1474 閑話:聖者観戦4/4
引き続き聖者な俺です。
武泳大会もいよいよ大詰め準決勝まで進んできました。
残る試合は準決勝第一試合、第二試合。
そして決勝のみ。
観客席もフィナーレを迎えんとする興奮に熱狂冷めやらぬ……。
……わけでもない。
なんだか客席の密度が薄まったような?
「ノリトとその一派が帰ったからじゃない? アイツら応援選手が負けたらさっさと撤収しちゃうんだから」
ああ、そうか。
アイツらそこそこの規模の応援団だったから、ごっそり抜ければそれだけ寂しくなるのか。
別にそんなに急がなくても決勝戦まで見ていけばいいのに。
血の繋がったお兄ちゃんがまだ勝ち残ってるんだぞ!
「ノリトにとっちゃー、まあどうでもいいってことなんでしょうねえ。なんで長男次男あんなに微妙な仲なのか知らないけれど、思春期限定のものであってほしいわ」
そうだなあ。
なんやかんやいってノリトの才能は特殊で貴重なものだから、それでもって将来農場王になるジュニアを支えてほしいものだ。
でも今のあの二人じゃ、そんな未来も考えづらいなあ。
「まあさすがに王座を巡って骨肉ハムハムとまではいけないでしょうけれど、それにしてもノリトは我道を征く性情すぎるのよねえ、一体誰に似たんだか?」
お前だよ。
血の運命もかまわずマイロードを行くさまは、まさしく母親ソックリだよ。
「あら、それいったら変な陶酔するところは父親ソックリじゃない! まさしくアナタの子よノリトは!」
ぐふぅ!
たしかに俺はこの歳になっても中二病が抜け切れてないし……そしてノリトは中二病真っ盛りだし……。
こうしてみると両親の厄介なところばっかり継承してしまったなノリトは。
それだけに逸材なんだが。
対してジュニアは真っ直ぐに育ちすぎた。
本当に俺とプラティの子か!? ってなる。
「まあ、人としては真っ直ぐに育ってくれた方が断然いいけれど。でも真っ直ぐなだけじゃ凌げないケースも人生にはあるからねえ」
それもプラティの言う通りだ。
人格の真っ直ぐさは間違いなくジュニアの美点ではあるが、それ一つだけで何とかなるほど人生は甘くない。
彼が将来、農場国を引っ張っていく立場となるならなおさらだ。
そんな危惧を強める出来事がすぐさま起こった。
ジュニアが準決勝で敗退したのだ!?
しかもその負け方が……。
「酸素不足……!?」
やっぱり人に海中で戦えという発想自体に無理があるんだよ。
どうにかして技術で解決しようとも、技術には必ず限界がある。
その限界が今、ジュニアに噛みついてきたのだ!
「エアもずくが酸素を出し尽くしたみたいね。改良の末に酸素生産量が格段にアップしたはずなんだけど……」
どんなに持続性を増しても武泳大会を丸々カバーするには足りなかったということか。
思えば、俺が出場した時は大会中何度もエアもずくを追加していた。それを考えればたった一個で準決勝まで酸素を持たせた改良版の進化は目を見張るものと言える。
それに、俺の時ですらそうだったのだからストックは充分用意してあるんだろう?
「もちろんよ、誰かは知らないけれど運営に携わっている魔女がサポートしてくれるはず。予期せぬアクシデントに備えてエアもずくは充分以上にストックしてあるはずよ」
それならジュニアも大丈夫か。
推測通り、すぐさまジュニアへ向けて酸素の元が供給される。
「新しいエアもずくですよ!」
と言って投げ込まれた唐辛子を、ジュニアは大急ぎで確認もせずに口に入れた。
……唐辛子!?
酸素を生み出すエアもずくじゃなくてアホ辛い唐辛子が投げ込まれた!?
なんで!?
もちろん農家である俺は、もずくと唐辛子の見分けなど一目でつく。
ジュニアも農場国の跡取りとしてそうであってほしかったのだが、アイツもこんな深海で酸素を失うという極限状態で、確認する余裕はなかったらしい。
ただでさえ酸素不足の中に激辛唐辛子を口に入れたらどうなるか。
驚愕と悶絶で、ただでさえ少ない酸素を肺から絞り出して撃沈するのだった。
それはかつて、始めて参加した武泳大会決勝でエアもずくを使い果たして敗退した俺にソックリであった。
どの子も似なくていいとこばかり俺に似る。
しかし、何故エアもずくと偽って唐辛子が投げ込まれた?
当人であるジュニアはともかく、観客席から俯瞰視点で見守ってきた俺にはわかるぞ。
あの唐辛子を投げ込んだのは……。
ランプアイだ!!
ランプアイ、彼女はかついて農場で働いていた女人魚の一人で、狂乱六魔女傑の一人。
現在活躍している四魔女の前世代に当たる魔女だ。
今は結婚して第一線から退いているものの、その結婚相手が準決勝でジュニアと戦ったヘンドラーくぅん。
つまり!
