1476 ジュニアの冒険:唐辛子の真相
僕ジュニア。
ヘンドラーおじさぁん宅を引き続き訪問中。
ご迷惑なお父さんは、ランプアイさん絶妙の焼き加減によって若狭焼きにされたあと、同居中の長男さんに引き取られていった。
「オレの監視が緩かったばかりに父上を暴走させて、すまんな!」
「いいえ、兄上も早く結婚してくださいね」
速やかに去っていく長男さん。
疾きこと対馬海流のごとし。
「あの人、まだ気楽な独身生活を続けるつもりでしょうか? 殿方とはいえ適齢期もとっくに過ぎ去っているでしょうに」
「人魚騎士団長がいつまでも独り身なのは世間体がなあ。とはいえ父上を引き取ってもらった手前、こちらから強くは出れぬ」
と気遣わしげに話し合う次男夫妻。
どこの家庭にも多少の揉めごとの種は燻ぶっているらしい。
「それはともかくジュニア殿」
「はいッッッ!?」
急にこっちに振られてビビる。
「こたびの我が邸への訪問、もっと別の用件あってのこととお見受けするが、いかがかな?」
……。
さすがヘンドラーおじさぁん。見破られていたか。
武泳大会の終了直後。
このタイミングでの訪問先をここにした理由を。
「まあ察しがつかないわけではありません。何しろ私たちは武泳大会準決勝の対戦相手同士。何かしら思うところがあると素人でも気づけます」
そう改めてのことだが僕とヘンドラーおじさぁんは武泳大会にて戦った。
しかも準決勝という大した舞台でだ。
でも……アレは“戦った”と言えるのだろうか?
何しろ試合開始の合図もなく敗退してしまった僕だもの。
「ジュニア殿の退場のし方はあまりに納得しがたいものがありましたから。現場では潔く受け入れたものの、やはり思うところがあり我が邸を訪れたのではありませんか?」
ヘンドラーおじさぁん、どこからか物騒な矛を取り出す。
「かく言う私も、向こうから転がり込んできたような優勝杯を気兼ねなく受け入れられるほど老成してはいません。お望みであれば、あの場で付けられなかった決着をこの場で付けようではありませんか」
「いえ、決着つけません」
間に合ってます、大丈夫です。
武泳大会での成績自体は僕自身納得しているので。
さすがにね、ゲスト選手が優勝してしまうのは色々な面で差し障りがあると思うんですよ。
だから準決勝辺りでスッと退場できたのは却ってよかったかな、と。穏やかに収められて。
……改めて言葉に出すと、凄い傲慢に聞こえるセリフだな?
「では、どうして我が邸に訪問を?」
いた、ただ単に挨拶でお邪魔するのはいけないでしょうか?
……と言いたいところなんですが。
実は武泳大会に関する用件が、本当にあるんですよ。
一つだけ。
僕の準決勝での敗退経緯で腑に落ちないことがあるからだ。
「何かご不満でも?」
不満と言うほどでもないんですが、いうなれば疑問ってところですかね。
僕が準決勝を敗退した直接的理由は、酸素を失ったことでの窒息。
地上種族である僕が海中で戦ったらそうなるのはごく自然なことなのだけれどね。
しかし水中で呼吸するための特別アイテム、エアもずく(三倍素)で不可能が可能となっていた。
準決勝で負けたのは、そのエアもずく(三倍素)の効果切れとなる絶妙のタイミングでのことだ。
海中で酸素がなくなったら、エラ呼吸でもしない限り死ぬしかない。
というわけで僕の敗退も無理ならぬことなのだが、それでもあの準決勝の最中、今なおわからないことがある。
酸素を供給するエアもずく(三倍素)の効果が切れて直後、僕は新しいエアもずく(三倍素)を求めた。
ごく当然の行動だ。
ロウソクが燃え尽きたら、すぐに次のロウソクに火をつける。それと同じ対応だ。
エアもずく(三倍素)の製造者たる魔女のお姉さんたちに新しいエアもずく(三倍素)を投げ込んでもらったのだが……。
投げ込まれたのは何故かエアもずく(三倍素)ではなくて唐辛子だった。
唐辛子だ。
ただでさえ窒息寸前でパニック状態に陥っているというのに、そこへ唐辛子を間違えて口に入れ、広がる辛味に益々パニック。
肺の中に残っていた僅かな空気もこぼれて、その瞬間ノックダウンしてしまった。
……さて、ここまで語ったところでおかしい部分はどこでしょうか?
