1487 ジュニアの冒険:ニライカナイ
『ふははははははは!! ふぉーっほっほっほっほっほ! ぶへへへへへへへへッ!! はらはらはらはらはらはらはらッ!! ヤハハハハハハハハハハ! キーシシシシシシシシシシ!! ゼハハハハハハハハハ!!』
笑ってる笑ってる。
ポセイドス神凄い笑ってる。
笑いダケでも食ったのか? って思うほど豪華な笑い方だ。何かが決壊したのかと心配になってしまう。
『よくぞ来た! よくぞ来たぞ聖者の息子よ! ついに我が神界にも聖者の息子が! これで我が世も安泰じゃぁああああああッッ!』
そんな“一家に一台”みたいな扱いされても僕を。
『何を言う! 汝がここに来るまで何度、ハデスから自慢されたことか!「我が冥府に聖者の息子が遊びに来てくれてなー」「たくさんのもてなしによろこんでくれてなー」と、どれだけウザかったことか!!』
まさしく神らしい大人げのなさ。
彼らには世界の統括者に相応しい落ち着きというものを得てほしいものか。
『そんなの得られるものならとっくに得ていますよ。神が何千年存在し続けられると思っているんです』
怪獣ケートスさんから冷静ながらも鋭いツッコミが飛ぶ。
『おお、我が忠実なるサイドキックモンスター、ケートスよ! 気軽に人界を行き来できなくなった私に代わってよくぞ聖者の息子を迎えに行ってくれた! デッカイ大義であったぞ!』
『私はポセイドス様に従う獣ですからアナタのご命令には迷わず従います。それだけのことです。ただ“デッカイ大義”は意味重複してますのであまりお使いにならない方がいいでしょう』
ケートスさんの冷静な指摘が飛ぶ。
『ううむそうであったか。……とにかくよく来た聖者の息子よ!!』
はい、聖者の息子です。
ケートスさんからの指摘もあんまり記憶に残ってなさそうだなあ。
『我が世界オケアノスへよくぞ参った! 我ら海神族は汝の来訪を心より歓迎するぞ!』
それはどうもありがとうございます。
とはいえ脅迫交じりに駄々こねられた結果、ここへ来る羽目になった事実は変わらないんですがね。
そして今も怖い。
何しろ大津波が……港町を丸ごと飲み込もうというぐらいのゴッツいヤツがボクらの目の前まで迫ってきているのだから生きた心地がしない。
その津波の頂点に乗っかって神のごとき威容を放っているのがポセイドス神。
ああ、“神のごとき”どころか神だった。
そんなポセイドス神の強大さを形に表したような大津波だが、これが今にも僕らを飲み込みそうで飲み込まない。
何故かっていうと、僕らの鼻先でピッタと止まっているからだ。
物理的にはこんなのありえない。
しかし災害レベルの大水流が、位置エネルギーを最大にしたまま時を止めたかのように僕らの真ん前で静止しているのである。
大津波は、今にも僕とケートスさんを飲み込んで木っ端のごとく押し流そう……という寸前で静止している。
『いつでも殺せるぞと』と無言で示されているかのようで、精神的圧迫が滅茶苦茶強い。
『さっさと殺せー!』と叫びたくなってしまう。
『さっさと殺せー!!』
あッ、ケートスさんの方が先に辛抱が切れた。
そうだよな、大怪獣だってこの大津波の前では木の葉も同然だしな怖いよな。
それを受けて津波の上のポセイドス神は……。
『おや失敬、海神の偉大さを示すための演出であったが少々脅しすぎてしまったようだな』
彼がパチンと指を鳴らすと、大津波は前方を押し流すことなく、その場で静かに収まり、平面な海原へと戻っていった。
間近にいた僕たちに何の影響もなかった。
静と動、どちらでも思うがままに海流を……いや海そのものを操ることができる。
これが大海原の支配者ポセイドスの神威。
収まった津波と共に降りてきて、やっと僕らと目線が同じになった。
『かっはっは! 重畳重畳!』
いや重畳じゃないんですわ。
この海の神界オケアノス、海しかないだけに何でもやることが豪快すぎる。
『驚いたであろう。オケアノスは海神による海神のための神界。よってあるのは海だけで、それゆえに海神族のパワーは数倍に、他の神種族は数分の一にパワーを落とす。我らのホームグラウンドなのだ!』
自慢げに言うポセイドス神。
え? マジに海しかないんですか?
僕もビビり倒してどこかの陸地で落ち着きたいのですが?
