻ったら絶対に海鮮丼を食べる。出立地が楽園島だったから海にも近いし、近辺にお店がなかったら、自分で“獲ったどー”して食材を集めて作る。
すべてを自分の好みで揃えたマイ海鮮丼……想像しただけで美味しそうだ。
『うごぉおおおおおんッ!! 我が最高のおもてなし計画がぁああああッ!!』
その一方でポセイドス神が悔しさに悶え回っていた。
『美味しい料理が最高のおもてなし! 聖者から学んだことをその息子に返そうと思ったのに思わぬ障害がぁあああッ!? なんだよヨモツヘグイって誰が決めたんだ!?』
『ハデスさんじゃないかしら。アレを利用してお嫁さんゲットしたようなものだしねえ』
『尋常ならざる執念! だから嫁一筋なヤツは嫌なんだ!』
『浮気者よりはマシよ?』
引き続き神の海鮮丼に舌鼓を打つ女神たち。
……あの、このまま美味しい食事シーンを見せられるぐらいなら、どこかに移動してもいいですかね?
『うわぁああああん! 全然おもてなしになってないぃいいいいッ! むしろ賓客にひもじい思いさせてるぅううううう!!』
『うーん、さすがに醤油は聖者さんのところのお土産ねえ』『これだけコクのある醤油を製造するにはオケアノスの技術ではまだ無理ですね』
農場製の醤油は、パッファおばさんから研究室を引き継いだ『熟成の魔女』ヘッケリィおねさんが、素材の厳選を重ねて作り上げた高級醤油。
さぞかし海鮮と合うことだろう。
……。
だから益々腹が鳴るんですが。
『……まだだ。このポセイドス、七つの海を支配し、すべての潮流気候を司る。この私がおもてなしに失敗することなどあり得んのだよ!!』
逆境にあってもファイトを燃やすポセイドス神。
さすがはこの世界に在る三体の主神のうちの一つ……って讃えていいのだろうか。
『こうなれば最終手段に出る! この歓待の一番最後に披露するつもりだった、切り札をな!』
『えー?』『また変なものじゃありませんわよね?』
妻神たちもいい加減ポセイドス神の要領悪さに気づいてか、不審を露わにしだした。
『そんな大それたこと言って……大丈夫なの? また空回りで拍子抜けにならない?』
『ポセイドス様、波に逆らって舟をこいでも進まないのですよ』
いやまったく信用を置いていなかったこの妻神たち。
『ええい少しは夫を信用せいよ! 大丈夫だ! これならば聖者の息子も泣いて喜び、海神信仰を固くしてくれるはずだ!!』
そこまで?
しれっと信者に取り込もうとするんですね神。却って警戒が上がりますけれども?
『では聖者の息子よ! この海神ポセイドスが直々に祝福を与えて進ぜよう!!』
祝福?
『加護とか天恵とか言い換えてもいいがな。要するに神の力を分け与えようというのだ、汝にな!』
『まあ、いいのダーリン?』
アンフィトルテ女神が心配げに夫神へ尋ねる。
『たしかこのジュニアちゃんが生まれてすぐの時に、生誕祝いのていで贈ろうとした時も拒否されたじゃない。聖者さんから徹底的に』
そうなの!?
僕自身には物心がつかなくて覚えがないが、そんなことが過去起きていたとしても不思議じゃないと思えるのが悲しい。
しかし一点のみ不審に思えるのが聖者……つまり僕の父さんが贈り物を拒否したということだ。
父さんは人間ができているから、ヒトの贈り物を無下にするようなことはしないと思うんだが。
神々から贈られてきたものがよほどマズいものだったとか……?
『そうよなあ聖者の息子よ、汝の生誕祝いに“七つの海の支配権”を贈ろうとしたのだが、聖者から止められてしまってなあ』
父さんが正しかった!!
生まれて間もない赤子になんてもの背負わせようとするんだ神!!
これが人の運命を弄ぶ神の所業! そんな大それたものから父さんは我が子を守ったんだな!
『ええー? そこまで大仰なものかな? ハデスのヤツなんぞ不老不死を与えようとしていたぞ?』
もっとヤバいヤツもいたッ!!
さっきまで褒めちぎられていたというのにハデス神。やはり神は神というところで現世の感覚とズレたところがある。
生まれたばかりのゼロ歳児に不老不死与えられたところで嬉しいものか!?
その場合どうなるの? 赤ちゃんのまま成長しないのか!?
