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146 オークション

 吾輩は、魔国の商人シャクス。


 ついにやって来た。

 魔王妃アスタレス様よりお預かりした御召し物を大々的に売り出す当日が!!


「だからと言って……!?」


 クライアントとしてご招待に応じていただいた魔王妃様が、引き気味。


「仲介して売り捌いてほしいとは言ったが、まさかオークション形式でやるとは……!?」


 そう、オークション。


 我が商会で設定した会場には、既に満席のお客様でひしめき合っている。

 千客万来。


「気合いを入れて宣伝を打った甲斐がありましたな」

「意気込みは理解したが、そこまでする必要があったのか? 私はてっきり、サイズやニーズの合う顧客を選別して、直接売り込みに行くものかと……!?」


 我々のように富貴層向けの商売をしているなら通常はそうですな。

 小売りではなく、直接お客様に伺って注文を取ってくることが多いですから。


 しかし売り方は時と場合によって変わるもの!


「魔王妃陛下の着ておられるドレスは、前々から話題になっておりました。ぶっちゃけて言うと羨ましがられていたのです」

「そうなのか!? 知らなかった!?」


 多くの魔国貴族たちが有名デザイナーに注文したものです。『新魔王妃が着ているようなドレスを!』と。


 しかしそうして出来上がってくるものはいずれも似て非なるもの。

 素材の違いか、発想の違いか、どれもオリジナルに遠く及ばない。


 無様な紛い物が多く流通すればするほど、魔王妃所有のオリジナルが羨望の眼差しを受け、購買意欲は上がり、価値も上がる。

 完成された期待値インフレスパイラル!


「そんなわけで。魔王妃様秘蔵の専属デザイナーの存在が明るみに出て、その作品が売りに出されるとなれば、注目が集まるのは仕方のないことなのです」

「そうなのか……!?」

「これで特定のお客様に購入を打診しては、他のお客様が『除け者にされた』とご不満に思うことでしょう。そうなれば我が商会は顧客の恨みを買い、大きな損失となってしまいます」

「それでオークションと……!?」


 ご贔屓にしていただいているお得意様に同時に宣伝を打ち、一つの会場に集まっていただければ不公平感はなくなりますので。

 ついでにオークションのシステム上、ごく自然に値段を釣り上げることも可能。


「魔王妃様にもご出席いただくことで、商品の信頼度も充分に上がっております。お礼の言いようもございません」

「こちらから言い出したことだからな。少しは協力しないと申し訳ない。既に多少の我がままを通しているから……」


 そうなのだ。

 魔王妃より商品の売り出し仲介を頼まれて、それを引き受けたはいいものの。

 結局衣服を仕立てているお抱えデザイナーの正体は明かしてもらえなかった。


 吾輩としてはそのデザイナーと専属契約を交わせれば死ぬまで勝利を約束されたようなものなのだが、まあ一度で総取りを狙うのは欲張り過ぎか。


 今は目の前の利益を全力で取っていこう。


「では魔王妃様。最高値の落札額を記録してみせますので、どうかこちらでお見届けください!」

「ああ……! あまりあこぎにならないようにな……!?」


 吾輩が登壇すると、会場から拍手が巻き起こる。

 自然に興奮が鎮まるのを待ってから、スピーチを始める。


「……紳士淑女の皆さま方。今日はよくぞお集まりいただきました。パンデモニウム商会主催による特別オークションを開催いたします!」


 また巻き起こる拍手。

 治まるのを待つ。


「魔王妃アスタレス様のご厚意により、提供していただいたお抱えデザイナー作の良品を数点、ご用意してあります! まずは心広き魔王妃様に感謝の拍手を!」


 権力者を持ち上げて媚びを売るのも忘れない。

 これで気をよくした魔王妃様が、専属デザイナーについて口を滑らせてくれたら儲けもの。


 隙なく布石を打っておいてから本筋を進める。


「では、早速商品をご紹介いたしましょう!」


 吾輩の合図で、トルソーに装着されたドレスが登壇する。

 今回、魔王妃から預かった衣服は数点あるが、その中でも特に豪奢なものを一発目に投入。

 出し惜しみはなしだ!


