1470 ジュニアの冒険:武泳大会閉幕
「こうして今年の武泳大会も無事終わった」
すべての戦いが終了し、アロワナおじさんが総括を述べる。
決勝戦辺りではすべての力を使い果たしてグロッキーではあったが、この短い時間で復活したようだ。
どうやって?
「私も息絶え絶えであったが、妻パッファ手製のぬか漬けを食べることで一気に勢力を取り戻せたぞ! いやぁやはりパッファの漬物はサイコーだな!」
そのぬか漬け何か入ってません?
法に触れそうなものとか?
「何言ってんだい、王家の振る舞いなんだから、それ自体が法さ」
せめて否定しろ。
「さて皆の者、今年の武泳大会はどうだったであろうか? 皆それぞれに全力を出し切り、満足な結果あるいは無念な結果様々あることと思う。かく言う私も目前で優勝を逃し、人魚王として情けないことこの上ない……」
アロワナおじさんが自省の弁を述べると同時に、観衆からフォローの声が飛ぶ。
「いいえッ、人魚王は偉大なり!」
「先代との準決勝が、実質の決勝戦でした!」
「あの激戦は、武泳大会の歴史に残りますぞ!」
「人魚王だって殴ってみせらあ!」
出場者も観戦者も、あのアロワナおじさんvsナーガスおじいちゃん世紀の一戦に脳を焼かれている感じだった。
気持ちはわかる。
僕だって脳神経を焼き切られた。
それほどに衝撃と興奮と感動を与えてくれる一戦であったし、人魚国の歴史においても大いに意味のある戦いだったと思う。
これから完璧な意味で人魚王アロワナの時代が始まるのだ。
その歴史的瞬間に立ち会えて僕も誇らしいし、その気持ちを会場の全員が共有しているに違いない。
「もっすぅ……!」
「あらダーリン、そんな寂しいこと言わないで」
次世代にすべてを渡しきったナーガスおじいちゃんも燃え尽き症候群に陥ったかのように満足げだ。
「もっすぅ!!」
「そうね、まだまだやるべきことはあるわよね」
と思った傍から情熱を取り戻していた。
この無限のモチベーションこそが人魚王家の底力。一緒に寄り添うシーラおばあちゃんも楽しげだ。
「今回は、例年にない特別ゲストも多く出場した。その中の一人、陸からの使者ジュニアくんにも感想を伺ってみよう」
ええッ!?
僕ですか!?
「初出場ながら準決勝進出という輝かしい戦績を挙げたジュニアくん。本年の総括と、来年への意気込みを語ってくれまいか」
ないよ。
今年の感想はともかく、来年への意気込みはないよ。
来年も参加する想定で話を進めないでもらえますかね!?
……あ~、しかし、まあ。
今回の武泳大会に関しても反省点は大きいですかね。
何しろ負け方がとんでもなくアレだったので……。
「なんの! 往年の聖者様とまったく同じ敗退の仕方! 親子を実感させてくれた、在りし日を髣髴とさせてくれたよ!」
人の負けざまを見て心ほんわかしないでくれますか!?
というか、そんなに鮮明に記憶に残っているなんて父さんの負けっぷり、どれだけ人魚国の歴史に深く刻まれているんだよ!?
そして新たにまた一ページ、僕の負けっぷりも刻まれた!!
「またジュニアくんは他にも名勝負を遺してくれた。中でも一回戦、シャーク将軍との死闘はこれからの武泳大会の歴史に燦然と輝くことだろう」
あッ、あの試合ですか?
僕的にはいたずらに長く続いて泥仕合だったと思うのですが……?
「なんの! 我ら人魚軍が誇るシャーク将軍と、聖者様のご長男。その対戦カードだけでも白熱だというのに。その肝心の内容は、シャーク将軍が長年温めてきた必殺技の数々を、ジュニアくんはすべて受け止めきって、その上での勝利!」
そうだねえ、シャーク将軍モチーフだけにバラエティ多彩でしたねえ。
まだまだサメネタだけで丸々一本作れるんじゃないだろうか。
「シャーク将軍もすべての引き出しを開け尽くして、敗れても満足いく戦いだっただろう。相手の全力を、みずからも全力で受け止める、その騎士道精神に則った戦いはまさしく名勝負といえよう!!」
おおおおおおおおおおおおおおッッ!!
巻き起こる歓声。
「シャーッハッハッハッハ!! オレ様もすっかり腹の中ゼンブ抜き取られちまったぜー!!」
あ、シャーク将軍。
ご本人登場。
「しかし、もうフカクは取らねえぜー! 来年までにまた負けねえほどの必殺技を用意してくるから覚悟しやがれ! ジョーッズッズッズッズッズッズ!!」
さすがにその笑い方は無理がある。
それ以前に、僕が来年も参加することを前提とした会話やめろ!