僕って生まれた直後にそんなドエライ人生の岐路に立っていたのか!?
守ってくれた父さん本当にセンキュー!
『今にして思えば私も行き過ぎがあったと反省している。聖者の一族は揃って慎み深いようだからな』
と述懐風に言うポセイドス神。
いや慎み深いんじゃなくて、人一人が大過なく日々をお送るのに過ぎたるは及ばざるがごとしということだ。
『だからこそ此度は反省を活かし、聖者やその息子が喜ぶものを贈るとしたのだ。それが我が加護、祝福だ』
『七つの海の支配権に比べればシンプルになりましたわねえ』
『そこが狙いよ。シンプルに祝福としておけば派手さも大仰さもない。慎み深い聖者も文句言うまいて』
僕自身の文句については?
『聖者の妻はアンフィトルテ、そなたの祝福を得ているだろう? それに対して聖者はなにも文句を言わないから益々確実というわけよ』
聖者の妻……僕の母プラティのこと。
母さんは海母神アンフィトルテから祝福を得て僕を生んだという。
そこまで考えに加えてから判断を下したとするなら、今回のポセイドス神いつもより頭を使いまくっていませんか。
『ふふふふふふふふ……ついにだ。ついに我が祝福を得る者が地上に現れることとなった。思えば他の神々はガンガン祝福しているというのに私だけ、その機会を得られなかった』
なんかブツブツ言い始めた。
『アンフィトルテは聖者の妻に、メドゥーサは人魚族の妃に。さらにハデスのヤツは自分の眷属の王に祝福を与え、皆が皆現世の者たちに関わっている。私だけ仲間八ズレではないか!』
仲間外れって。
言い方。
『本当は聖者にこそ我が祝福を与えて自慢したかったのに。もう既に天界の鍛冶神のギフトが与えられているなんてなんだよ!? ズルいだろうそんなに早く目をつけているなんて!!』
そう言われましても……。
造形神ヘパイストスのギフトがあったからこそ父さんは生き延びられて主神にも認められるぐらいになったんだしな。
あとポセイドス神がこんなにも悔しがっているのは、神々に定められた掟のせいだろう。
――『神はさらなるものを人に与えてはならない』。
それは一個の神に留まらない。この世界の神が誰かに何かを与えたならば、他のすべての神ももう同じ人物に重ねて与えることはできなくなる。
天地のバランスを崩さないためにとすべての神が取り交わした約束だという。
この掟の拘束力は非常に高く、自分勝手と評判なゼウス神ですら破ることができなかったという。
父さんが既にヘパイストス神からのギフトを持っている以上、ポセイドス神は父さんに加護を与えられないというわけだ。
残念無念また来年。
『しかぁし!! まだ誰にも祝福を受けていない聖者の息子ならば、祝福を与えるのは簡単! いずれ聖者のあとを継ぎ、歴史に名を残すであろう彼に祝福を与えれば我が名も守護神として大いに轟き渡る! 海神ポセイドスの偉大さを改めて知らしめられるだろう!! わははははははははは!!』
そんな野望を胸に秘めていたのですかポセイドス神。
僕へのおもてなしとか言いながら下心満載ではないか。
『聖者の息子も満足! 私も満足! これぞwin-win-winというヤツぞははははははは!』
Winが一個多い!
いやそれよりも……。
「僕もう神様から貰ってますが」
『へ?』
天界へ行ったとき、ヘパイストス神から何の変哲もない腕輪を一つ。
こういうことがあった時のために先んじて神の恩恵に与る権利を消費しておいたのだ。
僕にはもう『究極の担い手』という父さんのギフトに匹敵する能力が先天的にあるから、これ以上は貰いすぎという判断だ。
欲張りには破滅的な未来しかないというのは、どんな物語にも出てくる教訓だ。
というわけでポセイドス神の祝福は受け取れません。
気持ちだけ受け取らせていただきます。
ごめんあそばせ。
『…………』
ポセイドス神は、しばらく呆然としたあと……。
『やだー! やだやだやだやだやだやだ!! どうして私の計画がやることなすこと上手くいかないんだーッ!?』
ショックのあまり幼児退行を起こした。
オケアネスの海の上を駄々っ子よろしく転がっていく。
『ゼウスのところの鍛冶神め! ことごとく私の邪魔をしてくれるとは! 今度サーフィンに付き合わせてやる!!』
それインドアの陰キャには一番の罰ゲーム!?
やめてあげてくださいまし!