「最初から最後まですべてにおいておかしいと思われますが……?」
たしかに。
改めて思い返すとアホなことしかしてないな僕。
ちょっと自分の人生を見詰め直したくなってくる……。
……じゃなくて。
明らかに理解できない部分がありますよね?
『何故そこで、それが出てくる?』と言いたくなるような因果の出所がまったく不明な一点。
そう、唐辛子だ。
どうして海中からポンと唐辛子が出てくる?
唐辛子は普通、地上で栽培されて採れるものだ。海中からは生えてこない。
そんな唐辛子が海中に現れるには、何か人為的な手が加えられなければダメだ。
……そうですよね、ランプアイさん?
「何故、そこでわたくしに振るのです?」
わかりませんか?
あの時、僕へ唐辛子を投げ込んだのはランプアイさんですよね?
実際の最中は、僕も溺れてパニックだったから気づく余裕もなかったですが、あれから落ち着いて思い返せば、あの声にはたしかに聞き覚えがありました。
――『新しいエアもずくですよ!』
という。
アレは明らかに、エアもずくだと騙って唐辛子を投げ込んだ……確信的なすり替え犯がいたという証だ。
ランプアイさんは一時期、僕の母さんを手伝って農場で働いていたことがある。
その農場で生まれ育った僕は、だからこそランプアイさんの声にも聞き覚えがある。
見事に記憶が照合されるんですよ。
あれはランプアイさんの声だったと。
「フフ、見事な聴力&記憶力ですね」
すべてのトリックを探偵に解かれた犯人役のようにランプアイさんは薄く笑った。
「たしかにアナタの推測通り、あの日あの場でアナタに唐辛子を投げ入れたのはわたくしです。わたくしは『獄炎の魔女』。火炎魔法薬の素材として唐辛子は充分ストックしてあります」
そうなんですか……!?
やっぱ唐辛子ってガチで火を熾せるほど辛いってことなのか……!?
「ランプアイ、何故そのようなことを……!?」
自分の妻の暗躍を知らなかったのだろうヘンドラーおじさぁんが動揺しつつ尋ねる。
「何故、と? それは考える必要のあることですか?」
「えッ?」
反語まで使って断定的に言うランプアイさん。
「ヘンドラー様、わたくしはアナタの妻です。アナタの妻がアナタの必勝を祈願して何かおかしいことでも?」
「そのためにジュニア殿に唐辛子を食らわせたというのか!? 溺死か否かの瀬戸際で!?」
そうして言葉にすると大分酷いことしているな。
溺れる者は唐辛子をも齧る、ってか。
「全人魚の最強を決める武泳大会……、その武泳大会に優勝し頂点へ立つことアナタの妻としてこれ以上の誉れはありません。陰ながら補佐するのは当然のことでは?」
「陰ながら!? いやそう……対戦相手に唐辛子を食わせるのは陰ながらの補助に入るのか?」
判断の微妙なところだった。
言うなれば明らかな妨害行為だからな。
ルール的にも引っかかるところはあるんじゃないだろうか?
「おや『対戦相手に唐辛子を食べさせてはいけない』などというルールがあるのでしょうか?」
うぐッ!?
ランプアイさんさすがは魔女の一人。反則スレスレのラフプレーに定評のある人だ。
たしかに唐辛子食わせたぐらいで妨害行為にはならないよな。
ただ口の中が辛っからになるだけで当人に全然支障がない。
刺したり殴ったりに比べて全然平和的だ。
ただ、唐辛子を口に入れたタイミングが絶妙に巧妙だっただけで。
その当意即妙さがいかにも魔女と言えた。
「そう、わたくしはエアもずくと間違って唐辛子を投げ入れた、ただそれだけ! 誰に対しても後ろ暗いところはありません!」
堂々と胸を張って言うランプアイさんに、こっちが圧倒される気分だった。
もしかしたら『こっちが悪いのでは?』と思ってしまうぐらいに。
一点の曇りなく揺るぎない信念をもっておこなえば正しくなくても正義になる。
そんな実例を思わせるランプアイさんの開き直りだった。
……いや、それでいいのか?







