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1477 ジュニアの冒険:ジュニア学びを得る

「いや、なんというか……申し訳ない」


 ここまでの話にヘンドラーおじさぁんは深々とこうべを垂れて詫びた。


「私の知らないところで妻がこのような裏工作を行っていたとは……。今からでも優勝杯を返却した方が……!」

「何を言います旦那様。どんな方法をとったとしても最終的に勝てばよかろうなのですよ!」


 臆面もなく言い放つランプアイさん。

 その一片の曇りもなくすべてが正義だというところは堂々としすぎて、逆に清々しさを感じるくらいだ。


「いや、ウチの妻は元々こういう性格なのですよ」


 ヘンドラーおじさぁんが苦笑と共に漏らす。


「ランプアイは一番最初の経歴が、人魚王宮の近衛兵でね。人魚王族の方々を護衛するのが役割でした。護衛任務というのは世間で思われるほど華々しい仕事ではありません。実際には地味で過酷、その上に一瞬も油断できません」


 たしかにそうだろうなと心の中で頷く。


 王族なんていつ何時、襲われるかわからない貴いながらも危険な身分だ。

 その王族を護る人たちはどんな時も油断できない。襲撃者にとっては昼も夜もない、むしろ標的の気が緩んでいる時こそ好機と襲ってくるのだから。


 そんな刺客を相手に、阻止する側の護衛だって品行方正ではいられない。

 卑怯卑劣も辞さずにあらゆる手段で脅かそうとしてくる敵を跳ね返すには、みずからもそれ以上に卑怯卑劣に徹しなければならないのだ!


「そんな環境を生き抜いてきた妻は、根本的に『手段選ばず』のマインドが染み込んでいましてね。かつ、みずからの主を害そうなら、どんな形であろうとも許さないというマインドの持ち主でもあります。出会った時からそうでした」


 遠い目をして言うヘンドラーおじさぁん。

 出会いの際に何かあったのか、この二人?


「嫌ですね、出会ったその日にアナタのことをボコボコにしたのはもう忘れてくださいよ」

「あえて明言を避けたのに!?」


 あったその日に自分をボコった女性と結婚!?

 凄いな、そんな出会いがあるのか?


「縁は異なものと申しますか……。そういうわけで妻の行動力はあらゆる方向に向けて遠慮会釈がないのです。まさか武泳大会でもそのバイタリティを発揮するとは……!」

「そのような行動力のバケモノのような物言いをされますが、わたくしとて良識をもって裏工作しているのですよ」


 良識あるなら裏工作はしないんだが。


「工作自体もルールにはギリギリ抵触しないよう細心の注意を払って行っています。旦那様がみずからの実力に疑問を持たぬよう、あくまで陰ながら支援するのが内助の功。よって武泳大会優勝はあくまで旦那様の実力によるもの、そこに一片の疑いの余地もありません」

「そうは言うがなあ……!?」

「ジュニア様の唐辛子に関しては、あまりにもチャンスが美味しそうだったので自然と体が動いてしまいました。アレはむしろ挑発の上手いジュニア様に非があります」


 まったくいわれない非難なのですけれど!?

 そんな自覚まったくないよ!?


「そもそもジュニア様、あの程度の裏工作に非難を上げること自体情けないことだと思いませんか?」


 なんで?

 いくらなんでもこっちに非難が向くとは夢にも思わない僕です?


「アナタは将来、聖者様のあとを継いで農場国を引っ張っていくお立場でしょう。そんなアナタがズルい? 卑怯? そんな言葉で相手を貶めるような甘えが許される世界とお思いですか、国家経営が」


 それを言われたらこっちは何も言い返せないんですが……。

 ぐうの音も出ないというヤツだ。


「国家という、人の生活のすべてが引っくるめられた形態にはあらゆる謀略が寄ってきます。いいように利用しようとする者、陥れて苦しめようとする者。そういった者どもから民を守るため、指導者は誰よりも用心深くなければなりません」


 ハイ、その通りです……。


「将来そんな重責を担う御方が、ただの競技とはいえまんまと騙し討ちに遭うなどとんでもない失態です。いつかアナタが王となり、同じように騙されて国や民に大損害を出したとしても『ズルい』『卑怯』で済ませるおつもりですか?」


 ランプアイさんの言うことが正論すぎて何も言えない。


 その通りだ。

 国を切り盛りしていくのにルールなんてない。そして人々の基本的生活に直結しているだけに駆け引きは一段とシビアだ。


 判断一つで何千人という人々の生活が一変してしまうかもしれない最中で『フェアだ』何だと言っていられない。

 むしろ事前の危険を避けるのが指導者としてのあるべき姿というのに。


 こんな小さな罠にもあえなく引っかかってしまった自分が恥ずかしい!