『陸地? そんなものはないぞ、何しろ海の神界だからな。休みたければその辺の海の上で休むがよい』
海で休め。
なかなか聞いたことのないパワーワードだな。
『聖者のところでも“風呂”とか言って水中でリラックスするではないか、あれと同じものだと思うがよい』
いや風呂と海はだいぶ違うものだと思うけどなあ。
『海=風呂、それはつまり海こそが人類のわだかまりを溶かし安寧へと導く根源であるということ。やはり三界神でもっとも人を思いやれるのは我ら海神族ということよ。聖者の息子が訪ねて来てくれたことでも事実は明らか!』
いや、だからここに来たのは強引な招待を受けたからで……。
……もういいか。
『しかし、それで満足する海神ポセイドスではない! これからこの神海オケアノスと、私が率いる海神族の素晴らしさをドンドンアピールしていこうではないか! そして聖者の息子に、海神族こそ最高の神だと認識を持って帰っていただくのだ!』
ちゃんと帰らせる気はあるんだ。
そこにひとまず胸を撫で下ろす。
『では聖者の息子への歓迎第一弾だ!』
依然として声を弾ませるポセイドス神。
『まずは海神族の顔ぶれを覚えてもらうことだな! 海神ポセイドスのイカれたファミリーを紹介していこう!!』
『イカしたファミリー、ですよね?』
ケートスさんがイチイチ的確に修正してくれる。
『カモン、マイワイフズ!!』
『『はーい』』
ウズモモモモモモ……と海面が盛り上がって、ポセイドス神の右隣と左隣に、それぞれ人影が浮かび上がっていく。
海面から浮かんできたのは、いずれも言葉に尽くしがたい絶世の美女。
『我が妻神アンフィトルテと、同じく妻神メドゥーサだ!!』
ポセイドス神を挟んで並び立つ二女神。
一方は朝焼けを照り返す海面のように輝く橙色の髪の女神で、もう一方は宵闇の海のように真っ暗な黒髪の女神。
しかしどちらも神聖で、気品に満ちた佇まいだ。
『アナタが……プラティの息子ね』
左右の女神のうちの一方が、僕へ向かって呼び掛けた。
『血と魂の繋がりを感じるわ。あの日、アタシの加護を受けたプラティの頑張りが実を結び、この海母神アンフィトルテの前に現れたのね』
感極まった口ぶりで言うのは、二女神のうち暁の髪色を持った女神の方だ。
『この海母神アンフィトルテは、聖者の妻に加護を与えていたな。かつて聖者夫婦が子宝について悩んでいた時、アンフィトルテが助言を与えながらたゆまぬ努力の末に、ついに子宝を授かったという』
『そして生まれたのがアナタですよ』
なんと!?
そんなみずからの誕生秘話をここで聞くことになろうとは!?
僕の母プラティは人魚族。この体の半分に、この海神ポセイドスと海母神アンフィトルテの系譜が流れていると実感させられる。
『アナタがこの世に生を受けたのは、アナタの両親がアナタの誕生を深く願ったからだと、いつでも忘れてはダメよ』
『そして我が妻アンフィトルテ加護があったこともな!』
神としての慈悲深さを湛えるアンフィトルテ女神。
それに便乗して図に乗っているポセイドス神。
『聖者さんの一族は、繁栄著しい様子ですわねえ』
もう一方の女神が言った。
アンフィトルテ女神の暁の色とは対照的な、夜の海のような仄暗い黒髪。
しかし、その黒髪もそれこそ夜の海のように、星屑の輝きを映してキラキラと輝いている。
『こちらはもう一人の我が妻、海神妃の称号を冠するメドゥーサだ。彼女は、今の人魚王妃に加護を授けていたな』
『はい、彼女とは波長が合いましたので』
今の人魚王妃って……パッファおばさん!?
ウチの母さんがアンフィトルテ女神からの加護を受けて、人魚王妃であるパッファおばさんはメドゥーサ女神からの加護を受けている。
なかなかよいバランス。
『私はかつて地上の一部を治める女神でした。しかしそこへ心無い女神が現れ、暴力によって私は追われました。その時に私を迎え入れてくださったのがポセイドン様なのです』
『困っている乙女がいれば助けてあげるのが神の務め! どうだ聖者の息子よ、汝の祖神はナイスガイ・ゴッドであろう!?』
う、うん……?
ナイスガイなのか神なのかはさておくとして……。
一つ思ったことをそのまま口に出していいでしょうか?
『うん? 何かな? 海神カッコいい! とかかな?』
いや、そうではなく……。
「どうして奥さんが二人いるのかな? と」
『!?』
普通、一人の旦那さんに一人の奥さんでは?
ウチの父さん母さんもそうだし、神様はその辺りの常識違うのかなあ、って……。
『いやそれはな……強くて有能な男には、多くの女が寄り添うということで・・・…』
『うふふふふ、アナタの言うことは正しいわよジュニアちゃん』
俄かに狼狽えるポセイドス神と対照的に、二女神はニコニコ笑っていた。
意味ありげに。
『一主人に一の妻……まことに正しい理屈ね』
『そんなことが何故わからないものかしら。人よりいくらも優れているというのに、神とはおかしなもの』
二女神からの生暖かい視線がポセイドス神を捉えて離さぬ。
二神からだけに死角も生まれようがなかった。
ポセイドス神から出会い頭の笑い声は鳴りを潜めてしまった。







