1466 ジュニアの冒険:闘魚の兄弟
「農場神拳パンチ!」
「ぐへぇええええええええッッ!?」
その後も僕は順調に勝ち続け、なんと準々決勝を勝利することができた。
これで次は準決勝だ。
初出場にしてはなかなかの快挙。
ちなみにノリトのヤツは、友だちのイエローテイルくんが敗退するとさっさと帰りやがった。
ウェーゴの仲間たちと一緒に。
くっそ薄情な。
この兄が何処まで勝ち上がるか見届けようと思わないのか!?
「快勝おめでとうございますジュニア様」
ああッ!? アナタは
ヘンドラーおじさぁん!!
「準決勝まで駒を進めるとは、初出場にしてなかなかの快挙。シャーク将軍やテトラ王弟らを退けての進撃、決してまぐれなどではありますまい。聖者様の血統を窺わせますな」
いえいえそんな、とんでもない……!
ここで解説しようヘンドラーおじさぁんとは。
人魚族の男性にして人魚国の上級官吏。しかもかなり重要な役回りを担う人としてアロワナおじさんの右腕的ポジションに収まる。
人魚王を務めるアロワナおじさんの。
その重大なポジショニングから“人魚王の懐刀”とまで称されて、人魚族ならば誰もが一目置くという。
それゆえに農場とも関りが深く、僕も幼い頃から何度も会ったことがある。
彼の奥さんは、かつて農場で働いていた魔女ランプアイさんだ。
だから僕もこの人魚国訪問に際してご挨拶に伺おうと思っていたのだが。
まさかこんな形で再会を喜ぶことになろうとは。
……しかし、どうしてこのタイミングで?
こんな武泳大会の盛り上がり真っ盛りという最中に?
「いえ……このままいけば準決勝はジュニア様と戦うことになりますので、その前にご挨拶を、と」
……え?
いやマジだ。
準々決勝第二試合にヘンドラーおじさぁんの名がッ!?
つまりヘンドラーおじさぁんが勝って準決勝に進めば、その対戦相手になるのは既に準決勝進出を決めている僕!
間違いなくこの大会最強の障壁!?
「若きジュニア様と矛を交えることになろうとは光栄の極み。聖者様へもよい土産話となりましょう。願わくば準決勝で好勝負といきたいものです」
「もう勝ったつもりか、兄貴?」
さらに新しい登場人物が?
何者だ!?
見るとそこに、やややさぐれた感じの男人魚がいた。
「プラガットか」
「当主になって驕りが出たか兄貴? 準々決勝、簡単に勝てると思ったら足元を掬われるぜ、このオレにな」
「元より油断などしていない。対戦相手がお前ならなおさらな」
「どうだか、落ちこぼれの弟なぞ軽く捻れると思ってるんだろうが、その考えは間違いだってもうすぐわかるぜ。試合が始まれば、すぐにな」
捨て台詞めいたことを吐いて、すぐ去っていくプラガットさんとやら。
一体なんだ?
「おい待て」
「あいだッ!?」
去り行こうとする相手を、銛の柄で小突くヘンドラーおじさぁん。
その振る舞いは、どこか手慣れた感がある。
「ジュニア様が目の前におられるのに挨拶もせず去るつもりか? ベタ家に連なる者として礼儀も弁えぬのか?」
「ぐッ、失礼いたしました……!?」
指摘されてもっともだと思ったのか、相手は不承不承とこちらへ頭を下げる。
「ベタ家当主ヘンドラーが弟、ベタ・プラガット。人魚軍にて小隊長を務めております」
いえいえ、そんなご丁寧に!?
ジュニアでっす!
親が偉大なだけの、まだまだケツの青い若僧です!!
「オレもこれから準々決勝で戦いますので、準決勝でのアナタの相手はオレかもしれませんね。そのこと重々ご承知おきを……!」
と、どこか挑戦的なことを言ってから今度こそ去っていった。
「……我が愚弟が申し訳ありません」
深々と詫びるヘンドラーおじさぁん。
このソツのなさが、頭を下げ慣れてる感じを出してなんだかなぁと思った。
というか弟さんですか、アレ?
「もういい大人のはずなのですが、まだまだ粗忽で困ります。……とはいえ、アレもなかなか苦労はしてきたのですが」
としみじみ語るヘンドラーおじさぁん。
「ヤツも昔は神童などと呼ばれていましてね。才気煥発で聡明叡智。勉強も武術も覚えがよく、親はよくプラガットだけを抜き出して褒め称えたものです。それを見て私や兄は、幼心に呆れていたことを覚えています」
そんな、よくできたからって兄弟に差をつけるなんて。
ウチの父さんはそんなこと絶対にしないぞ!!