出ないぞ!
来年はもう出ないからな!!
「また飛び入りで本大会を騒がせてくれた不肖の息子……モビィについてだが……!」
「イェーイ! 今年は残念な結果になったけれど、来年こそは優勝してやるぜ!」
負けても元気なモビィくん。
その心のタフネスこそが彼の強み。
「こやつも年齢的に、来年からは正式参加となるだろう。その時は人魚王子の立場など関係ない。実力をもって叩き潰してやってくれ」
「オレの方が強かったら遠慮なく叩き潰し返すがなー!」
とモビィくん、敗れても調子のよさは相変わらず。
まったくメンタルに響いていない。これが心のタフネスか。
「しかし!」
なんかモビィくんの態度が改まる。
「今日の戦いで、オレは自分の未熟さに気づきました。父の偉大さ、人魚王という貴重な立場に伴う責任の大きさ、それらをまったく実感できていなかった己の愚かさに気づくことができました」
うわぁ急に真面目になるな。
「人魚王子モビィ・ディック、今やっと入口に立った気持ちです。これから皆が誇れる人魚王となるための困難な道のりを歩いていくことを、皆に見届けてほしいと思います」
「おおおおおおおおん!! モビィよ、こんなに立派になってぇえええええええッッ!!」
モビィくんの殊勝な態度に、感銘を受けたのはまずアロワナおじさんだった。
まあ実父たれば当然か。
感涙にむせび泣きながら我が子を抱きかかえ、頬ずりする。
「うわああああああッッ! 暑苦しいやめろ! やっぱりオヤジ、ウザい!!」
現世代の大成だけでなく、次世代への希望も示された今大会。
人魚国の人々にとってより一層意義あるものになっただろう。
「……と、色々見どころを振り返ってきたものの、やはり最後は優勝者にスポットを当てねばな。……今年の武泳大会で見事優勝の座に輝いた、我が腹心ヘンドラーだ!!」
満を持して登場するヘンドラーおじさぁん。
皆が拍手喝さいで讃える中、当人の表情は硬い。
「どうしたヘンドラー優勝だぞ? いつも真面目なお前でも今日ぐらいは欣喜雀躍狂喜乱舞してもいいではないか?」
「もちろん、栄誉あることですから心中は喜びに震えております。しかし準決勝からの勝ち筋を考えると、みずからの実力とはどうしても思えず、心から喜ぼうとしても自制心が働くのです」
たしかに。
準決勝(僕戦)では相手が勝手に溺れて戦闘不能になり、決勝戦でのアロワナおじさんは先の戦いですべてを出し切り燃え尽き症候群。
実質二連続の不戦勝からの優勝決定だものな。
「相変わらずお堅いヤツよ。どんな過程であろうと結果は結果、優勝は優勝なのだから気にせず誇ればいいのだ! さて、そんな優勝者にはもちろん豪華景品が用意されているぞ!!」
景品だって!?
一体何が!?
「まず新巻鮭丸々一本! それに生食用鮭切り身一〇kg! スモークサーモン一〇kg! 皮付き鮭とば一年分! 鮭ルイベ漬け三kg! 鮭フレーク五〇瓶分! そして、いくら二〇kgだぁーッ!!」
全部鮭じゃねーか。
何、鮭ってそんな高級魚なの!? 皆がうらやむ優勝賞品なの?
まあ、鮭美味しいしね、鮭!
「武泳大会の優勝者は、鍛錬の窮まった武の頂! その頂点に立ったヘンドラーを皆で讃えようぞ!!」
ヘンドラー! ヘンドラー! ヘンドラー! ヘンドラー!
会場全体を揺らさんが程の優勝者ヘンドラーコール。
それだけ武泳大会が、人魚族にとって重大かつ大切なイベントだということだ。
僕が生まれる前から連綿と続いてきたこの大会。
今年は終わりを告げるものの来年も、そのまた再来年も。
人魚国が続く限り武泳大会も続いて歴史を彩っていくのだろう。
僕はその歴史に立ち会えたというわけだ。
終わってみれば僕個人にとっても、なかなかに有意義な経験となった。
「さて、武泳大会が終わったら次は二次会……相撲大会へ移行だ! 皆再び奮い立とうぞ!」
ええッ!? まだ続くの!?
僕もさすがに父さんと同じこと言うわ!
もう勘弁してください!!