あれは夫を勝たせるための場外工作なのだ!
これは卑怯!
運営に抗議しなくては!!
「待ちなさい旦那様!」
それをプラティが鋭く止めてくる。
あまりの声の鋭さにヨシタロウとザンカがビクリとしたじゃないか。
「物言い不用よ。ジュニアはヘンドラー夫妻の狡猾な罠にハマった。その事実がすべてよ」
しかし、これは互いの実力を競い合わせる武泳大会。
その中でこんな勝ち方はあまりにもスポーツマンシップに反する……。
「普通の選手ならそういうことも言えるでしょう。でもジュニアは違。あの子は将来農場国を背負うべき人材なのよ」
うう、それはそうかもだが……。
「実際あの子が農場王になった時、今みたいに思わぬ死角からあの子の足を掬おうとしてくる曲者が毎日のように現れるでしょう。その時は『反則だ!』なんて言えないのよ。すべてはジュニアの判断力と危機管理能力で凌いでいくしかないの」
プラティの言うことはもっともだ。
現実は競技よりもずっと過酷だ。明確なルールもないし、負けた時に失うものも段違いだ。
その時になって『正々堂々じゃない』などと甘える気持ちをジュニアに持たれては、後々困るってことか……。
「この敗北を『悔しい』と感じているなら、それはジュニアにとって大きな財産になるわ。これからのあの子の人生にとってね。だから不正なんかを訴えるのはジュニアから未来の財産を奪おうとするようなものよ」
そこまで言われたら俺も押し黙るしかなかった。
ジュニアが旅に出たのも将来、俺のあとを継ぐための素養を養うことが目的なのだから。
武泳大会での数回の試合を見ただけでわかる。
ジュニアは旅を経て随分と成長したことが。
経験と教訓が、たしかにジュニアを鍛えて新たなステージへ押し上げている。そのことを確信できた。
そして、俺の意識を叩き起こす出来事が、すぐまた次に起こった。
人魚王アロワナさんと、前人魚王ナーガスさんによる激戦だ。
新旧人魚王の対決カードというだけで盛り上がるのに、ナーガスさんも前世代とはいえ少しも衰えることなく剛毅な殴り合いを応酬する。
その余波が海中に広がり、観客席を脅かすほどだった。
おいおい……この衝撃観客席を守るシャボンが破れるんじゃないか!?
そしたら客席に海水が流れ込んで地上からの来客が全滅するぞ?
「大丈夫でしょう。そんなことになったら人魚国の威信に傷がつくし。運営側が必死こいて守るわよ。アイツらだって魔女とまではいかずとも優秀な魔法薬学士を抱えているでしょうし本当にヤバいとなったらパッファが出てくるわ」
そう言いつつキミは動かないんだね……。
そしてそのうちに新世代の四魔女が駆り出されて状況も何とか安定してきた。
うわ、ジュニアまで必死に働いて。
「あの子、何気に万能型だからねー。旦那様と一緒で」
しかし観客席は、自分たちにも危険が及ぶかもという考えが少しもよぎらず戦いに熱狂している。
それだけアロワナさんナーガスさん両名の名勝負だということだ。
人魚王としての誇りを懸けた一対一でのぶつかり合い。
その剥き出しの闘志とプライドに、誰もが惹かれ畏敬を払わずにはいられない。
その中でも特に目を輝かせる存在を、俺は見逃せなかった。
モビィくんだ。
アロワナさんの長男にして、いずれ人魚王の座を継ぐモビィくんが、父にして王、祖父にして前王の二人の雄姿に脳を焼かれている。
そう、アロワナさんにとってこの戦いは、ただ自分の王器を知らしめるだけでなく息子に。
人魚王とはどうあるべきか、どのように振る舞うべきかを直接伝えるものでもあった。
そして、人魚王親子の言葉を越えたコミュニケーションは俺も身につまされるものがあった。
俺もまた、子どもたちに何かを伝えるべき親の立場なのに。
俺もちゃんと伝えられているか?
今目の前のアロワナさんのように?
そう問いかけられているかのようだった。
そして戦いは、アロワナさんの勝利で終わった。
「さすがに一線退いた先代に負けるわけにはいかないでしょう。現役の威厳守ったわね兄さんも」
……。
俺は観客席から立ち上がった。
そろそろ帰ろう。
「え? ジュニアに会わなくいていいの? 試合も終わったから時間余ってるわよ」
ああ、今は会うべきでないと思った。
ジュニアが俺のあとを継ごうとたくさんの努力を重ねている最中。
俺はそのゴール地点で待ちたい。
ジュニア、俺もお前にすべてを渡すものとしての準備を進めておこう。
旅の果てでお前と再会できることを願う。