「聖者様は公正でらっしゃいますからね。しかし幼い子どもには世間の尺度などわかろうはずもない。親に守られた囲いの中だけが世界のすべてなのですから。当時の私は心底から『自分はダメなヤツ』だと思ったものです」
苦笑するヘンドラーおじさぁん。
今は“人魚王の懐刀”と誰からも尊敬され、位人臣を極めた人でも劣等感と無縁ではいられないのかと思った。
「変化が起きたのは、それこそ成長し自分で外の世界を見られるようになってからですね。私自身は少年期、親との折り合いが相当悪くなっていたので早々に出奔し、自分で自分の道を歩むようになりました」
家名を背負わず我が身一つで飛び込んでみると、世間の様々なことが見えてくるものですよ。
ちょうど今のアナタのようですね、とヘンドラーおじさぁんは冗談めかして言った。
「お陰で私は、家にいたままでは絶対にできなかったであろう貴重な経験を重ね、それを血肉として実力を身につけ、気づけばアロワナ陛下の右腕と称されるまでになりました。本家への復帰も許され、今では当主に指名されてますます忙しい日々を送っております」
それらのこと一度も望んだことはなかたんですがね、とくたびれた様子で言うヘンドラーおじさぁん。
「それに対して弟プラガットの方は、むしろ成長してからが試練の始まりだったようです。幼少期と青年期では、またかかる試練に勝手が違うもの。かつては神童と讃えられたアイツも、成長するにつれて陰りが見え始めたそうです」
その頃自分は出奔していたので、伝聞ですが……。
とヘンドラーおじさぁんは言う。
「恐らく弟は早熟のタイプだったのでしょう。他の子たちよりスタートラインが足元にあった。早くスタートした分アドバンテージで差をつけられていたのが、走り続けるにつれドンドン差が縮まっていき、追い抜かれることすらあった」
それでも適切な指導を受けさえすれば、あらかじめ持っていたアドバンテージを駆使して終始有利に進められたはずだ。
しかし、あの弟さんはそうはならなかったとヘンドラーおじさぁんは言う。
「前述の通り、我らの父は目の前のことに一喜一憂するだけでしたのでね。成長するたびに周りとの差を縮められる弟を叱咤するだけだったようです。『お前は天才なのだから』と呪文のように繰り返し、負ければ怒り狂い、勝てば当たり前、そんな最悪の扱いを続けていたそうです」
そんな風に扱われれば擦り切れるのは当たり前。
弟さんの才能はどんどん摩耗していき、大人になる時にはただの凡人になっていたと。
「軍の幹部候補にも騎士団にも落第し、弟は一兵卒からキャリアを積んでいくしかなくなりました。父は失望したようですね。子どもの頃から蝶よ花よと特別扱いされてきた弟にとってそれがどれほど屈辱であったか……」
そして示し合わせたように当時、凡愚として捨て置かれた兄が、外での功績を手土産に復帰。
それが元神童のプライドをどれほど傷つけてきたか。
「こうしたいきさつで私は、弟から今でも毛嫌いされているのですよ。そんな弟と直接対決せねばならんとは、武泳大会も苦労させてくれる……!」
まあ、厄介な弟がいるのは僕もそうですから気持ちはわかりますが。
どこの世界でも兄は大変なんだなあということがわかった。
しかしそれでも、弟妹のために頑張らなければいけないのが長男!
その長男の使命を果たすためにもヘンドラーおじさぁん、次の試合力戦奮闘してください!!
「私は長男ではありませんが」
あれ?
でもここまでの話しぶりからして、いかにもヘンドラーおじさぁんが長男の貫録というか……?
それにさっき当主になったって話に出てきませんでしたっけ。
当主ってのは、長男がなるものでは?
「私には兄が一人おりまして。つまりは次男ですね。ちなみに兄も今回の武泳大会に参加しましたが二回戦でアロワナ陛下と当たって敗退しています」
出現も撤退もスルッと過ぎる。
「何か本質的に器用さが伴った御方ですので。思えば幼少期も、私ほど落ちこぼれでもなく、弟ほど優等生でもなく、どっちつかずな薄い印象で父からの注意をスルーしていたように思います」
それで子ども時代を無難に過ごしていたと?
そんな……僕的には長男というのは兄弟の頂点。
一番成長する者としての力と知識で弟妹を守っていくものではないのかよ。
僕の中にある使命感にも似た長男のイメージが!