「商品番号一番は、貴婦人の衣装として申し分ないフォーマルドレス。これを着て舞踏会に参加すれば注目の的になること間違いなしです!」


 客席から、うっとり陶然とした溜め息の合唱が聞こえてくる。

 商品の性質もあって、来場者のほとんどは婦人方だからな。掴みはバッチリ成功だ。


「ここで、今まで垂涎の的となっていたアスタレス魔王妃様のドレス、その秘密に迫ってみたいと思います。まずこの生地! 我々が知るものとは異なります!」


 手触りも滑らかで、仄かな輝きすら放つ。

 こんな美しい布地は見たことがない。大商会の主として様々な品物に精通した吾輩ですら。


「これは絹という布だ。別名シルクとも言う」


 魔王妃アスタレス様の解説。

 なんか受け売りっぽい口調だけれど! 耳慣れない名前に物珍しさで胸躍る!


「ある場所で特別に作られた織物で。我々の知る布とは品質がまったく違うことは語るまでもないと思う」

「まったくです! しかしこのドレスの凄さは、それだけではありません!」


 ドレスを汚さないよう、手袋越しに注意深く裾をめくり、裏地を公開する。


「ご覧ください! このドレスの縫い目を! 衣服であれば縫い合わせてあるのは当然ですが、それがこのドレスでは他のものとは次元が違う!」


 これは、吾輩も商品チェックで初めて見た時は驚いて腰を抜かしたが。


「縫い目の間隔が完全に均一! しかも真っ直ぐ! 手で縫ったものとはとても思えません! これを縫い上げた者は、まさしく神の御業の持ち主です!!」


 これほど特筆すべき点を多く備えた商品、高値で売れないはずがない!

 だからこそ可能な限り高値で売ってやる!

 だからこそのオークション!


「それではいよいよ競りに入りたいと思います! 最低落札価格は……!」


              *    *    *


 最終商品、肌着用シャツが無事落札されて無事オークション終了。

 不落札なし。さらに全品が落札予想価格をクリアという大勝利の結果に終わりました。

 もうウハウハ。


「いや……、落札額がどれも天文学的な数字になって怖いんだが……!」


 アスタレス魔王妃が、儲けの多さにドン引きなさっていた。

 しかし、このオークションで魔王妃の懐には一銭も入らない。


「本当によろしいのですか? 今回の売り上げ、当商会と製作者で半々の分け前では……。貴重な機会を作っていただいた魔王妃様に申し訳がなく……!?」

「いいさ、アイツの努力が世間に認められたというだけで私は満足だ。もちろん、私が中抜きしたと思われぬよう領収書なり支払通知書なりキッチリ作成しておいてくれ」

「それはもちろん……!!」

「で、最後にもう一つ頼みがあるのだがな」


 魔王妃様が。ここで急に声を潜めた。


「実はもう一点だけ、売り出し用の彼女の作品が手元にある」

「なんですって!?」

「私用のものではない。世間に出すため仕立て上げたものだ」


 そんなの初耳だぞ!?

 何故そんなことを、オークションが終わった直後に!?


「その一着は、売る相手が決まっているんだ。お前の手腕をもって、その相手に衣服を売ってほしい。当然良心的な値段でな」

「は、はあ……!?」

「それと、さらに妙な注文で悪いのだが、買った本人に販売ルートがわからないような形で売ってくれないか」

「はあッ!?」

「特に私が関わっていることを悟られないように。察しのいいヤツなんだ。具体的な方法は任せる。成功すれば、魔王ゼダン様の代においてもお前の商会への信頼は盤石なものになるだろう」

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書籍版19巻、8/25発売予定!

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