「みずからの迂闊さを恥じ入る気持ちがあるならばアナタは、聖者様の後継者としてより成長することができるでしょう。その気持ちを大事に抱いてこれからの道を進んでください」

「上手いことを言ってるように見えて、若いジュニア殿を屁理屈で言いくるめているだけでは?」

「そんなことはありません。ジュニア様が立派な王者となるための学びを提供しているのですよ」


 いやランプアイさんの言う通りです。

 僕はいつの日か父さんに替わって農場国を守り導いていかなくてはいけない。


 その時に今回みたいなしょうもない罠にハマって受ける損害は、そのまま国民の皆さんへと向かう。

 そんな愚かな王様ではダメだ。


 このようなしくじりは、今日限りにしないと。


「そのように重く受け止めて……。ジュニア殿は既に王者としての責任感を備えておいでなのですね」


 こっちを見てヘンドラーおじさぁんが感涙している。

 何故?


「農場国の未来は安泰……。それはそれとして、やはり私の武泳大会優勝は不実なものとして返上を……」

「だから旦那様の優勝は正当なものなのですから辞退する必要などありません。ジュニア様も納得されているではないですか」


 もしかしてランプアイさんここまでの長口上も、すべては旦那さんの優勝実績を守るため?

 かつて王族を守護っていた近衛は今、守護る対象を家族に変えてあらゆる手段を厭わない。


 しかしランプアイさんの言う通りですよ。

 僕自身、武泳大会の結果には納得していますし、ヘンドラーおじさぁんが後ろめたく感じることなどないですよ。


 むしろ武泳大会でランプアイさんから得た学びは、人魚国での一番の成果と言って過言ではないぐらいです。


「いや……それはそれでもっといい学びがあってほしいのですが……?」

「そうですよ! アロワナ陛下との会見とかもっと意義あることがあったでしょう!?」


 学びにダメ出しされた。

 なんだこの人たち。


「まあ、何にしろジュニア殿の成長の助けとなったらな人魚国として誇らしいことです。アナタは、人魚国の歴史に残る才女プラティ様の愛息子。浅からぬ縁あることをいつでも忘れないでください」

「そうです! 我が敬愛するプラティ様がお腹を痛めて生んだご長男なのです! わたくしも元近衛兵として全力でお護りしなければ!」


 その敬愛する主人の息子に唐辛子を盛ったのがアナタです。

 別に根に持っちゃいないけれど。


 しかしそんなランプアイさんの、みずからの目的を最優先にして脇目もふらない徹底さには見習うべきところがあるのかもしれない。

 旦那さんであるヘンドラーおじさぁんの社会的ポジションも相まって、これからも重要な付き合いになっていくことだろう。


「そういえば……全力で守護るで思い出しましたが」


 ランプアイさんがハタと言う。


「ジュニア様は、このあとの会見予定は立てていらっしゃるのですか?」


 何でしょうか藪から棒に。

 そりゃもう、修行のための旅ですから誰と会うかは慎重に考えて決めていますが。


 農場関係でお世話になっている人への挨拶という意味合いもありますしね。

 縁のある人には会って関係を深めておかないと。『いつも両親がお世話になっております』って。


「それではやはり……あの方にも会っていかれるのですね?」


 ランプアイさんのひそめた一言に、僕も言葉の裏にある深刻さを察する。

 心当たりの予定があった。

 ちょうどこの翌日に。


「……はい」

「やはり、そうですね、避けて通るわけにはいきません」


 僕とランプアイさんとの間で緊張感がヒシヒシ上がった。

 その間で『え? 何?』と視線を彷徨わせるヘンドラーおじさぁん。


 無理もない、この緊張感は農場で暮らしたことのある者だからこそ共有できるものだ。


 僕が、このあとに会談を予定している人は、ある意味人魚国におけるラスボスと言ってさしつかえない人。

 かつて狂乱六魔女傑とよばれた六人の魔女の中でもっとも凶悪、そしてもっとも危険と恐れられた人。


 聖者と呼び讃えられた僕の父さんですら、彼女への恐怖を禁じえなかったという。


 その名は『疫病の魔女』ガラ・ルファ。


 魔女の中で最悪最恐。

 それどころか世界中で最悪最恐とまで恐れられた女性。


「ジュニア様、もうスルーして帰国されてはいかがですか?」

「ちょッ!?」


 ランプアイさんが真顔でそう勧めるのも致し方のないことだった。


 お気遣いありがとうございます。元主人の息子を心配してくれるのは有難いのですが、避けて通れないことと思うんですよね。


 だって、あえて目を背けている間に事態が進行していたら嫌じゃないですか。

『どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!?』と言われないように。


 僕はあえて虎口へと飛び込む。

 火中の栗を拾いに行く。

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― 新着の感想 ―
マラソンでライバルランナーのドリンクに下剤を入れたら…ギルティだよねぇ
それはそれ 話が別です って精神が必要よ
他国の王族が窒息死しそうなのに助けずに追撃は、普通にアウトだと思うのだが
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